真相
貴族用の牢に入れられたニルス・ラウンドアは、備え付けられている椅子に座り、訳がわからず呆然と項垂れた。
確かにセシリアは、ヘンリーに呼び出されて男達に薬を嗅がされて連れて行かれた。
それは間違いない。ちゃんとこの目で見た。
だが、侍女試験のステージ上にセシリアはいた。
眼鏡をかけてない顔は全く印象になく気づかなかったが、眼鏡をかけたあの顔はセシリアだった。
なぜ!?と思った時には、意識をなくし、気づいたらこんなところに入れられていた。
(一体あれからどれくらい時間が経っているのか、一体何が起こったのか、父上はどうしているのか……)
グルグルと思考が回っては、答えがわかるでもなく霧散していく。
「ラウンドア様、訳がわからないという顔をしていますね」
その時、牢の向こうから忌々しい声がした。
「平民……」
セシリアと第二騎士団副団長バルドがいた――。
◆
私は呆然とした顔でこちらを見るラウンドア様に、無邪気な微笑みを向けた。
「おい!どういうことだ!ここから出せ!」
ガチャガチャと鉄格子を掴んで揺らすラウンドア様に、私はスッと笑みを消した。
「あなた方を捕まえるために、私は罠にかかったふりをしたのです」
――わざとヘンリーに捕まった私は、目が覚めると埃を被った物がたくさん置かれている狭い部屋の床に、手足を縛られ猿轡をされていた。
予定通りの部屋に監禁されたようだ。
だいたいこの娼館で監禁する部屋は、ここなのだそうだ。
少しすると、ゴトゴトと音がして八歳くらいの男の子が壁に立てかけられていた絵画をずらし、壁の穴からヒョッコリ出てきた。
そして、私の手足を縛ったロープと猿轡を外すと男の子はニカリと笑った。
「セシリア姉ちゃん、お疲れ!」
「はい。ジャックル君もありがとうございます」
実はこの娼館の高級娼婦をしている女性が、下宿屋の二階に住んでいたのだ。
本当にびっくりな偶然だ。
バルドさんは、その女性に協力を頼んだ。
女性の名前はアーリヤさん。
深緑色の艶やかな髪をしどけなく垂らす、弓形の綺麗な形の眉にアーモンド色の潤んだ瞳の真紅の薔薇を思わせるような艶やかで色っぽい女性だった。
そして、その息子のジャックル君。
まだ八歳だが、とても利発そうな男の子だ。
アーリヤさんとしても、ジャックル君のためにも学費援助金がなくなるのは困るからと、協力を快く引き受けてくれた。
そのうえ、内部の情報もばっちり教えてくれたのだ。
アーリヤさんに危険はないか心配したが、ドュークリフ様が事前に支配人に金を握らせたそうだ。支配人は、金さえもらえばどちらの味方にもなる人物だった。
私はジャックル君が出て来た穴から、ずりずりと隣の部屋に移った。
ドアからこっそり逃げるよりも、穴から隣の部屋に移った方がばれない。
そして、また絵画で穴を隠した。
「セシリアちゃん、お疲れさま」
隣の部屋で待っていたアーリヤさんが、私の手を引き立たせてくれた。
「アーリヤさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。さ、早く準備するよ」
「はい」
アーリヤさんが準備していた、娼婦が着る服に着替えた。
真っ赤なドレスで、太ももからスリットが入っていて、動くと太ももがチラチラと見える。少し恥ずかしいが、そこは我慢だ。
それから、大きな鏡台の前の椅子に私を座らせた。
鏡の前にはたくさんの化粧品が並んでいる。
「よろしくお願いします」
「うん。セシリアちゃんは化粧で化ける顔立ちだね」
間近に色っぽいアーリヤさんに顔を覗き込まれて赤くなる。
私がポーッと見つめるうちに、アーリヤさんは私の眼鏡を外した。
そして手早く白粉をはたき、毛抜きで眉を抜いて整え、眉墨でススッと眉をなぞり、紅い色をつけた筆で目尻に長めに線を引いていく。最後に唇に真っ赤な口紅をしっかり塗ると、私に紙をくわえさせて余分な色を落とした。
さらにいつも引っ詰めていた私の髪を下ろした。
アーリヤさんがササッと手櫛で軽く整える。
背中に強いうねりのある焦茶色の髪が広がる。
「うん、上出来」
ジャックルくんがポカンと口を開けて私を見た。
「化粧ってすげぇ。別人じゃん」
眼鏡をしていないので、鏡に映る自分の顔がはっきりとは見えないが、どうやらちゃんと娼婦に見えていそうだ。
その時、変なリズムのノックの音がした。
バルドさんが来た合図だ。
ジャックル君が、鍵を開けてバルドさんを中に迎えた。
そして、中に入ったバルドさんはマジマジと私を見つめた。
どうしようもなく恥ずかしく俯いた。
「バルド、見過ぎだよ」
アーリヤさんが呆れたように言った。
「すまん、つい。あんまり綺麗で見惚れた」
お世辞だろうが、嬉しい言葉だ。
「お心遣いありがとうございます」
「いや、本当に」
お互いどうにも気恥ずかしくて、目が合うたびに赤くなる。
「ほら、そんな悠長にしている暇はないだろ。いいかい、バルドは客。セシリアちゃんは娼婦でこれからバルドの家でいいことする設定。わかった?このマント羽織って」
そう。私は娼婦に扮して娼館を脱出するのだ。
「アーリヤさん、ジャックル君。本当にありがとうございました」
「セシリアちゃん、がんばるんだよ!」
「はい!」
部屋の外に誰もいないことを確かめると、私とバルドさんは部屋から出た。
「嬢ちゃん、少しだけ我慢な」
そう言うと、バルドさんは私を腕に抱き寄せた。
「顔はなるべく見られないように、俺にくっつけてくれ」
「はい」
私は、ピトリとバルドさんにくっつく。
私の人生でこんなに男性にくっつくのは、きっと今が最初で最後かもしれない。
人の気配がし始める。
「おぅ、おっちゃん。昼間っからお盛んだな。これから外でしっぽりかい?」
「おう。これから俺んちでお楽しみだ」
バルドさんはいつもの声とは違う、わざと下卑た声でしゃべった。
たまに同じように声をかけられるが、特に止められることもなく進む。
「もう少しで外だ。そしたら待たせている馬車がある」
「はい」
あと少し。
「おい、そこのお前達。ちょっと確認させてくれ」
「あ?俺達か?」
多分、この声は私を攫った男の声だ。
「そのマントの下の女の顔を確認させてくれ」
「チッ。早くしろよ」
バルドさんが怪しまれないよう、私のマントを下げた。
男達が私を覗き込む。
私はマーバリー先生の指導で身につけた、赤ちゃんのような純真無垢な笑顔を浮かべる。
男達の顔が途端にやにさがる。
「別嬪さんだな」
「いいだろ?」
「姉ちゃん、今度買ってやる。名は?」
名前!?
答えたくない時は笑顔で躱す!
私は微笑み、小首を傾げて男達を見つめた。
「おい!早くしろよ!」
バルドさんが、苛立ったふりをして声を荒げた。
「兄貴。やっぱ全然別人だ。背丈は似てるが、あの女はもっと地味で暗くて眼鏡かけた女だろ?逃げられるわけないって。部屋にいるよ」
その会話に、私は笑んだ顔のまま、こめかみにピキリと青筋が浮いた。
地味で暗いとは失礼ではないだろうか。
「もう行っていいだろ?」
「ああ、悪かったな」
そうして、私達は無事に馬車に乗り込み、娼館を脱出したのだった。
そこからは急いでキャサリン様の別宅で化粧と服を着替えて、侍女の二次試験会場のステージに何食わぬ顔で立った。
どうやら私は眼鏡の印象が強いようなので、眼鏡はメイド服のエプロンのポケットに入れておいた。
ラウンドア様は、まんまと気づかなかったという訳だ。
――私が真相を話すと、ラウンドア様が力なく床に座り込んだ。
「そんな……俺はこれからどうなるんだ?」
「それは、ラウンドア様次第です。少しでも罪が軽くなるよう、知っていることは全てお話しすることをお勧めします」
ラウンドア様が、コクコクと頷いた。
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