シュリガン
次の日の朝、私がゴソゴソとパンと果物を用意していると、バルドさんがとても不思議そうな顔をした。
「嬢ちゃん、何してるんだ?」
「実は――」
「は!?水だけで二週間!?」
バルドさんが頭痛を押さえるように額に手を当てた。
「ちょっと待ってろ」
バルドさんから、もう一つお弁当を渡された。
「あのな、二つ作るのも三つ作るのも一緒だから、シュリガンさんが落ち着くまで俺が作る」
「いえ、それはさすがにバルドさんに申し訳ないです」
私は断ったが、バルドさんが首を横に振った。
「シュリガンさんにも、貴族至上主義の連中につけいられないよう、がんばってもらわなければならないんだ。気にするな」
バルドさんは、強引に私にお弁当を渡すとニカリと笑った。
私はありがたくお弁当を預かり、シュリガンさんに渡すと、シュリガンさんもやはりとても恐縮した。
しかし、さすがに水だけ生活はきついと実感したようで、弁当代の材料費を払うことでやっとまとまった。
朝食と夕食用のパンと果物も喜ばれた。
◆
「シュリガンさん、お待たせしました」
私が中庭に行くと、すでにシュリガンさんも来ていた。
あれから毎日お弁当を届けて、そのまま一緒に遅いお昼を摂るようになった。
「いえ、僕も今来たところです」
シュリガンさんも私に慣れて来たようで、初めて会った時より随分リラックスした表情をするようになった。
はにかみ笑顔が可愛らしい。
「はい。今日のお弁当です」
「ありがとうございます。すごい!今日は焼肉が入ってますね」
「甘辛くて美味しいですよ」
昨日、バルドさんが夕食で作ってくれた残りだ。
あまりに私が美味しいと言ったので、今日のおかずに加えてくれたようだ。
「生姜の香りが食欲をそそります」
「美味しいですね」
毎日せっせとバルドさんがお弁当を作ってくれるおかげで、シュリガンさんの顔色もよくなり、こけた頬も戻ってきた。
「その後、どうですか?」
「相変わらずですね。でも、慣れてきたのでもう少し早く終わらせられそうです」
栄養も足りて、余裕が出てきた様子だ。
「早く終わらせても、また仕事を増やされると思います」
私がまさにその状況だった。
仕事も慣れ、早く頼まれた分を終わらせたら、さらに仕事を増やされた。
「なるほど、調整しながらやっていった方がよさそうですね」
シュリガンさんが顎に手を当てて頷いた。
「そうですね。その方がよいかもしれません」
私達は頷き合って、ため息を吐いた。
「実は、僕は学園の時からセシリアさんを知っていました」
「そうなんですね。確か、シュリガンさんは私の一つ下の学年でしたよね」
「はい。一つ上の学年のセシリアさんは、平民なのに貴族を抑えてトップと聞いて僕もトップを獲ることにしたんです」
平民がトップを獲ることが大変なのは、身をもって知っている。
貴族には目をつけられるし、同じ平民からも妬まれる。
「いろいろ大変だったでしょう?」
「まあ、確かに。でも、先にそれをやってのけている先輩がいるのは励みになりました。知ってますか?僕の下の学年のトップも平民の子達なんですよ。セシリアさんが道を拓いてくれたんです」
友達もおらず、図書館に入り浸っていた結果の私の成績が誰かの励みになっていたのは嬉しいと思った。
しかし、そんな大仰に言われると気恥ずかしい。
「私は、友人もいなかったので、ただ勉強以外することがなかっただけなんですよ」
「学園時代、何度かセシリアさんを見かけたことがあります。周りがコソコソと話している中、真っ直ぐ前を向いて堂々と歩いていて格好いいと思いました」
いよいよ、恥ずかしい。
「そんな立派なものではないです。虚勢を張っていた部分も大きかったですよ」
ヒソヒソと周りが私を噂している中、何も悪いことをしたわけではないのに小さくなるのは嫌だった。
一生懸命努力したことは、確かに私の自信にもなったのだ。
あの日々があったから今がある。
「セシリアさんがいたから、僕達はトップを目指すことができました。セシリアさんの存在が先にあったから風当たりもそこまでひどくはなかったんです」
「フフ……それは学園時代の私もがんばった甲斐がありました」
「学園時代あんなに大きく見えていたセシリアさんが、こんなに華奢で僕よりずっと小さな女性だったなんて……」
シュリガンさんが眩しそうに私を見つめた。
「シュリガンさんは背が大きいですものね」
「あの、よかったら今度の休みに一緒に――」
「あ!」
私は時計を見て慌てて立ち上がった。
「話の途中にすみません。今日は五時から侍女会議がある日なんです」
私は急いでお弁当をカバンにしまった。
「シュリガンさん、お話はまた今度ゆっくり聞かせてください」
先程の話の内容は、早口でよく聞き取れなかった。
私はペコリとお辞儀して、駆け出した。
残されたシュリガンさんが、ガックリ肩を落としていたのには気づかなかった。
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