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一次試験

 とうとう侍女試験が始まった。


 一次試験は、学力テストだ。

 これは侍女試験だけでなく、文官試験を受ける方も共通だ。

 試験会場も同じになる。


 今回の侍女試験と文官試験に平民が一人ずつ挑戦することは、ここにいる貴族達は知っているのだろう。

 ザワザワとした話し声が止まり、刺すような視線を感じた。明らかに異分子をはじこうとする空気だ。


 これは覚悟したことだ。

 私は息を吐いて、礼儀作法で習ったようにスッと背筋を伸ばした。


 私が指定された席は、明らかに隔離されているような一角だった。

 長い机の左の席に座った。


 少しして、隣の席に若い男性が座った。

 眼鏡をかけ、藍色の髪を七三にきっちりわけた、背の高い男性だ。

 多分この人が、文官試験を受けるもう一人の平民の方だろう。


 時間になり、試験用紙が配られる。

 私達の席の周りを、六人の試験監督達が取り囲んだ。


 ああ、なるほど。私達は、何かしらの不正をすると思われているようだ。

 私は、ペンを握る指に力を込めた。


「それでは、始め!」

 試験時間は三時間。試験用紙は歴史と数学と語学の三枚だ。


 私は伏せられていた試験用紙を表にして、内容に目を通す。

 大丈夫だ。できる。一枚目の歴史は学園で習った範囲だ。難しくない。

 私が試験用紙にペンを走らせると、六人の試験監督が探るようにジッと見つめた。


 二枚目は語学だ。語学は得意だ。

 こちらは試験用紙いっぱいに書かれた文章を、ひたすら訳していく。

 よし。大丈夫。

 あれ?一箇所おかしい単語がある。

 この単語の後ろにこれは変だ。意味が違ってしまう。

 私は丸で囲んで、一応正しい単語を書いておいた。


 そして、最後は数学だ。

 これは……びっしりと計算問題が並び、簿記も含まれ、最後には数理論まで問われている。

 一番時間を取られた。


 簿記は学校では習っていないが、家で父さんに教わっていたからなんとかできた。

 しかし、数理論の問題がわからない。

 とりあえず理解できた一部だけを書いて諦め、計算問題の確かめ算を終えたところでベルが鳴った。


「そこまで!」

 私はペンを机に置いた。

 悔しい。理論の問題は、あとでまた考えよう。

 試験用紙が集められ始めたが、なぜか私達の試験用紙はそのままだ。


「やはり、平民には難しかったようだな」

 前の教卓で、開始と終了の合図をした偉そうな髭を生やした試験監督がニヤニヤと笑い、私と隣の席の男性を見て言った。

 見ると、隣の男性も悔しそうな表情をしていた。


「無謀な挑戦をさせた王太子妃殿下を恨むのだな。では、すぐに平民二人の採点を始めろ」

「はい」

 六人の試験監督が、一枚ずつ試験解答を丸つけ始めた。


「不正があったら困るからな」

 意地悪く髭の試験監督が言うと、周りの試験を受けた貴族達もザワザワとしゃべり始めた。


「今回の試験は特別難しかったからな」

「平民には無理だろ」

「ああ、もしかしたら俺達にバレないように王太子妃殿下の配下が何かするとか?」


 勝手なことを話し始めているうちに、採点が終わったようだ。

 試験監督達の顔色が悪いのは気のせいだろうか。


「セ、セシリア殿の採点。歴史百点、語学百点、数学八十七点……総合二百八十七点です」

 ああ、やっぱり数理論は七点しかもらえなかったか。


「は!?二百八十七点!?」

「嘘だろ!?あの難しい問題を!?」

「あ!!セシリアって、平民で初めて学園でトップを取り続けたあのセシリアじゃない!?」

 驚愕の顔を向けられた。


「そ、そんな馬鹿な……」

「つ、続きましてシュリガン殿。歴史百点、語学八十四点、数学百点!総合二百八十四点」

「やはり語学は低いな」


 そう小さく呟いて、人差し指でクイと眼鏡を上げた。

 すごい!数学が百点なんて!

 あの数理論の問題も解けたということだ。


「あ、あいつ、セシリアに続いて平民でトップを取り続けたシュリガンじゃないか!」

「あ、あの数学の天才の!」

 そういえば、一つ下の学年の平民の男の子が、私と同じくトップを取り続けたと噂で聞いたことがあった。彼がそうだったのか。


「シュリガン君!素晴らしい理論の展開じゃった。このあと儂と語り合おう!」

「はい。よろしくお願いします」

 一番年配の小柄なおじいちゃんの試験監督が、シュリガンさんに詰め寄って目をキラキラさせていた。

 シュリガンさんは生真面目に頷いた。


「セシリアさん!」

「は、はい?」

「あなたの語学は何て美しいの?滑らかでそれでいてわかりやすくシンプルで素晴らしいわ!」

「ありがとうございます?」

 私の方も、小柄なおばあちゃんの試験監督がガシリと肩を握った。


「あなた、語学の研究員になりなさいな!」

「いえ、侍女を目指してますので」

「そこを何とか」

「申し訳ございません」


「おい!そんな馬鹿な点数があるか!?わざと難しい問題にしたんだぞ」

 唾を飛ばして、偉そうな髭の試験監督が私達の所までやって来て、試験用紙をひったくった。

 そしてワナワナと震えた。


「カンニングしたんだろう!?」

 え?こんなに監視されている中でどうやって?

 それは他の人達もそう思ったようで、一様に首を傾げた。


「それは我々の目が節穴じゃと?」

 シュリガンさんに詰め寄っていた試験監督のおじいちゃんが、冷ややかに言った。


「い、いや、だって、こんな馬鹿な。そうだ!事前に試験問題を手に入れたんだ!」

「あなたが試験問題を作って厳重に保管してたのにどうやって?それとも適当に保管してたのかしら?」

「もちろん蟻の子一匹入れないほど厳重にだ!」

 じゃあ、事前に試験問題を知るなんて無理だろう。


「そもそも、シュリガン君の理論はお前の答えより素晴らしいのじゃぞ?そのシュリガン君が不正?冗談じゃろ?」

「あなた語学を舐めてらっしゃるの?テスト問題の単語が間違っていたわ。それをセシリアさんは、ちゃんと指摘して正しい単語を書いていたのよ。そのセシリアさんが不正?寝言はおよしになって」


 もうそのあとは髭の試験監督は、「あ」とか「う」しか言えず、足早に試験会場から出て行った。

 もちろんこの試験場にいる中で、私達が不正をしたなど思っている人は一人もいない。


 私とシュリガンさんは無事に一次試験を突破したのだった。

お読みくださり、ありがとうございます。


次回は不穏な空気が流れます…

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