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偶然の出会い

「あなたは、またさぼっているのですか?」

 アルマ様が、目を吊り上げて私を叱った、

 もう、口癖になっているようだ。

「アルマ様、セシリアさんが少し疲れたと言うから休憩させただけですわ」

 ロザリー様は毎度庇うように言いながら、私を落としていく。


「しかし、ロザリー様お一人に宝石を磨かせるなどいいわけございません」

 アルマ様の大声が周りに響く。そのつもりがなくても、私の悪評が広がっていく。

「大丈夫ですわ。そんなに大きな負担ではございませんわ」

 二人のそのやり取りを聞いて、またヒソヒソと侍女達が囁き合う。

 はぁ……とそっとため息を吐いた。


 今日私が休憩したのは、今初めてだ。

 早番で朝五時から仕事して、今十六時だ。

 やっと遅いお昼を食べて戻って来たところだった。

 ちなみに、ロザリー様は午前、昼、午後としっかり休憩を取っている。


「私は今昼休憩をいただき、戻って来たのですが何か問題でしょうか?」

 それを言っても、また言い訳してとアルマ様に怒られるだけだが一応伝える。


「今何時だと思っているのですか?十六時にお昼休憩だなんて、そんな言い訳を信じるわけがないでしょう」

「セシリアさん、お昼休憩はもうお昼に取りましたよね?」

 案の定、私は二人に責められて周りはヒソヒソ囁き合う。

 万事がこの調子だ。本当に困った。

 

   ◆


 それは偶然の出会いだった。

 

 今日も夕方に遅いお昼を摂りに、バルドさんが作ってくれたお弁当を持って中庭のベンチに行くと、先客が座っていた。

 文官服を着て、藍色の髪をきっちり七三にわけた眼鏡の若い男性だ。

 ぐったりと項垂れていた。


「あ」

 そうだ、シュリガンさんだ。私と同じく平民で初めて文官になった方だ。

 思わず声をあげてしまった私に、シュリガンさんがノロノロと顔を上げた。

 その顔は青白く頬がこけ、どう見ても具合が悪そうだ。


「大丈夫ですか?どこか具合がお悪いのですか?」

 シュリガンさんが、警戒したように眼鏡の奥の群青色の目を細めた。

 しかし、彼も私に気付いたようで小さく「あ」と呟いた。


「セシリアさん?」

「はい。シュリガンさんと同じく平民から侍女になったセシリアです」

 シュリガンさんは、安心したように息を吐いた。


「すみません。また貴族の方かと」

 何やらとてもお疲れの様子だ。

「何かありましたか?」

「貴族の令嬢やマダムに追い回されてます」


 私は、ああと納得した。

 シュリガンさんは、とても整った顔をしていた。

 意思の強そうな眉に、眼鏡の奥の濃い群青色の瞳は冴え冴えと涼やかで、鼻筋も通り、薄い唇がどこか冷ややかそうな美形だった。

 貴族の女性からしたら、戯れに落としてみたいと思うような雰囲気を持っていた。


「それは大変ですね。他には?」

 シュリガンさんの様子からして、貴族女性に追い回されている他にもありそうだ。

「いえ、他は別に……大丈夫です」

 言い淀んだ彼に、もしやと気付いた。


「シュリガンさんも、やはり平民ということでお仕事に支障が出たりしてますか?」

 ハッとしたように私を見た。

 七三にわけた前髪が一筋、額に落ちた。

 こう見ると色気もあるのか。


「もしかして、セシリアさんも?」

 やはり、同じような状況のようだ。

「私の方は、ロッカーに何かしらの死骸が入れられ、無視され、ネガティブキャンペーンに力を入れておられる指導侍女がいたり、それに見事に侍女達は踊らされ、そして休憩もこの時間まで取れない状況です」

 シュリガンさんも話しやすいように、私は包み隠さず伝えた。


「それはまた……」

 シュリガンさんが絶句した。

「で、シュリガンさんの方は?」

「僕の方は、そこまでひどくはありません。ただ、先輩方の仕事を押し付けられて、明け方まで働いているくらいです。お昼は、だいたい僕もこの時間ですね」


 シュリガンさんも結構な状況だった。

 それに加えて、貴族の女性に追いかけ回されてはぐったりもするだろう。

「そちらもひどいものですね……」

 私達はしみじみ頷き合った。


「もうお昼は食べられたのですか?」

「実は買い置きが底を尽いてしまい、今日はお昼抜きです」

 それは由々しき事態だ。

「よろしければ、私のお弁当をおわけします」

「いえ!それは申し訳ないです」


 シュリガンさんが、慌てて手を振った。

 節くれだった大きな手の中指には大きなたこができていて、文官としてがんばっている人の手だと思った。


「遠慮しないでください」

 バルドさんが、いつも少し多めにデザートまで持たせてくれている。

 私がお弁当を開くと、バルドさん手製の冷めても美味しいおかずの数々がいい匂いを漂わせた。

 シュリガンさんのお腹がクゥッと鳴った。その群青色の目はお弁当に釘付けだ。


「すごく美味しそうですね」

「すごく美味しいですよ。友人が作ってくれました」

 私はお弁当の蓋にお弁当を半分取り分けた。


「どうぞ」

 デザート用のフォークをシュリガンさんに渡した。

 シュリガンさんのお腹がクゥクゥ鳴る。


「すみません。では、いただきます」

 遠慮していたシュリガンさんだったが、空腹と美味しそうなお弁当の匂いに負けたようだ。パクリと唐揚げを食べた。


「うまい!」

 よほどお腹が空いていたようで、ものすごい勢いで食べ始めた。

 私もお弁当を食べ始める。

 唐揚げとハンバーグも入っていて豪華だ。

 私もお腹が空いていたので、パクパクと食べ始めた。

 お互い満腹になり、シュリガンさんも張り詰めていた顔がゆっくり綻んだ。


 それにしても、食材が底をついてしまった状態で大丈夫だろうか?

「次の休みはいつですか?」

 私はお節介かとは思ったが、シュリガンさんに尋ねた。

 次の休みが明日なら大丈夫だろうが、もっと先なら大変だ。


「デートのお誘いですか?」

 途端に、シュリガンさんは警戒した表情になった。

 私は一瞬言われた意味がわからずキョトンとした。

 しかし、シュリガンさんのその警戒しきった表情に、誤解させてしまったことに気付いた。

 きっと、貴族女性の方々に同じように聞かれたのだろう。


「誤解させてしまって申し訳ありません。パンも果物も全滅ということは、次の休みまで食材が買えないということですよね?大丈夫かなと思いまして」

 私は食生活を疎かにして倒れてしまい、バルドさんをはじめみんなにとても心配をかけてしまった。


「す、すみません!」

 シュリガンさんが恥じ入るように顔を真っ赤にして、ガバリと頭を下げて謝った。


「いえ、お気になさらず。で、次の休みまであと何日ですか?」

「あと五日です……」

 それはまた遠い……。


「シュリガンさん、食べ物のあては?」

「水を飲んでなんとかします。人は水だけで二〜三週間生きていられます」

 シュリガンさん……何でそんなサバイバルな……。


「明け方まで仕事して、女性に追いかけ回されて、水だけ生活なんてしたら死にますよ」

 私は真顔で予言した。

 私は預言者でもなんでもないが、確実に過労死だ。


「明日もこの時間でお昼ですよね。うちにあるパンや果物を持って来ます」

 パンと果物なら買い置きがあったはずだ。


「いえ、そんな図々しいことは頼めません」

「平民仲間じゃないですか。助け合いましょう。何より死なれてはこちらも寝覚めが悪いので」

「それは確かに……。すみません!必ず僕もあなたを助けます。今回は頼らせてください!」

「はい」

 困った時はお互い様だ。

お読みくださり、ありがとうございます。


誤字脱字のご報告、とても助かっております。

ありがとうございます。

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