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嫌がらせ

「謝る?……わかりました」

「ありがとうございます。セシリアさん、あの時はごめんなさい。エリザベート様を危険に晒されてつい頭に血が昇ってしまったの」


 ケミスト様が申し訳なさそうに眉を八の字に下げた。

 私は呆気に取られてケミスト様を見た。

 急に謝るなど一体どういうことだろう。


「ああ、やっぱり怒ってらっしゃるわよね?本当にごめんなさい」

 私が様子を窺って黙っていると、ケミスト様は悲しそうな表情を作った。


 アルマ様が、ケミスト様のその表情に同情するような顔をした。逆に、私にはこんなに謝っているのに黙っているのかと非難するような視線を送った。

 ロザリー様は、どうやら私の悪い印象をアルマ様に植えつけようとしているようだ。

 

「ロザリー様、何があったのですか?」

 アルマ様が同情するように尋ねた。

「実は……以前にお会いした時に、私はエリザベート様を危険に晒したセシリアさんを強く叱ってしまったのです。それで、セシリアさんを怒らせてしまって……。これから一緒に働くので、早くわだかまりをなくしたいと思ったのです」


「侍女として主を危険には晒した者を叱るのは当然です。それを逆に怒るなんてどういう神経でしょう」

 アルマ様が顔を顰めた。


「アルマ様、よいのですわ。私も悪かったのです」

 ケミスト様がその儚げな美貌を活かして、悲しげに微笑んだ。

「ロザリー様は優し過ぎるようですね。それは美点ですが、はっきり注意することも必要です」

 まずい方向に話が進んでいるのを感じた。アルマ様の中で、優しいロザリー様、そして私は不遜な平民と印象づけられている。


 私は、心底申し訳なさそうな表情を作った。

「ケミスト様、無知な平民ゆえの過ちでございました。あの時は、叱っていただき感謝しております。そんな私が怒るなどとんでもございません。大変、申し訳ございませんでした」


 ここで、違うなんて言い訳しても無駄だろう。

 言い訳と取られてしまう。

 マーバリー様曰く、謝るが勝ちだ。

 私は目を潤ませる。お手本はチワワだ。

 怒りを見せたアルマ様が、絆されたような表情になった。


「まあ、セシリアさん。私は怒ってませんわ。もう過ぎたことですもの。一緒に働く仲間なのですから、ロザリーと呼んでください」

「ロザリー様!」

「セシリアさん!」


 私達は手を取り合った。

 握られた手が地味に痛い。

 これでアルマ様の印象も和らいでくれるとよいのだが……。


「わだかまりがなくなったようで幸いです。では、そろそろ行きましょうか」

「はい。お時間をいただきありがとうございました」

 アルマ様が背を向けた途端、ロザリー様はそれまでの優しげな表情をガラリと変えた。

「本当にムカつく平民ね」

 小さく吐き捨てるように言った。

 

   ◆


 あるとは思っていたが、やはり嫌がらせが始まった。

 

 ロザリー様としては、王太后殿下の推薦で王女宮に配属されているので、自身の評判を落とすことはできない。

 だから、自分の評価に直結する仕事に関しては、きちんと教えてくれていた。そこは、マーバリー様の狙い通りだ。


 しかし、そこでロザリー様がとった行動はネガティブキャンペーンだった。

 相談をしている体で、私は他の侍女がいない時はさぼってばかりで叱ると睨まれて怖いなど、横柄な態度を取られて哀しいだの、騎士や貴族令息に色目を使って困るなど、ないことないことを精力的に触れ回っていた。

 その結果、元々平民のくせに侍女になったとよく思われていない私は、他の侍女達に思い切り嫌われてしまった。




「おはようございます」

 支度室に私が入ると、それまで和やかに会話していた侍女達がシンと静まる。

 そして、ヒソヒソと侍女達が囁き合う。

「平民のくせに……」

「恥知らずな……」

「早く辞めれば……」


 私はその声は聞こえないふりをしてロッカーを開けた。

 侍女の数名が、私を見てクスクス笑った。

 鍵がかかっているはずのロッカーには、ご丁寧に腹を見せて伸びて死んでいるカエルが置かれていた。

 なるほど。今日はカエルの死骸だ。


「……そういえば本で読んだのですが、カエルの死に関わりのある者は祟りに遭うとか」

 ヒソヒソとざわめいていた支度室が、シンと静まり返った。

 特にクスクス笑っていた侍女達は、青褪めた顔をして私を見た。


「それはそれは恐ろしい祟りだそうです。祟られないためには……」

 私はそこで言葉を切った。


「ちょっと!祟られないためには!?」

 堪らず、侍女の一人が叫んだ。

 私は、頬に手を当ててコテリと首を傾げた。


「何だったかしら?」

 さっきまでクスクスと笑っていたはずの侍女達は、今はもう涙目だ。

「早く思い出しなさいよ!」

「思い出しました。死んだカエルの死骸を丁寧に埋葬してごめんなさいと五百回唱えないと大変な目に遭うと書いてありました。あ、申し訳ございません。前に読んだ『本当に遭った祟り集』を思い出して、つい余計なことを申しました」

 私は無邪気に微笑んだ。


「あ、あなた、私達がそのカエルの死骸は片付けてあげるわ」

 多分カエルに関わった侍女達であろう方々が、我先にとカエルの死骸を持って外に飛び出して行った。

「ご親切にありがとうございます」

 私はニコリと微笑んだ。


 前回は、ネズミの死骸だった。

 その時は、ネズミについているかもしれない病原菌からどんな症状が出て、どんな亡くなり方をするかと少し大袈裟に話してあげた。

 すぐさま、消毒を依頼され私のロッカーは新しい物に替えられた。


 で、そのネズミの前はバッタだった。

 こちらはまだ生きていたので、支度室中を跳び回り大変な騒ぎになった。

 私は責任もって集めて持って帰ると、バルドさんが甘辛く煮てくれた。香ばしくて美味しかった。


「何の騒ぎですか!?」

「実は――」

 キリッとした眉のアルマ様が、青筋を浮かべた。


「またですか!?そんな嫌がらせをするなんて恥ずかしくないのですか!?いい加減になさい」

 みんなを一喝した。

 残念ながら、私のロッカーにカエルの死骸を入れた張本人達はいないが……。


 そう。アルマ様は、公平で真っ直ぐな方ではあるのだ。

 ただ、それ故にロザリー様のネガティブキャンペーンに思い切り踊らされまくっているのもアルマ様だった……。

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