舞踏会 3
コカック様の後ろには、やはり学園時代嫌がらせしてきた令嬢方がツンとした笑顔を浮かべていた。
よく平気で声をかけて来たものだ。
コカック様達は、チラチラとバルドさんを見た。
「私達友達よね?そちらの方を紹介してちょうだい」
友達と言う割には、相変わらずの上からの命令口調だ。
もちろん、こんな人にバルドさんを紹介したくない。
私は純粋無垢な笑顔で小首を傾げた。
「申し訳ございません。記憶にございません」
そう。私はあなたのことなんか覚えてないよ〜、ごめんなさいの申し訳なさそうな表情を作った。
「は?そんなわけないでしょ?」
「では、お友達とおっしゃるなら学園時代に私とどこでお昼を食べましたか?」
もちろん、友達ではないので食べたことはない。
「そ、それは」
コカック様達は言葉に詰まった。
「やはり、勘違いのようですね」
いろいろ察したバルドさんのエスコートで、さっさとその場から移動してくれた。
「え、ちょっと、待ちなさいよ」
と言う声が聞こえたが、もちろん全く聞こえませんの顔をした。
しかし、前に回り込まれてしまった。
「セシリアさん、そんな態度が許されると思うの?どうせ、あんたはダンスが踊れないんだから、私がその方と踊ってあげるわ」
ダンスの言葉に思わず体が強張る。
「本当にひどかったわよね?カカシが踊っているようだったわ」
クスクスとコカック様達が、馬鹿にしたように笑った。
学園時代の嫌な記憶が蘇り、グッと俯きかけた。
しかし、ハッとマーバリー先生の授業を思い出した。
そうだ。平民の私が貴族しかいない侍女の世界に足を踏み入れるのだ。
こんなことを言われたくらいで俯いたら駄目だ。
私は無垢な微笑みを浮かべ、無邪気に手をパチンと叩いた。
「ああ、コカック様ですわね!思い出しましたわ。あ、申し訳ございません。もう結婚されてお名前は変わりましたよね?失礼いたしました」
私は知っている。
コカック様が私に嫌がらせをする姿を見て、真っ当な伯爵令息が婚約寸前でお断りしたのだ。
それ以来四年間お見合い三昧らしいが、婚約できずにいる。
「どなたとご結婚されたのですか?」
そうして、そんなこと全く知りませんの顔で小首を傾げ尋ねた。
わかりやすく、コカック様の顔が引き攣った。
ちなみに、後ろのご友人方もコカック様同様お見合い三昧だ。
次に私に尋ねられないように、一斉に視線を逸らした。
「セシリア嬢。そろそろ行きましょう」
「はい、ガルオス様。それではご機嫌よう」
私はニッコリとコカック様達に微笑んだ。
彼女達から離れて、私はホッと息を吐いた。
「学園で嫌がらせしてきた奴らか?」
「はい。その中心のご令嬢方です。ちなみに、そのせいで婚約が流れているので、先程の質問はかなり嫌だったかと」
バルドさんがそれを聞いて、クックッと楽しそうに笑った。
「おい!」
私達が話していると、また偉そうに声をかけられた。
振り向くと、今度は学園時代にダンスの授業でひたすら貶し蔑んで来ていた子爵令息だった。
確か、名前はロコノス・モンガだったか。
笑顔を貼りつけている私と目が合うと、途端にだらしなくその顔がいやらしくやに下がった。
「お前、ダンスが終わったらその女を俺のとこに連れて来い。可愛がってやるから」
バルドさんが、スッと目を細めて子爵令息を睨んだ。
途端にモンガ様はたじろぐが、虚勢を張るように胸を張った。
「貴族の愛人になれるんだ。その女も喜ばしいことだろう」
学園時代から女癖が悪く、今でも結婚相手がいないモンガ様なのに正妻飛ばして愛人ってこれいかに?
「失礼。あなたはどこの家の者だろうか?」
「無礼だろ!平民が!口の利き方に気をつけろ」
平民?本当に何を言っているんだか?
あ、もしや平民の私のエスコート相手は、同じく平民だと勘違いしているのかも?
「あの、こちらの方は第二騎士団副団長バルド・ガルオス侯爵令息ですが」
モンガ様はパカリと口を開けた。
瞳孔も開いている。
とんでもない間抜け面だった。
「で?名前は?」
「名乗るほどの者ではありません」
何とか身バレせずにこの場から去りたいのだろう。
いやいや、逃すわけがない。
「ガルオス様、彼は学園時代のクラスメイトでロコノス・モンガ子爵令息です」
しかし、私は無邪気にバルドさんにばらした。
バルドさんは冷ややかにモンガ様を卑下した。
「なるほど。モンガ子爵は、ご子息を随分甘やかしていらっしゃるようだ」
「ヒッ、いえ、その」
「このことは、ガルオス侯爵家から抗議させていただこう」
さすがに侯爵令息として、この公の場であんな態度を取られたら抗議しないと貴族の面子に関わる。
モンガ様が助けを求めるように私を見たが、小首を傾げて何もわかってませんと微笑んでおいた。
「セシリア嬢、行きましょう」
「はい」
顔面蒼白なモンガ様を置いて、私達はその場を離れた。
「嬢ちゃんの学園時代が心配になったよ?」
「まあ、確かに随分嫌がらせをされましたが、ダンス以外は彼らに付け入られることはなかったので」
その分、ダンスの授業は地獄だったが。
「同い年だったらよかったのにな」
「多分、学園時代だったら全方向敵だと思っていたので、バルドさんが話しかけてくれても逃げたと思います。だから、このタイミングでよかったんですよ」
「守りたかったな」
バルドさんが呟いた。
学園時代の私に、聞かせてあげたい言葉だった。
あの時の私はいっぱいいっぱいで、周りの全てが敵に見えた。しかし、もしかしたら、バルドさんのように助けたいと思ってくれた人もいたかもしれない。
「その言葉だけで充分です。ありがとうございます」
私はバルドさんを見上げて微笑んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。