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染料

 染料を作っている工房は、王都の外れのナックス村にある。

 今から行って夕方に着けるくらいだろう。

 とにかく馬車で行けるとことまで行って、あとは徒歩だ。

 なかなか来ない馬車をジリジリと焦る気持ちで待つ私に、のんびりとした声がかけられた。


「嬢ちゃん、今から出かけるのか?」

「バルドさん?」

 騎士服姿で馬に乗っているバルドさんだ。

 後ろには、朱色の短髪の、同じく騎士服を着た若い男性がいた。私と目が合うと、人懐こくペコリと頭を下げた。


「バルドさん達は、見回りですか?」

「そ。ナックス村まで見回りだ」

 ナックス村!?

「バルドさん!すみません。乗せてください!」

「は?」


 私がわけを話すと、バルドさんが表情を引き締めた。

 バルドさんが、もう一人の騎士を見るとそちらの方も頷いた。

「急ぎなんだな」

「はい」

 多分染料で染めるのに、多めに見て十二時間はかかる。

 染め上げるとしても、明日の飾りつけにはぎりぎりだ。


「わかった。嬢ちゃん、乗れ」

 バルドさんが私の手を取り、引き上げて自分の前に乗せた。

 馬なんて初めて乗ったが、高くて怖い。


「嬢ちゃん、舌を噛まないようにしっかり口を閉じてろよ」

「はい」

 私は口をギュッと閉じた。

 バルドさんは、私のお腹のあたりをしっかり片手で抱えると、一気に馬を走らせた。


 その高さと速さに私は目が回りそうだ。

 もう気持ちは、邪魔にならない荷物のつもりで必死に体を固くして耐えた。

 周りの景色なんか見る余裕もなく、ひたすら耐えること一時間ちょっと……私はやっと染料の工房に着いた。




「……ちゃん、嬢ちゃん、嬢ちゃん!」

「は、はい!」

 私はどうやら意識を半分飛ばしていたようだ。

 バルドさんに呼ばれてハッと返事をした。


「大丈夫か?」

「はい。バルドさん、ありがとうございました」

 気づかずに握りしめていた手が真っ白だった。

 体も固まってギシギシいいそうだ。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。

 私は急いで降りようとして、頭から落ちかけた。


「キャッ」

「おっと」

 間一髪でバルドさんの胸に戻された。

 厚い胸板に、私は頬を押しつけていた。

 心臓がバクバクしている。

 それは落ちそうになったのだから、当たり前かもしれない。

 顔が熱いのについては、よくわからない。


「嬢ちゃん、慌てるな。今下ろしてやるから」

 バルドさんが馬から下りると、下から私の腰を持ってヒョイと下ろした。

「嬢ちゃん、細いな……」

 下ろす時にバルドさんが思わずというように、何か呟いた。


「え?」

 私はよく聞き取れず、バルドさんを見上げると顔を赤くしたバルドさんと目が合った。

「……嬢ちゃん、肉を食おうな」

 私はその誤魔化すように言われた言葉に首を傾げたが、とりあえず頷いておいた。


 バルドさん達はそのまま見回りに行き、私は工房の中に入った。

 夕方より少し早い時間だが、もう片付けを始めていた。


「何か用か?」

 体が大きく、一見傭兵にも見えそうな、工房のエプロンをつけた男が私に声をかけた。

「お忙しいところ、申し訳ございません。私は、王城の侍女のセシリアと申します。青い薔薇の染料を買いに来ました」

「もう、注文された分は花屋に納めたぞ」

 片付けの手を止めることもなく、素っ気なく返された。


「こちらの不手際です。本当に申し訳ありませんが、どうかあと百本ほど染められる分の染料をくださいませんか?」

「はあ!?百本分だ!?冗談じゃない。ずっと残業続きだったんだ」

「そうだ!そうだ!」

「さっさと帰れ!」

 男達が殺気立った。

お読みくださり、ありがとうございます。


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