私の奥の手
私は早速、仕事が終わったあと二時間ラテアートの講習会を開くことにした。
そして、やはりというか想像通りというか、誰も来なかった。
私は作った資料を机に置いて、ため息を吐いた。
一体どうしたらいいのか。
時間があれば、少しずつ信頼関係を築いて講習会に出てもらえるかもしれない。
しかし、もう時間もない。
何としても、みんなにラテアートの技術を習得してもらわなければならない。
「やあやあ、見事に知らんぷりされているね」
後ろから明るい声をかけられた。
「グラビス様」
グラビス様が、ニヒッと笑顔を浮かべた。
「セシリアさんてば、ちゃんと切り札があるのに使わないのかい?それとも、自分でやらないとってプライドがある?」
私は、グラビス様のクリクリとした明るい黄緑色の瞳を見つめた。そして、ゆっくり首を横に振った。
「そんなプライドがあっても、仕事は進みません。ただ、私のことでご迷惑をおかけしてもよいのかという迷いがあります」
私が正直に言うと、グラビス様がニヒッと笑った。
「じゃあ、頼ってよ。セシリアさんが困ってるのに、頼られない方が嫌だよ?多分、彼女も頼られなかったら逆に怒ると思うよ」
グラビス様の言葉に、私は奥の手を使う覚悟を決めた。
私はある二人に会いに行った。
まずは一人目……。
「お待ちしておりましたわ!セシリアさん」
夏の太陽の如く輝く、お馴染みのキャサリン様だ。
「キャサリン様、お忙しいところすみません」
「構いませんわ。で、セシリアさん、私にお願いしたいこととは?」
「実は――」
私はラテアートの事情を伝えた。
「まあ!侍女のみなさま、許すまじですわ!私がビシッと言ってやりますわ」
キャサリン様が拳を握りしめて、背後にメラメラと炎を背負った。
「いえいえ、キャサリン様にはラテアートを覚えていただいて講師になってほしいのです」
「はい?だって、セシリアさんはみなさんにこんな舐められた態度を取られたままでよいのですか?」
「私がしなくてはならないことは、このお茶会がうまくいくようにすることです」
ユリア様が主催する初めての大切なお茶会だ。
私がみんなに認められるかは二の次でいい。
「私が舐められようが、きちんと仕事をしていただければ構いません。お茶会までひと月です。私に教わるように働きかける時間が惜しいです」
「セシリアさんらしいですわね。わかりましたわ。引き受けますわ」
「ありがとうございます」
私はホッと息を吐いた。
そして、もう一人。
ツンと顎を上げて、蒼い髪を優雅に結い上げ、柳眉をきつく顰めた美貌の女性が、ルビーのような紅い瞳で私を睨みつけた。
彼女の名前は、ウルブシュア・モデラン。
この国の宰相であるホルソフォン・モデラン公爵の溺愛する奥方だ。
「お久しぶりでございます。ウルブシュア様」
「この私に会いに来るなんて、相変わらず生意気ね。で?何のご用かしら?」
ツンとした顔をされているが、その空気はソワソワと嬉しげだ。
「はい。ウルブシュア様、以前おっしゃってくださった借りを返していただきに参りました」
当時侯爵令嬢であったウルブシュア様は、それはそれは気位が高かった。
侍女になるためにはメイドの仕事を覚えなくてはならないというのに全てを拒否しまくり、当時のメイド班長達を辞退に追い込み、結局私の班にやって来た。
絶対にそんな仕事をやらないと胸を張るウルブシュア様に、私はまず侯爵家の付き人を帰した。
ウルブシュア様は烈火の如く怒ったが、納得されるとその怒りはすぐに鎮火した。しかし、今度は侯爵家の御両親が私に怒鳴り込んで来た。
今思い出しても、私はよく無事だったと思う。
御両親とウルブシュア様を交えて何度も話し合って、彼女は結局メイドの仕事をすると決心された。
実は、ウルブシュア様が侍女を目指されていたのはそのいじらしい恋心からだったのだ。
初恋の方のそばに行くために、ウルブシュア様が決心されてからは、怒涛の勢いで仕事を覚え、一カ月後には侍女試験に合格していた。
私も影ながら、応援させていただいた。
その後、ウルブシュア様は念願叶えて初恋の君、モデラン公爵に見初められて嫁いでいった。
ウルブシュア様は、この借りは必ず返すから困った時に一度だけ頼ることを許すとおっしゃったのだ。
私はウルブシュア様にもラテアートの講師の件をお願いした。
「はあ?私は公爵夫人よ?そんな願いにあの貸しを使うの?」
呆れたようにウルブシュア様は私を見た。
「どうぞお願いします」
「まあ、いいでしょう。あの時の借りを返しましょう」
ウルブシュア様が、紅い唇を綺麗に微笑ませた。
誤字脱字のご報告ありがとうございます!