舞踏会 4
「お待たせいたしました。ただ今より、舞踏会を開催いたします」
進行の貴族の方が会の開始を告げると、会場が静かになる。
「侍女試験合格者ケイシー・ナラバス伯爵令嬢、セシリア嬢、文官試験合格者シュリガン殿前へ」
私はバルドさんから離れ、壇上に上がった。
前には、亜麻色の髪を緩く後ろで編み、立派な髭を生やした陛下が立っている。
不敬になるので、私は視線を下げたまま指定の位置まで近づきカーテシーをとった。
「面を上げよ」
声をかけられて顔を上げると、あまり覇気がなさそうな、目尻に皺がある陛下のヘーゼルナッツ色の目と目が合った。
「おめでとう。其方らのこれからの活躍を期待しておる」
陛下のお祝いの言葉に対し、私達を代表してナラバス様がお礼を述べた。
次は、とうとうダンスだ。
私達は壇上から下り、それぞれのパートナーの元に戻った。
ダンスフロアには、私達合格者の三組だけが残された。
自分の顔が強張っているのがわかる。
大丈夫、大丈夫と唱えるが、さっき元クラスメイトに会ったせいか不安な気持ちが膨れあがる。
どうしよう、またカカシのような動きになったら。
私だけでなく、バルドさんにも推薦くださったエリザベート様にも迷惑をかけてしまう。
バクバクと耳のそばで耳障りな鼓動が鳴る。
「セシリア、俺だけを見てろ。大丈夫だ」
バルドさんが、そっと私の耳元で囁いた。
ハッとして顔をあげると、バルドさんがニカリと笑った。
いつものバルドさんの笑顔だ。
ここは学園じゃなくて、それで、そばにはバルドさんがいるんだ。
ゆっくり周りの音が聞こえ始める。
バルドさんがホールドを作り、私は手を合わせた。
そして、ワルツが流れる。
私はバルドさんだけを見つめた。彼に全てを委ねて踊る。
ダンスは大嫌いだった。
でも、今はバルドさんが嬉しそうに笑うから、私もつられて笑った。
バルドさんは私の腰を抱えると、本当に持ち上げた。
フワリと持ち上げられては床に足を着いて、まるで浮かんでいるようだ。
ホゥと周りのため息が聞こえた。
そうして、最後の一音が鳴るまで、私はバルドさんだけを見つめて踊った。
王太后殿下の憎々しげな表情を見るに、ダンスは大丈夫だったようだ。私はホッと胸を撫で下ろした。
合格者がファーストダンスを踊ったあとは、もう自由だ。
たくさんの人達がダンスフロアに集まってきた。
初めはパートナーとだが、二曲目以降は自由だ。
ギラギラとした令嬢方のバルドさんを見る目を思うと、ここから離れた方がよさそうだ。
「嬢ちゃん、次のダンスに狙われてるから裏庭に避難するぞ」
バルドさんも同じように思ったようで、私達は裏庭に避難した。
裏庭は夜会用にライトアップしてあって、薄明かりが幻想的だった。
「裏庭、とても綺麗ですね」
「ああ、いつもの裏庭じゃないみたいだな」
私達はいつものベンチに座った。
「嬢ちゃん、見たか?あいつらの顔。ポカンとして口開けてたぞ」
バルドさんがクックッと笑った。
私はその様子を思い浮かべて、クスクス笑った。
「私はずっとバルドさんだけを見つめていたので見られませんでした。残念です」
私がそう言うと、バルドさんは笑うのを止めて私を見つめた。
「俺だけを?」
「だって、バルドさんが言ったんですよ?」
「うん。そうだな。そっか。俺だけを見つめてくれて、踊ってくれたんだな」
「とても楽しかったです」
私は持ち上げられてフワリと体が浮かぶように踊ったのを思い出して微笑んだ。
「うん。俺も楽しかった」
バルドさんが、噛み締めるように言って切なげに微笑んだ。
「きっと、忘れない」
「はい。私も忘れません」
「うん」
バルドさんが嬉しそうに微笑んで、私の頬をそっと指の甲で撫でた。
私はなぜか、バルドさんから目が離せなかった。
月明かりとライトアップの揺らめく光の中、私達は静かに見つめ合った。
それは甘やかなようで、それでいて、仄灯りのように頼りない時間だった。
バルドさんは、その空気を払うようにニカリと笑った。
「嬢ちゃん、ばっちり見返したな」
見返すなんて性格が悪いかもしれない。でも、確かにスッとした。
「はい!すっきりしました」
もう、先程の空気は失くなっていた。
私は、たくさんの星が瞬く夜空を見上げた。
さあ、もうすぐ私は王城の侍女だ。
平民が侍女になるのは私が初めてだ。
きっと困難もあるだろう。
でも、きっと私は大丈夫だ。
だって、これは私の選んだ道だから!
これにて第四章おしまいです。
次話から、第五章に入ります。
引き続き、読んでいただけたら幸いです。