ドュークリフの懸念
「セシリアさん〜!心配しましたわ。大丈夫ですか?」
仕事に出ると、キャサリン様が涙目で抱きついてきた。
ちょうど倒れた次の日はお休みの日だったので、キャサリン様には余計に心配をかけてしまった。
ゆっくり休んだので、体調はもう大丈夫だ。
「キャサリン様。せっかく、ダンスの練習のお時間を取っていただいたのに、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。もう大丈夫です」
「よかったですわ。ダンスに、引き継ぎに、侍女の勉強に忙しかったですものね」
それに加えて、間違いなくあの食生活がまずかったのだろう。
こんなにあちこちに心配と迷惑をかけてしまって、心底反省だ。
やはり食事は大切だということが、今回のことでしみじみわかった。
健康を過信しては駄目だ。
結局、私の食生活は、バルドさんによってしっかり守られることになった。
昨日も様子を見に来てくれたバルドさんは、前日のスープに加えてさらにパンとフルーツヨーグルトも作ってくれて差し入れてくれた。
そのあとは、お休みだったので私はまたベッドで横になって過ごした。
本当は買い物だけでも行く予定だったのだが、同じくお休みだったバルドさんに止められたので、素直に甘えて食材を買って来てもらった。
お金はいいと言われたが、さすがにそこまで甘えられないので無理に渡した。
そして、夜はその食材でバルドさんが夕食を作りに来てくれて、また一緒に食べた。
バルドさんが作ってくれた煮込みハンバーグは絶品だった。
私は、やっぱりバルドさんはお母さんみたいだと思ったのだった。
それからバルドさんから提案があり、食費は折半でバルドさんが一緒に私の分まで作ってくれることになった。
はじめは、さすがに外聞も悪いしそこまで甘えられないとお断りしたのだが、一人分を作るより、二人分を作る方が材料費もお得らしく、バルドさんにもメリットがあるのだそうだ。
外聞に関しても、古い建屋で足音が響くので、こっそり跡をつけることは不可能らしい。なので、誰かに見られる心配はないとのことだった。
何よりバルドさんは、ストレス発散に人に料理を振るまいたいと力説していた。謹慎中の騎士団長が引っ掻き回した後始末に、謝罪回りにストレスが溜まりに溜まっているそうだ。
そういえば、思い返すと馬車で振る舞っていたお菓子が最近は随分凝っていると思った。
しかも、一人分作るのも二人分作るのも一緒だと、お弁当まで持たせてくれた。
ご迷惑をかけて申し訳ないが、それ以上に私はがっちり胃袋を掴まれてしまった。
どの料理も絶品なのだ。
もう知らなかった頃には戻れない……。
◆
お昼をきちんと食べてから、私は王太子妃宮に行った。
ダンス室で動きの確認をしていると、少ししてドュークリフ様が来た。
「セシリア、心配したよ。もう大丈夫?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、よくなって安心したよ。バルドに怒られた?」
「怒られたというよりは、すごく心配をかけてしまいました。本当申し訳なかったです」
あの日の憔悴した様子のバルドさんを思い出すと、二度と不摂生しないようにしなくては思う。
ドュークリフ様は一瞬逡巡されたが、決心されたように私を見た。
「あのさ、こんなことを聞くのは失礼だと思うけど、セシリアはバルドのことどう思ってる?」
「バルドさんのことですか?」
なぜそんなことを聞くのだろう?
「そうですね、少し前まではお父さんみたいだと思っていました。でも、今は……」
私はこれを言っても大丈夫か迷ったが、正直に言うことにした。
ドュークリフ様が、ゴクリと喉を鳴らした。
「今は……お母さんみたいだと思っています」
「は?お母さん?」
私は、至極真面目な顔で頷いた。
「バルドさんの料理はとても美味しいのです」
ドュークリフ様はびっくりした顔をされたが、プッと吹き出した。
「そうか、お母さんか。クックッ……アハハハ。うん、それならいいんだ」
私は突然笑い出したドュークリフ様に首を傾げた。
「よかった、心配してたんだ。バルドは、ああ見えても侯爵家の嫡男だからさ。いずれは貴族令嬢と婚姻して家を繋いでいかなくてはならないから」
それを聞いて、私はあの倒れた日に感じたように胸がチクリとした。
その痛みが何かはもう少しあとにわかるのだが、今の私はわからなかったし、気にもしなかった。
「私、バルドさんに馴れ馴れしくしてしまっていましたか?」
バルドさんには貴族と知る前と変わらないで接してほしいと言われたが、やはりまずかっただろうか。
「いや、距離は取らないでやって。ちゃんとお互いわかってるんなら大丈夫だから」
「はい。ちゃんとわかっています」
きっと、バルドさんに婚約者ができたらこんな風にはいられなくなるだろう。
だから、それまでの間はバルドさんのそばにいたいと思った。
「じゃあ、練習始めようか」
「はい。よろしくお願いします」
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