おじさんの新事実
「ここのナッツタルトは絶品だぞ。もう食べたか?」
「いえ」
私は急に現れたおじさんに、目をパチクリさせながら答えた。
「奢るから食ってみな。絶対気に入るから。嬢ちゃんはナッツ好きだろ?」
「どうしてそれを?」
小さな頃に婚約者になったヘンリーも、気づいてないだろう。
「だって、ナッツが入った菓子のお礼の手紙が特に細かく感動ポイントが書いてある」
「え!?」
私は、どのお菓子も同じように書いているつもりだったからびっくりした。
「この前、ナッツ入りのバナナマフィンを食べる姿を見て確信した」
おじさんが自信満々に言い切った。
正解だ。
私は小さい頃からナッツに目がない。
父さんが酒のつまみに美味しそうに食べるのを見ていた影響なのか、それとも親子だから嗜好が似ているのかはわからないが、大好物なのだ。
「当たってるだろ?」
「はい。正解です」
「ハハ、やっぱり当たりだ」
おじさんは、カラカラと笑った。
結局おじさんは、そのままナッツタルトを頼んでしまった。
キャラメリゼされたナッツは、ほんの少しだけ塩気があり、タルトの部分もサクサクでとても私好みの一品だった。
「美味しいです」
いつのまにか、指先の震えは止まっていた。
「そうだろう」
得意そうに言うおじさんが可愛らしく見え、私は思わず笑みが溢れた。
「さて、元気になったところで、悩みがあるなら話を聞くぞ。もちろん無理にとは言わないが」
「え?」
どうやら、ヘンリーに会って沈む私を心配して、ナッツタルトを勧めてくれたようだ。
「ご心配おかけしてすみません」
でも、話せない。
こんな情けない話は、誰にもできない。
「うん。じゃあ、代わりに俺がちょっと昔話しようかな?」
「昔話?」
「そう。俺の小さな頃の夢はさ、お母さんになることだったんだ」
「お母さん?」
「そ。俺の母さんは料理がうまくて、裁縫も得意で、庭なんか綺麗な花壇があって、家庭菜園で野菜も作ったりして、俺は母さんの手伝いが大好きだったんだ」
「素敵なお母様ですね」
「うん。自慢の母さんだった。でも俺が十歳の時に死んじゃってさ。結局、いろいろあって俺は別れた父親の家に、弟と一緒に引き取られたんだ。で、俺は夢を諦めて今の道を選んだ。夢は叶わなかったわけだけど、俺は後悔していない。何でだと思う?」
私は、わからなくて首を横に振った。
「自分で選んだからさ。どの道を選んだとしても苦労がない道はないだろ?だったら、自分が選んだ道で苦労する方ががんばれる。そうしたら幸せになれる」
私はおじさんの話に、ガンと頭をぶたれたような衝撃を受けた。
自分で選ぶ。考えたこともなかった。
今は好きな王宮のメイドの仕事をしている。
でもいずれは父さんの言う通り、ヘンリーと結婚することに疑問を持ったこともなかった。
「なんてな、はじめから男がお母さんになれるわけがないんだけどな。まあ、どうせ苦労するなら、自分で選んだ道がお勧めだって話だ」
おじさんは照れたように、頬をポリポリかいた。
髭の中の顔が少し赤くなっていた。
沈む私のために、おじさんは昔話をしてくれたのだろう。
「おじさん、ありがとうございます」
「へ!?おじさん!?」
「あ!」
私は慌てて口を手で覆ったが、口から出た言葉は戻らない。
心でいつも気安げにおじさんと呼んでいたのが、ナッツタルトで緩んだところに、おじさんの優しい気持ちを受け、思わずポロリと出てしまった。
「ごめんなさい。馴れ馴れしく呼んでしまって」
「いやいや、そうじゃなくて。俺まだ二十五歳だよ!?」
「え!?」
私より五つ上?まだ二十代!?
おじさんと馬車で出会ってから四年目にして、衝撃の新事実だ。
「えー、俺いくつに思われてたの?」
「ごめんなさい。四十代くらいかと」
「マジか……」
おじさんがテーブルに突っ伏した。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫。やっぱりこの髭のせいか」
確かに、その髭の存在はでかい。
「本当にごめんなさい」
私は、しょんぼり俯いた。
あんまり私が落ち込んだからか、おじさん、いやバルドさんは私の頭をポンポンと手で撫でた。
「まあ、気にすんな」
バルドさんはカラカラと笑った。
そう言われて見ると、バルドさんは肌に艶があり、確かにまだ青年だった。思い込みって怖い……。
◆
メイドの朝礼のあと、私はメイド長のカレン・ネイビア様に部屋に呼ばれた。
子爵夫人でもある彼女は、小柄でいつもニコニコ笑顔の、目尻の笑い皺が素敵な女性だ。気さくで穏やかな女性だった。
「座って。セシリア」
「はい。カレン様」
私は、促されてソファに座った。
カレン様は心配そうに私を見た。
「こちらをあなたに確認するために呼びました」
テーブルにスッと差し出された紙を見て、私は目を丸くした。
そんな、何で?
それは、書いた覚えのない退職願の手紙だった。
「この退職願はあなたのおうちから届けられたのだけど、あなたの意志かしら?」
「あの!中を見てもよろしいでしょうか?」
「ええ。よく確認なさい」
震える手で中を見ると、思った通り父さんの字だった。
「まさかご家族が勝手に書いたのかしら?」
なかなか王城の仕事を辞めない私に、とうとう父さんが強硬手段に出たようだ。
私はクラリと目眩がした。
でも、父さんには逆らえない。
どちらにしても、いつかは辞めなくてはならないのだ。
それが今だっただけだ。
それに、私が仕事を辞めて、もっとヘンリーと向き合う時間が増えたら、彼も変わるかもしれない。
結婚してヘンリーが商会を継げば、父さんと母さんも安心する。
そうだ。これが一番よいのかもしれない。
「いえ、私の意志です。結婚の準備をしなくてはなりません」
「そう。どちらにしても自分が書いた退職願ではないと受け取れません。よく考えてから出しなさい」
「はい。申し訳ございませんでした」
私は深く頭を下げ、メイド長の部屋から出た。
次でスッキリします!