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舞踏会 2

「嬢ちゃん、王城では面倒だが俺は第二騎士団副団長の侯爵令息の顔を貼りつける」

「はい。私もマーバリー先生に習った笑顔を貼り付けます」

 バルドさんが眉をヘニャリと下げた。


「嬢ちゃんは、そのままの笑顔が綺麗なのにな」

 お世辞でもその言葉は嬉しい。

「マーバリー先生曰く、素の笑顔は好きな人の前で充分だそうです。だから、バルドさんの前だけで充分です」

「へ?」

 バルドさんが、赤くなって固まった。


「あと、家族やキャサリン様、マーバリー先生、エリザベート様とドュークリフ様、カレン様、私の好きな方々の前だけで充分なんです」

 そう言って私が微笑むと、バルドさんがポリポリと頬を掻いた。


「うん、まあ、そうだよな……」

 どことなく残念なような、ホッとしたようなバルドさんの表情に私はコテリと首を傾げた。




 王城の舞踏会の会場には、すでにたくさんの着飾った貴族が集まって談笑していた。

 私はバルドさんのエスコートで会場に入り、バルドさんと顔を見合わせて頷き合った。

 ここからは、私も無垢な笑顔を貼りつける。


 私達が中に入ると、ザワリと会場の空気が揺れた。

 やはり、平民がこの場に足を踏み入れるのは嫌なのだろう。

 そう思ったのだが、いつもの嫌な視線とはまた違う視線だ。


 ヒソヒソと囁き合っては、チラチラとした視線を送る。

 中にはガン見してくる視線もあるが、それも蔑むような嫌な視線ではない。


 そこで、あっと気づいた。

 今の髭を剃ったバルドさんは格好いい。

 逞しい体躯に大自然の雄大さを思わせるような美しく整ったお顔だった。


 私は、なるほどと納得した。

 それは目を惹くだろう。

 その時、バルドさんがスッと屈み私の耳のそばで呟いた。耳に息がかかり、こそばゆい。

「嬢ちゃんが綺麗だから、みんな見てるな」

 へ?

 バルドさんがとんだ勘違いを言った。


「バルドさんが、素敵だからみんな見てるんですよ?」

 私も少し背伸びして、バルドさんに耳打ちした。


「は?違うだろ?どう見ても嬢ちゃんだ」

「何を言ってるんですか?間違いなくバルドさんですよ」

 お互いの主張がずっと平行線だ。


「やあ、ガルオス侯爵令息。セシリア」

 アルトの凛とした声に振り向くと、トスカ王太子殿下にエスコートされたエリザベート様とその後ろに護衛として立っている近衞騎士の正装姿のドュークリフ様がいた。


 王太子殿下はサラサラとした淡い水色の髪を緩く後ろに編んで、エリザベート様の瞳の色の翡翠の飾りをつけていた。

 背はエリザベート様と同じくらいで、長いまつ毛に縁取られたアクアマリンのような瞳に、桜の花びらのような唇の、儚げな容姿の男性だった。

 私は慌ててカーテシーをとった。


「楽にして。セシリア嬢、侍女試験合格おめでとう」

 王太子殿下が、淡く微笑んで祝福してくれた。


「ありがとうございます」

「これからもリズをよろしくね」

 畏れ多くも、王太子殿下が私の指先に口づけた。

 そして、フワリと微笑んでコテリと小首を傾げてバルドさんを見た。


「駄目だよ?僕をそんな目で見ないで。ドキドキしちゃう」

 バルドさんが、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「セシリア、この人こう見えて本当にお腹の中真っ黒だから相手にしちゃ駄目だよ。君の綺麗な心が汚されちゃう」

「リズを想う時は、僕の頭の中は桃色だよ?普段凛々しいのに、僕の腕の中のリズは愛らしいからね。次は何をしようか考えると自然と桃色に染まっちゃう」

 フワフワと砂糖菓子のように甘やかに微笑み、頬を赤らめるが、言ってる内容はよくわからない。


「トスカ、その訳のわからんことばかり言う口をそろそろ閉じようか?」

 エリザベート様が、それはそれは低い声で囁いた。


「うん。リズのその唇で僕の唇を「王太子殿下!」――」

「ゴホン。王太子殿下、そろそろ陛下の元に向かわれないとならないのでは?」

 途中からバルドさんに耳を塞がれていると、ドュークリフ様がすかさず王太子殿下を急かした。

 王太子殿下の後ろの厳つい護衛が頷かれた。

「殿下」


「は〜い。リズはもう少しして来たらいいよ。話しておいで」

 王太子殿下は流れるように頬に口づけると、ニコリと笑って行ってしまわれた。

「あの、エリザベート様?」

「ごめん、ちょっとだけ待って」

 エリザベート様が扇子で顔を隠されるが、その顔は真っ赤だ。


「ふぅ……。悪かったね、ガルオス侯爵令息。殿下はからかえる機会は逃さない方だから」

「いえ。存じておりますので大丈夫です」

 バルドさんが苦笑して答えた。


「改めて、セシリア。侍女試験合格、おめでとう」

 麗しのエリザベート様に、王子様のように微笑まれて私は顔を赤らめた。

「ありがとうございます。これも、エリザベート様が私を推薦してくださったからです。感謝いたします」

「フフ……どういたしまして。今日のセシリアは花のように美しいね。私が贈ったドレスもよく似合っている」


 エリザベート様が、わざと私が贈ったドレスを強調された。

 これで、ドレスを汚されるような不慮の事故は起こりにくくなるだろう。


「ダンスの方はどう?」

「はい。ドュークリフ様のおかげで、何とか形にはなりました」

「そう。よかった」

 エリザベート様が、ドュークリフ様を見た。


「セシリア、僕からもお祝いの言葉を。侍女試験合格、おめでとう」

「ありがとうございます」

「そのドレスもよく似合ってる。とても美しいね」

「はい。とても美しいドレスを贈っていただいて感謝しております」

「プッ……」

 エリザベート様が横を向かれて、扇子で顔を隠してクックッと笑っている。


 なぜ?

「嬢ちゃん、クリフは嬢ちゃんを美しいって褒めたんだ」

 あ、私への社交辞令だったか。

「失礼いたしました。ありがとうございます」

「えっと、うん……なんかバルドの気持ちがわかるかも」

 ドュークリフ様がちょっぴり肩を落とされ、小さく呟かれた。

 バルドさんがポンと肩を叩いた。


「さて、そろそろ私もトスカの元に戻るか」

「はい、王太子妃殿下。じゃあ、またね」

「はい」

 ダンスと聞いてズンと心が沈む。


「ダンス、緊張するな」

「バルドさんも?」

「ああ、嬢ちゃんの足引っ張らないかドキドキだ」

 バルドさんも緊張していると思うと、少し気持ちが楽になる。


「私はバルドさんの足を踏んでしまわないか心配です」

「そん時は、俺が持ち上げてやるから大丈夫だ」

「ずっと持ち上げてクルクル回されたら楽しそうですね」

「いつでも、やってやるぞ」

「フフ……今日は遠慮しておきます」

 他愛のないことを話しているうちに、大分緊張も和らいできた。


「ねえ、セシリアさんでしょう?覚えてらっしゃるかしら?学園で一緒だったシルビアよ。ほら、後ろの子達も覚えているでしょう?」

 居丈高な声を急にかけられた。


 シルビア・コカック。

 同じクラスだった伯爵令嬢で、よく嫌がらせをしてきた人物がいた。


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