二次試験 1
ポカンとした王太后殿下と、周りにいた貴族至上主義の貴族達が焦ったようにザワザワとした。
みんながこちらに注目しているうちに、バルドさんがラウンドア様を速やかに気絶させて入り口に控えていた騎士に引き渡していた。誰も気づいていない。
ものすごい早業だった。
バルドさんとドュークリフ様が、何食わぬ顔でエリザベート王太子妃殿下の隣の席に着いた。
私は何事もなかったように、無邪気に微笑んで貴族至上主義の彼らを見た。きっと、彼らの頭は混乱でいっぱいだろう。
「王太后殿下。ここにいる侍女試験を受ける者達は、一次試験に受かった者達です。勝手にご推薦された令嬢は丁重にお帰りいただきましたよ。きっと、王太后殿下は何か勘違いされて、よかれと思ってこんなトンチンカ……ゴホン、失礼。よかれと思って王太后殿下なりに配慮されたのでしょう。大丈夫です。王太后のお年でしたら、そんなこともございます。ただ今後は、このような勝手は慎まれるようにお願いします」
エリザベート王太子妃殿下は、慈愛のこもった瞳で言った。
ポカンと私を見ていた王太后殿下は、やっと状況を理解したようだ。
屈辱に顔を真っ赤にしてワナワナと震えた。
「それにしても、セシリア嬢は平民だというのに見事な礼儀作法を身につけたものだ。講師は……ああ、ドマネス伯爵夫人だったな」
エリザベート王太子妃殿下に突然話を振られて、王太后殿下の取り巻きに混じっていたドマネス伯爵夫人が慌てて立ち上がった。
「左様にございます。王太子妃殿下」
しかし、さすがはドマネス伯爵夫人だ。
おっとりとした微笑みで、焦る内心をすっぽり隠した。
「セシリア嬢の立ち居振る舞い、そして、その微笑みは貴族と遜色ないと王太后殿下もお褒めくださった。素晴らしい指導力だ」
「お褒めに与り、恐縮でございますわ。苦労した甲斐がございました」
結局、最後までドマネス伯爵夫人の礼儀作法の授業は立ち方で終わったのに、そんなことはおくびにも出さずに誇らしげに言った。
しかし、私の先生はマーバリー先生だ。
それはもちろん、エリザベート王太子妃殿下も自ら頼んでくださったのだからよくわかっている。
なるほど、ここで一つ貴族至上主義を崩すのですね。
私は全く悪意はありませんという笑顔を浮かべた。
「王太子妃殿下、ドマネス様には三ヶ月みっちり立ち方だけをしっかり教えていただきました。おかげでこのようにお褒めいただくことができました」
ドマネス様のおっとりとした笑顔に、嫌な汗がツーッと流れた。
「言うな言うな」の心の声がよく聞こえるようだ。
私は、ちゃんとわかっていますよと言うように無邪気に微笑んだ。
ドマネス様が、ホッとしたような表情を浮かべた。
私はさらに続ける。
「その他全てはマーバリー・マイヤー伯爵夫人がご指導くださいました」
「何と!?マーバリー・マイヤー伯爵夫人は、私も幼い頃に指導を受けた方だ。なんという偶然か!」
「まあ、そうなのですか?なんという偶然でしょう」
エリザベート王太子妃殿下と、目が合うとお互い笑ってしまいそうなので、微妙に視線をずらした。
「マイヤー伯爵夫人にはとても世話になった。久しぶりに会いたいものだ」
「それでしたら、本日私のためにこの会場にいらっしゃっておられます」
マーバリー先生は私達の急なパスにも慌てることなく、気品のある微笑みを浮かべて立ち上がった。
「お久しぶりでございます。エリザベート王太子妃殿下」
「ああ。久しいな。一体、どういった経緯でセシリア嬢に礼儀作法を教える流れになったのだ?」
それは、もちろんエリザベート王太子妃殿下が頼んでくださった経緯だ。
マーバリー先生は、そっと困った表情を作った。
「実は、セシリア嬢は独学で立ち方以外の礼儀作法を図書室の本から学ぼうとしておりました。たまたま、それをお見かけして声をかけたのです。どうやらドマネス伯爵夫人には立ち方以外の指導はできないようでしたので、私が陰ながら指導をお手伝いして差し上げました」
「はい。ドマネス様は、立ち方の指導は!完璧でございました。他は、全てマイヤー伯爵夫人からご指導いただきました」
周りの貴族達が、「え?立ち方だけで三ヶ月?」「他は教えられないの?」「それって……」などなどヒソヒソと声が上がる。
さすがのドマネス様だが、おっとりした微笑みの口角がプルプルと震えていた。
「そうか。ドマネス伯爵夫人は、立ち方を教えるのがお上手なようだ。これからは、立ち方だけを教えるといいのではないか?なんせ、堂々と苦労した甲斐と言うくらいだからな」
「そ、それは……」
ドマネス様は助けを求めるように王太后殿下を見たが、さすがに衆目の前でばらされたやらかしは王太后殿下とて庇えない。
王太后殿下は扇子を広げてドマネス様の視線を遮った。
ドマネス様は、「あ……」と小さく言ってお手本のような気絶を披露した。
多分、ドマネス様の旦那様であろう方が速やかにドマネス様を回収していった。
「さあ、侍女試験を開始しよう。さ、進行して」
エリザベート王太子妃殿下は、場の空気を変えるようににこやかに宣言された。
王太后殿下は、扇子で顔を隠してはいるが、その怒りのオーラは隠しきれずに撒き散らしている。隣の席の王妃殿下がチラチラと王太后殿下を見た。
艶やかな水色の髪を結いあげ、淡い水色の瞳のおっとりとした面差しの王妃殿下は、揉めることを好まないそうだ。
「は、はい。二次試験の内容を伝えます。試験内容は二つ。まずは一つ目、各国の珍しい茶葉を五種類用意しました。その名前を当ててください。正解一つにつき一点加算されます」
私達の前に、茶葉が入った缶が五つ置かれた。
「それから、王妃殿下とユリア王女殿下が、お二人で楽しまれるお茶会を想定した紅茶をお出しすること。こちらは、王妃殿下とユリア王女殿下が五点満点で採点します。茶葉の名前を当てる試験と紅茶を淹れる試験の合計点を出します。同時に、所作を含めた礼儀作法も、十点を満点としてこちらは減点方式で採点していきます。採点は、王太后殿下にお願いします。それぞれ、八点以上を取った者が合格となります」
なるほど。ということは、茶葉を当てる試験では必ず三点以上を取らなければいけないということか。三点未満だと、紅茶を淹れる試験の点数が五点満点だとしても八点に届かない。
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