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キャサリンのお茶会 

 引き継ぎや、侍女になる準備にバタバタした日々を過ごしている中、お休みが合ったキャサリン様が私とマーバリー先生を招いてお茶会を開いてくれた。


「今日は、のんびりお茶会を楽しんでくださいですわ」

 ニコニコとキャサリン様が満面の笑みを浮かべた。

 私は初めてお茶会にお呼ばれしたので、とてもドキドキしていた。


 しかし、お茶会のメンバーはキャサリン様にマーバリー先生だ。

 エリザベート王太子妃殿下の話題で盛り上がったり、マーバリー先生の王城あるある話で大笑いしたりとすぐにリラックスした。


「あの、マーバリー先生。よろしければ、王族の方々についてお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 まだ確定ではないが、私はエリザベート王太子妃殿下の王太子妃宮に配属される予定であった。

 しかし、他の王族の方々の情報もあるに越したことはない。


「ええ。もちろんです」

 マーバリー先生が、力強く頷いた。

「まずは、陛下について話しましょう。陛下は、穏やかで優しい気性の方です。その政治も様々な意見に耳を傾けます。王妃殿下も、お美しく穏やかな、下の者にもお優しい方です」

 それは、私も噂でよく耳にした。

 やはり、陛下も王妃殿下もよい方のようだ。

 しかし、マーバリー先生はニヤリと笑った。


「これは表向きです。次は裏にいきましょうか」

 裏??

「陛下は、優柔不断のマザコンです」

 マーバリー先生がずばり言い切った。

 優柔不断?マザコン??


「あちこちにいい顔をしようとして、周りの声に左右されがちですね。母親である王太后殿下の言うことは、八割は聞いてしまいます。二割は宰相がビシバシと駄目出しして拒否してます。陛下が名君なんて言われてるのは、宰相のお陰ですね」

「なんか、宰相はお気の毒ですわね……」

 キャサリン様が、心底気の毒そうに言った。


「いえ、彼は四年前に美しい年下の奥方と結婚されて毎日艶々していますね」

 宰相のモデラン公爵の奥様とは、メイド班長時代に一年程関わりのあった方だ。彼女の見る目は正しかったらしい。


「王妃殿下ですが、自分だけの平和を守りたい方ですね。揉めるのをとても嫌がります。なので、基本的に王太后殿下のイエスマンです。反対なんてしたら、うるさいですからね。お二人共、毒にも薬にもならない方ですので、さほど気にしなくていいでしょう」

 マーバリー先生が、さくっと言い切った。


「次に王太子殿下ですが、王妃殿下譲りの美しい美貌の方です」

 私は言葉の続きを待ったが、どうやらそれだけのようだ。


「裏は……というか、裏でもありませんが、アレな人ですね……」

 アレな人とは……?

 マーバリー先生が遠い目をされた。


「エリザベート王太子妃殿下の旦那様ですわよね!?アレとは!?」

 キャサリン様が、目を剥いてマーバリー先生に詰め寄った。


「何と言いましょうか……。極めて優秀な方には違いありません。ただ、その能力はエリザベート王太子妃殿下に全振りしてますね。出会った瞬間からアレでしたね……。恐怖を感じたフィン公爵は、エリザベート王太子妃殿下をアルロニア帝国に留学させ、物理的な距離を取ったほどです。結局、王太子殿下は外堀内堀全てを埋めまくり、エリザベート王太子妃殿下と婚約されましたが……。普通でしたら、病んでしまいそうな執着と溺愛ですが、エリザベート王太子妃殿下はしょうがないなの一言で受け止め、御しておられます」


「さすが、エリザベート王太子妃殿下ですわ!素晴らしいですわ!麗しいですわ!大好きですわ!」

 キャサリン様が、手を組み体をクネクネさせた。

 エリザベート王太子妃殿下の周りは、何というか濃い方が集まっているのは気のせいだろうか……。


「ユリア王女殿下は、真面目で努力家な大人しい姫ですね。王妃殿下と王太子殿下の美貌と比べられて、自信がなく一歩引いてしまいがちです。とても、もったいなく感じます」


 私は、大人しそうなユリア王女殿下を思い出す。

 綺麗に整った可愛らしいお顔立ちだと思う。

 しかし、容姿を比べられる気持ちはよくわかる。きっと、自分が惨めで、悲しく悔しい気持ちだろう。

 棘のある言葉を刺されるたびに、自分がどんどん小さくなることを感じるのだ。


「セシリアさん。あなたも、容姿にコンプレックスがありますね」

 マーバリー先生の言葉に、私は頷いた。


「わかります。私も長年容姿にコンプレックスがありました」

 いつも自信に満ち溢れたマーバリー先生のその言葉に、私は驚いた。


「しかし、所詮は面の皮一枚なのですよ。化粧でどうにでも化けられるのです。そんな面の皮しか見ない愚か者など、阿呆がと笑ってやればよいのです」

 マーバリー先生が、高らかに笑った。


「とはいえ、長年のコンプレックスなどすぐには消えませんよね。まずは、化粧を覚えなさい。美しい者に自信があるのは、なぜかわかりますか?その美しい武器を、磨き続けているからです。しかし、中身が伴わなければ、そんな武器が通じるのは面の皮だけ見る愚か者くらいです。美しさなど、自分が使える武器のただの一つに過ぎないのですよ。あなたは、これから平民で初めての侍女になります。今まで、目を背けてきた武器も磨きなさい。武器は多いに越したことはありませんよ」

 マーバリー先生の言葉に、容姿に対する見方が少し変わったような気がした。


「セシリアさん、お化粧なら私が教えますわ」

 キャサリン様が、ピッと手を挙げた。

「はい。ぜひ、よろしくお願いします」


   


 私はお茶会の日をきっかけに、キャサリン様とアーリヤさんに化粧を習うようになった。

 お化粧の世界はとても奥深かった。

 今まで私なんかが化粧をしてもと敬遠していたが、とんでもないアートな世界だった。


 目の錯覚?陰影?光の反射?知れば知るほどおもしろいと思った。まだお二人の域に達することはないが、新しいことを学ぶことはとても楽しかった。


 そんな忙しくも充実した日々を過ごしていたのだが、数日後、私に最大の難関が突きつけられるのだった……。

第4章スタートです!

よろしくお願いします。

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