ロザリー・ケミスト伯爵令嬢
「入りなさい」
マーバリー様が声をかけると、ケミスト様は優雅に中に入り微笑んだ。
明るい黄緑色の、肩ほどの長さのクルリと巻かれた髪に、垂れ目がちのペリドットの瞳の、一見すると優しそうな令嬢だ。
しかし、私は彼女の性格が苛烈であることを知っている。
「ロザリー、彼女のことは知っていますね?」
「はい。平民で分不相応にも侍女になったセシリアですね」
「同じ侍女です。敬意を持って接しなさい」
「失礼いたしました」
ケミスト様は、すまして答えた。
「あなたにはセシリアの指導侍女を引き受けてもらいます」
「は!?私がですか!?」
しかし、指導侍女の件を聞くとケミスト様の表情がみるみる慌てた表情となった。
やはり、何かを企んできていたようだ。
「あなたは、王太后殿下がユリア王女殿下のために送り出した侍女です。優秀なのでしょうから、よろしくお願いしますね」
マーバリー先生が有無を言わさない微笑みで押しつけた。
「……はい」
ケミスト様は、渋々返事をした。
侍女長室を出てすぐ、ケミスト様がチッと舌打ちされた。
「やってくれたわね。何が指導侍女よ」
憎々しげに睨んで腕を組んだ。
「精一杯務める所存です。ケミスト様、よろしくお願いいたします」
私は無邪気な微笑みを浮かべた。
これで、ケミスト様は下手に私が失敗するよう仕組めないわけだ。
とりあえずの大きな危険は何とかなりそうだ。
王女宮に着くと、首から鎖で吊るした老眼眼鏡をかけた、眉のキリリとされた白髪の侍女服を着た方がキビキビと私達を迎えた。
「ユリア様がお待ちです。私は、ユリア様の専属侍女のアルマ・レグルスです。私のことは、アルマとお呼びください」
確かアルマ様は、レグルス前伯爵の奥方だ。
子供ができて陛下の妹姫の専属侍女の座を退いたが、レグルス伯爵が今の当主に代替わりし、ユリア王女の専属侍女に復帰なさった方だ。
「私は、ロザリー・ケミストです。どうぞ、ロザリーとお呼びください」
とても綺麗な所作でケミスト様が挨拶した。
ふんわりと微笑み優しそうに見えた。
アルマ様がにこやかに頷いた。
「私はセシリアと申します。よろしくお願いいたします」
「あなたが平民の侍女ですね。くれぐれもユリア様に迷惑をかけないようにしてください」
一方、私のことは厳しい視線を向けた。
「ユリア様、失礼いたします」
「入って」
ユリア王女殿下の部屋は、女の子の部屋にしては実用的に整えられている部屋だ。
ユリア王女殿下は、父親と同じ亜麻色の真っ直ぐな髪にヘーゼルナッツの色の理知的な瞳の、大人しそうな雰囲気の王女だった。
勉強も、礼儀作法も何事にも真面目に取り組む王女だと評判がよい。
私から見たら、綺麗に整ったお顔の王女だと思うのだが、美貌の王妃殿下と王太子殿下と比べて、その容姿を地味だと噂する声もあった。
「ユリア様、今日から侍女になりますロザリー・ケミスト伯爵令嬢と、セシリアです」
私とケミスト様は、カーテシーをとった。
「楽にして。私のことはユリアでいいわ。よろしく頼みますね」
「はい、ユリア様。誠心誠意仕えます」
私達が答えると、ユリア様は大人びた表情で頷いた。
次に、私達がアルマ様についていくと廊下にずらりと王女宮の侍女達が並んでいた。
「みなさん、今日から王女宮の侍女になるロザリー・ケミスト伯爵令嬢とセシリアさんです」
アルマ様が並んでいる侍女達にケミスト様と私を紹介した。
「ロザリー・ケミストです。どうぞ、ロザリーと呼んでください。よろしくお願いします」
ここでも、ケミスト様は柔らかで優しげな微笑みを浮かべた。
みんなもそれにつられるように、表情が緩んでいた。
「セシリアです。よろしくお願いします」
私が挨拶をすると、ザワリと空気が揺れた。
ヒソヒソと「ほら、例の……」「平民……」「身の程知らず……」と、並んでいた侍女達が囁き合った。
やはり、私を見る目は厳しい。
「みんな、私語は慎むように。それでは持ち場に戻ってください」
アルマ様が一喝し、みんなは口を閉じるとそれぞれの持ち場に散って行った。
「それでは、私達も行きましょう。王女宮を案内します」
「アルマ様、少しだけお時間をいただけますか?私は、セシリアさんに謝らなくてはならないことがあります」
アルマ様が声をかけたのを、ケミスト様が殊勝な表情を作って止めた。
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