思いがけないお礼の言葉
しかし、ここで引くことはできない。
何としても染料を手に入れなくては、ユリア様のお茶会を台無しにしてしまう。楽しみにしている子供達をがっかりさせてしまう。
「本当に申し訳ありません。どうかお願いします」
私は床に跪き、頭を深く下げた。
その姿に、工房の中にいた男達がさすがに言葉を失った。
「あ!あんた、今セシリアって言ったな?」
一人の男が大声をあげたので、私は驚いて顔を上げた。
「はい。私はセシリアです」
私は、突然名前を確認されて目を瞬いた。
「おい、セシリアだからなんだよ?」
周りの男達も不思議そうだ。
「ほら、平民で侍女になったセシリアだよ!」
「ああ!学費援助金がなくならないで済んだ、あのセシリアか!」
「ああ、あの!」
「セシリアさん、そんなとこにいつまでも跪いてちゃ、膝を痛めちまう。さあ、立った、立った」
途端に男達の顔が変わった。一気に好意的な雰囲気になった。私は、急に変わった空気に首を傾げながら立ち上がった。
「うちの息子は今度学園に入学するんだ。あんたががんばってくれなかったら、金がなくて入学を諦めるしかなかった」
「うちのも学園を辞めるようだった」
口々に感謝されて、私は目をパチクリさせた。
「私だけの力ではありません。王太子妃殿下をはじめ文官に合格されたシュリガンさんのお陰です」
私がそう言うと、男達は首を横に振った。
「あんたのお陰でもあるだろ?本当に助かった。ありがとう」
一斉に頭を下げられた。
私はこの人達の子供達の未来を守れたことが嬉しかった。
「親方。この方に俺達は恩がある。何とかできねえか?」
男達が親方と呼ばれた傭兵みたいな男を取り囲んだ。
「ああ?しょうがねえな。石は、なんとかあるので間に合うから、やるか!」
「「「「おう!」」」」
そこから、男達がすり鉢のような物を出してすりこぎでゴリゴリと石を擦り始めた。
初めは何の変哲もない石だったのが、細かくなるにつれて色鮮やかな青い粉に変わっていく。
「私もやります」
私も見よう見まねで石を擦り始めた。
ゴリゴリと擦るがとても硬い。
あっという間に手に肉刺ができる。
私が一心にゴリゴリしていると、すりこぎをそっと取られた。
「嬢ちゃん、代わる」
いつの間にか、バルドさんがそばに立っていた。
そして、そっと私の手を開くと顔を顰めた。
「血が出てるじゃねえか」
私は自分の手のひらとすりこぎを見て、顔を青くした。
「すみません!気づかなくて、すりこぎを汚してしまいました」
「よくそんな手で擦ってたな……隣の部屋に消毒と薬があるから手当して来い」
親方が顎をしゃくって隣の部屋を指した。
「あ、このすりこぎは自分が洗っておきます」
バルドさんと一緒にいた騎士がすりこぎを洗い場に持って行った。
「悪いな。ロッズ」
「すみません。ありがとうございます」
私は、バルドさんと隣の部屋に手当てをしに行った。
「ちょっと我慢な」
バルドさんが傷を水で流した。とんでもなく痛い。
それから、手慣れた様子で消毒をして薬を塗り、包帯を巻いた。
その表情が自分のことのように痛そうだ。
「ただの肉刺に大袈裟ですよ」
私が笑って言うと、バルドさんがゆっくりと私の手のひらを包帯越しにさすった。
「痛いだろ?」
「大丈夫です」
「嬢ちゃんは心配で目が離せないな……」
バルドさんの吸い込まれそうに澄んだ青空のような瞳が私を見つめた。
包帯越しにバルドさんの手の熱が私に移る。
「副団長〜、染料ができたそうです」
バンとドアを開けて、ロッズさんが元気に入って来た。
そして、私とバルドさんを見て固まった。
「お……お邪魔しました?」
「いえいえいえ!お知らせくださり、ありがとうございます」
変な風に誤解されては大変だ。
慌てて、私は返事をした。
◆
王城に急ぎ戻ると、ミッズリー男爵の三姉妹ももう戻っていた。
結局、白い薔薇は足りないうちの半分が集まっただけだった。
それでも、充分三人ががんばって集めて来たことはわかった。みんな汗だくで髪もほつれていた。
「申し訳、ありません」
三人はマーバリー様とアルマ様を前に、体を縮め項垂れた。
「セシリアから話は聞きました。この件についての罰は後日伝えます」
「はい」
三人は諦めたように力無く返事をした。
「それで、セシリア。染料は手に入りましたか?」
「はい」
マーバリー様が、ホッと息を吐き安堵した。
「そう、よかったわ。早速薔薇の染色に取り掛かりましょう」
私達は急いで、水に染料を溶かし薔薇を浸した。
「薔薇はこれでも足りません……セシリアさん、本当に大丈夫なのですか?」
アルマ様が心配そうに私を見つめた。
私は万が一、薔薇が足りなかった場合のために、ユリア様にお茶会の場所の変更の了承をもらっていた。
「今回のお茶会のテーマは森の動物達です。必ずご満足いただける会場にいたします」
「わかりました。あなたを信じます」
アルマ様が私の手を握った。
「はい」
お読みくださり、ありがとうございます。