舞踏会前夜
「明日はとうとう舞踏会の日だな」
「はい。ひと月はあっという間ですね」
私はバルドさんが作った夕食を食べながら、しみじみこのひと月を思い出す。
私とバルドさんは、時間が合う時は一緒に食べるようになっていた。
ドュークリフ様の毎日のダンスの練習のおかげでなんとか笑われない程度にはましになったと思う。
ドュークリフ様を相手にしても、固まらないで踊れるようになっていた。
明日の舞踏会の流れとしては、バルドさんにエスコートされて入場。
そして陛下からお祝いのお言葉をいただいたあと、ダンスタイムだそうだ。
バルドさんと踊ったあとは、もう自由だそうだ。
ちなみに、今回の侍女試験合格者はカルブス様と私の二名、文官試験ではシュリガンさん一人だったとか。
これは例年にない少ない合格者数らしい。
私とシュリガンさんを落とすためにわざと問題を難しくしたら、まさかの貴族の方が落ちまくってしまったらしい。
あの偉そうな髭の試験監督は、あちこちの貴族家から吊し上げられているそうだ。
「嬢ちゃんは、キャスタール嬢の屋敷で準備をするんだよな?」
バルドさんが、お肉を切り分けて私のお皿に載せた。
「ありがとうございます。あ、お肉柔らかいですね。明日は朝からキャサリン様のお屋敷で準備だそうです。舞踏会は夜からなのに、準備は朝からなんて大変そうです」
お化粧は自分でやるとして、ドレスの着付けをどうしようかと悩んでいたら、キャサリン様がぜひに!と鼻の穴を膨らませて声をかけてくださった。
その勢いに思わずのけぞってしまったが、とても助かるお申し出なのでお願いさせてもらった。
キャサリン様は一応婚約破棄をされたばかりなので、こういった場にはほとぼりが冷めるまでは出ないのだそうだ。
何やらアジアンビューティーとかモデルフーとかよくわからない呪文をブツブツ唱えていたが、キャサリン様のそういったお姿はいつものことなので流した。
「ほい、タレかけるともっとうまいぞ。女性は準備が一日がかりで大変だな」
私はかけてもらったピリ辛のタレのかかったお肉をパクリと食べる。
「本当に美味しいですね!バルドさんは午前中だけお仕事ですよね」
「そ。ほら、ちゃんと野菜も食べような。嬢ちゃんのことはキャスタール嬢の屋敷にお迎えだな」
私はお皿に載せられたレタスとポテトサラダを受け取る。
「はい。よろしくお願いします。あ、このポテトサラダのジャガイモ甘いですね〜」
「だろ?いいジャガイモ買えたんだ。しかもお買い得品だ。ドレスは俺が贈りたかったなぁ」
バルドさんが残念そうに言った。
そうは言ってもらっても、さすがにドレスは高いから素直にはいとは受け取れなかったろう。
「今の時期のジャガイモは美味しいですね。ドレスはエリザベート様が侍女試験の合格のお祝いに贈ってくださるなんて畏れ多いです」
そう、私が明日着るドレスはなんと、エリザベート様が贈ってくださるのだ。直接、準備をするキャサリン様のお屋敷に届けられる予定だ。
どんなドレスかは、明日のお楽しみだ。
「明日が楽しみだな。俺もエスコートするならちゃんとしないとな」
バルドさんが、髭をさすった。
「え?お髭を剃るんですか?」
「おう。さすがにこの髭で嬢ちゃんのエスコートは失礼だからな」
お髭のないバルドさん……想像ができない。
「デザートにゼリーを作ったけど入りそうか?」
「もちろんです。別腹ですね」
私は、ミントの葉がチョンと飾られたゼリーを受け取った。さすがバルドさん、見た目も素晴らしい。
「レモン風味で美味しいです。バルドさんの髭は何かこだわりがあって伸ばしてるんですか?」
「ああ、昔ある人に言われてな。髭がある方が楽なんだ」
バルドさんがチラリと私を見て、懐かしそうに目を細めた。
それは私のエスコートのために剃ってもらうのは申し訳ない。
「すみません。私はお髭があっても別に気にしませんよ」
「せっかく綺麗な嬢ちゃんのエスコートだ。俺がちゃんとしたいと思ってるだけだから気にするな」
バルドさんはそう言って、私の口元を指で拭ってペロリと舐めた。
「ゼリーついてた」
う……子供みたいだ。
私は赤くなってバルドさんを見ると、しまったという顔でバルドさんも耳を赤くした。
「すまん、つい」
「いえいえ、こちらこそお手数おかけしてすみません」
何となく気恥ずかしくてお互い目を逸らしたのだった。
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