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王女宮の侍女

 今日からとうとう私は侍女の仕事がスタートする。


「嬢ちゃん、今日は侍女の仕事の初出勤だろ。しっかり食ってけよ」

 バルドさんがお母さんのように、次々と料理を仕上げていく。

 朝はだいたいバルドさんと、私の部屋で食べるようになった。


「バルドさん、これ運んでいいですか?」

「おう、頼む」

 盛り付けに関しては、バルドさんのこだわりがあるようなので手は出さない。


「よし、できた。食うか」

「はい」

 私達は、手を合わせていただきますをする。

 今朝は、コーンスープにサラダにサンドイッチだ。

 サンドイッチは、チキンサンドにジャムサンド、玉子サンドと私の好きな物が挟まっている。

 ジャムサンドは、バルドさんの手作りマーマレードジャムだ。


 ちなみに、バルドさんのお皿にはジャムサンドは載っていない。

 一緒に食べるようになって知ったが、バルドさんは甘い物が苦手なようだ。

 いつだったか、作るのは好きなんだけどなぁと笑って話していた。


「で?侍女の仕事って何をするんだ?」

「そうですね。侍女の仕事は、担当の王族の方のお世話の他、ドレスの管理やスケジュールの管理、予算の管理やお茶会の準備など多岐にわたります」

「うへぇ〜、大変そうだな」

 バルドさんが、パクリとチキンサンドを食べた。


「メイドの仕事は肉体労働ですが、侍女は頭脳労働だと思います」

「嬢ちゃんは誰の侍女になったんだ?」

 基本的に王族の侍女は、専属として三〜五人の専属侍女がつき、その下に離宮付きの大勢の侍女がつく。


「本当はエリザベート様の離宮付きの侍女になる予定だったのですが、王太后殿下と王妃殿下、エリザベート様、ユリア王女殿下のお茶会の折、王太后殿下から待ったがかかりました」

 私もコーンスープをコクリと飲む。


「は?何でだ?」

「王太后殿下が、次期王妃殿下の侍女に平民はよくない、もう隠居も同然の王太后宮で平民の侍女を引き取ってやろうとか何とか言ってきたそうです」

 私達はうんざりした表情になった。


「その心は?」

「言いがかりをつけて辞めさせよう!ではないかと」

「だろうな、あの王太后は性格捻れてるからな。大丈夫なのか?」

 バルドさんが心配そうに尋ねた。


「エリザベート様は反対されたのですが、王妃殿下が王太后殿下の言うことに一理あると味方されて、危うく王太后宮の侍女になるところでした」

「大変じゃないか!」

 そう。危なかった。


「はい。でもユリア王女殿下が、ラテアートを気に入ったから王女宮にほしいと言ってくださったのです。その後、マーバリー先生も、王太后宮は人数が充分足りているので、王女宮にと推してくださって何とかなりました」

 本当にギリギリのタイミングだった。


「王太后としても、孫がお願いしているのに突っぱねるのはさすがに外聞が悪いと引いたのか」

「はい。お陰さまで、私は今日から王女宮の侍女になります」

 本当によかった。ユリア王女殿下に感謝だ。

「そっか。かんばれ!」

「はい!」


   ◆


 バルドさんにお弁当を持たされて、私は初出勤だ。

 侍女の支度室でお仕着せに着替えた。

 侍女の支度室はメイドの支度室より広く綺麗だ。

 特に違うのは化粧直しのスペースだろうか。

 鏡台が付いた化粧台が、十台ほどズラリと並んでいた。


 侍女のお仕着せは落ち着いた薄紫色だ。専属侍女になると、襟元に金のピンバッジがつく。

 私は鏡を見て、乱れがないか確認する。

 うん、大丈夫だ。




 侍女長室をノックする。

 今日からマーバリー先生が侍女長だ。

 声がかかり中に入ると、マーバリー先生が渋い顔をして執務机に座っていた。

 何かあったようだ。


「今日付けで侍女になりましたセシリアです」

 とりあえず、私は初出勤の挨拶をした。

「セシリアさん、いえ、今日からは侍女長と侍女になるのですから、セシリアと呼びますね」

「はい。マーバリー様」


 もう礼儀作法の先生と生徒の関係ではなくなったのだ。

 寂しいが、呼び方が変わるのは仕方ない。

 私は促されて、ソファに座った。


「マーバリー様、何かありましたか?」

 私の問いに、マーバリー様がため息を吐いた。

「セシリア、王太后殿下の狙いはわかっていますね?」

「はい。何としても、私を侍女から退かせ、エリザベート様の平民登用の政策を潰すことです」


「そうです。王太后殿下が、王女宮の人手が少ないのならと、王太后宮の侍女を王女宮に送り込んで来ました。しかも、その送られてきた侍女は、ロザリー・ケミスト伯爵令嬢です」

 エリザベート様の元侍女だったが、私と勝負して辞めさせられた侍女だ。


 マーバリー様もエリザベート様から聞いて知っているのだろう。

 だが、こちらは断ることはできない。


「私が王女宮に配属される代わりに、それは認めなければならないのですね?」

「ここで人数が足りていると断ったら、だったらセシリアも必要ないと言われてしまいます。王太后宮の配属になったら、待ったなしでいちゃもんをつけて辞めさせるでしょう」

 ここは、受け入れるしかなさそうだ。


「わかりました」

 誰が来ても、危険には変わりないだろう。

「ロザリーは、あなたの指導侍女にすることにします」

 私はびっくりしてマーバリー先生を見た。

 その真意がわからなかった。

 直接指導されるとなると、かなりの警戒が必要ではないか。


「指導侍女は指導する侍女に責任があります。もし、侍女が失敗をしたら、指導侍女も責任を負うことになります。万が一にも指導している侍女がクビにでもなったら、送り出した王太后殿下の面目丸潰れです。だから、そこまでの小細工はできなくなります」


 なるほど。かえって責任を持たせてしまった方が、まだ最悪は避けられるというわけか。

「ただ、細かな嫌がらせは間違いなくされるでしょう」

 マーバリー様は、悩むような表情をされた。


 嫌がらせくらいなら、私が躱すなり耐えるなりすれば何とかなる。

 それよりも、クビにされるような小細工をされる方が困ると思った。


「わかりました」

「私もなるべく目を光らせたいのだけど、厄介なことに前侍女長は書類を溜めるだけ溜めて辞めてしまいました。最後の嫌がらせですね。しばらくは、そちらにかかることになるでしょう」

 マーバリー様も大変なのに、心配そうに私を見た。


「大丈夫です」

「何かあった時は、言ってください」

「ありがとうございます」

 その時、ノックの音がした。


「王太后宮から参りましたロザリー・ケミストでございます」

本日より、第五章スタートです!

よろしくお願いします。

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