前へ次へ
35/89

その後の話 前編 

 私は一度、実家に帰ることにした。

 あの日は有耶無耶になってしまったが、ルパート商会が王城との取り引きを辞退したことについて確認したかった。

 そうして帰って来たのだが……。



 

「なんで、家にバルドさんがいるのでしょうか?」

「お、嬢ちゃんも来たのか。おかえり!」

 何故か、バルドさんが父さんとのんびりお茶を飲んでいた……。


 しかも、三階のプライベートスペースの客間だ。

 意味がわからないまま、とりあえず私はバルドさんの隣に座った。

「姉さん、おかえりなさい」

「セシー、おかえりなさい」

 私が帰って来たと聞いて、母さんとリリアもソファに座った。


「セシー、バルドさんから聞いたわ。侍女試験合格おめでとう」

「姉さん、おめでとう!」

 母さん達には、侍女試験の話は合格してから言おうと思っていたのだが、もうすでに知っているようだ。

 まるで家族の一員のようにくつろいでいるバルドさんをジト目で見た。


「バルドさん。先に言ってしまったのですか」

「すまん。嬢ちゃん、話の流れでつい」

 一体話の流れとは?


「バルドさんは、どうして家にいるのでしょうか?」

「ん?親父さんに、礼を言いに来たんだ。証人として来てもらっただろ?」

 なるほど。いや、でもそれにしては家に馴染み過ぎていないだろうか。

 思わず、父さんとバルドさんを交互に見てしまう。


「バルドと俺は飲み友達だ」

 父さんがぶっきらぼうに言った。

 飲み友達!?いつの間に!?

「前に言った飲み友達だ」

 バルドさんが、ニカリと笑って言った。

 飲み友達?


「あ、ナッツと豚肉のオイスターソース炒めの!?」

「そ。あれは親父さんのお勧め」

 そんな前から!?

 父さんがばつが悪そうに頬をポリポリとかいた。

 いろいろ細かく経緯を聞きたいところだが、とりあえず脇に置く。


 それより、確認しなくてはならないことがある。

「父さん……私のせいで王城との取り引きを辞退したって本当なの?」

「え?」

 リリアは驚いて父さんを見たが、母さんは何も言わなかった。母さんは知っていたようだ。


「あ?そんなの当たり前だろ」

 父さんは、こともなげにけろりと言った。

「何でそんなこと……他の取り引きは大丈夫なの?」

 王城と取り引きしているから、うちと取り引きしている貴族家や店もあったはずだ。


「そんなもんは、お前が気にすることじゃねえ」

 やっぱり影響があったのだ。

「父さん……ごめんなさい。私のせいで」

 私のせいで、父さんが大切にしてきたルパート商会に損害を与えてしまった。

 悲しくて、申し訳なくて私は俯いた。


「セシリア、顔上げろ。謝るのは俺の方だ。今まですまなかった」

 驚くことに父さんが私に謝り、頭を下げた。

「と、父さん!?止めて、頭を上げて」

 私は慌てて頭を下げる父さんを止めた。


「あのクソ野郎とは正式に婚約破棄した。……俺は勝手に、セシリアの幸せを決めつけていたんだ。ルウレと結婚して、お前達ができて、俺は泣けちまうくらい幸せだと思った。だから……早く結婚して、子供ができればセシリアは幸せになれると思い込んでいた。ヘンリーだって結婚すりゃ、落ち着くと思ったんだ。……タチアナが騙されてひどい目にあったから、だったら小さなうちに婚約しちまえばお前を守れるって……。お前とタチアナは違うのにな……」

 私は、黙って父さんを見つめた。


「俺も、お前を傷つけた。無神経だった……本当に悪かった」

 謝られたからといって、あの惨めな日々がなくなるわけではない。傷つけられた心が綺麗に治るわけでもない。

 どうしようもないモヤモヤした気持ちが渦巻いた。口を開いたら、恨みの言葉が出そうで私は口を噤んだ。

 父さんを傷つけたくなかった。


 そして、こんな気持ちの今は、まだ許すとは言えなかった。

 だからといって、父さんを嫌えるわけでもないのだ。だから、苦しいと思った。

 何も言わない私に、父さんも特に何も言わなかった。

 父さんも、許されることではないことは承知しているのだろう。


「あいつは二度とお前の前に現れない」

 父さんがギラリと目を光らせた。

 商人である父さんは、裏の社会とも多少の繋がりがある。きっとそういうことなのだろう。

 ヘンリーのしたことを思うと、同情はできなかった。


「セシリア。その、なんだ。侍女試験、よくがんばったな……。お前より大事なものはない。だから、王城の取り引きは気にするなよ!」

 父さんは、顔を赤くして最後は怒鳴るようにして言うとプイと顔を背けた。


 それでも、父さんの言葉が私の心にジワジワとしみこむ。

 父さんが、私を褒めた。大事だと言った。

 そう思ったら駄目だった。

 あっという間に涙が溢れた。

「はい……ありがとうございます」

 バルドさんが、ポンポンと私の頭を撫でた。


「バルド!てめえ、誰がセシリアの頭を撫でていいって言った!?」

「いや、だって嬢ちゃん、よかったなと思って。親父さんは、もっとちゃんと言葉に出して言った方がいいぞ」

「うっ……善処する」

 その気やすげなやりとりに、私は目をパチクリさせた。


 しかし、リリアが不満げに唇を尖らせた。

「父さん、私は?」

「あ?んなの、リリアも何よりも大事に決まってるだろ」

「あら、私は?愛してないの?」

 母さんもリリアに続いてイタズラな表情で聞いた。


「そんなの愛してるに決まってるだろうが!あ!」

「フフ」

 勢いよく答えた父さんが真っ赤になったことろで、みんなで笑った。

 

 その後、父さんに家に帰って来るかと聞かれたが、私は首を横に振った。

 きっと、父さんとはこの距離がちょうどよい気がした。

 父さんも、そう返事することがわかっていたように頷いた。

お読みくださり、ありがとうございました。


誤字脱字のご報告、本っ当に感謝です!

昨日私はとんでもない誤字をしておりました泣

ご報告をいただいて、膝から崩れ落ちました…

前へ次へ目次