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救世主

 礼儀作法の講師のドマネス様の指導を終え、私はため息を吐いた。


 とうとうひと月経っても、二時間立たされて終わってしまった。

 二回目以降の指導では、私の立ち姿を見て驚いたような表情をされていたので、多分きちんとできているのだと思う。


 前回と同じメンバーの夫人方も、けなそうと口を開いてはパクパクして口を閉じ、何もおっしゃらないので間違いない。

 回数を重ねる毎に、ドマネス様をはじめお茶飲みメンバーが、ウロウロと気まずげに視線を彷徨わせている。


 三ヶ月で試験の水準まで、礼儀作法を身につけなくてはいけないのだ。

 もう残り、ふた月だ。

 さすがにこれ以上立っているだけで、他を教えてもらえないのはまずい。


「あの、ドマネス様。他の礼儀作法を教えていただけないのでしょうか?」

「きちんと立てるようになってからです。基礎は大事ですからね?」


 いつもの調子でおっとりと話し、そそくさと帰ろうとする。

 他の夫人方は、その話題が出た瞬間、風のように部屋から去って行った。


「わかりました。では、直しますので教えてください」

 私は、本の通りに立って見せた。


「この手の位置でしょうか?」

「え、ええ……できてますわ」

「では姿勢でしょうか?」

「できてますわ……」


「足の位置でしょうか?」

「そう!そうよ!」

 私はわざと角度をずらしていた足を、スッと本で読んだ角度に直す。


「これでいかがでしょうか?」

「え?それは……」

 ドマネス様は、モゴモゴと言葉を濁らせ口を閉ざしてしまう。


 そして、小さく「あ、眩暈が」と呟きよろめく。

「あ、眩暈が」は礼儀作法の本で、社交で逃げたい時の最終手段と読んだ。

 ドマネス様は、とうとう逃げに走ったようだ。


「私は眩暈がいたしますので、これで失礼いたしますわ」

 眩暈という割には、スタスタと足早に部屋から出て行った。


「お前がしつこく聞くから、ドマネス様はご気分を悪くされたじゃないか」

 イライラとラウンドア様が詰るが、私はサラリと無視する。


「俺も帰るからな!」

 いつものようにさっさと帰って行くラウンドア様に、上の空で「お疲れさまでした」とだけ声をかけた。


 やはり何らかの意図があって、ドマネス様は私に礼儀作法を教えないつもりのようだ。

 なんとか本で基本的知識は詰め込んだものの、やはり限界がある。


 困った……。


 ◆


「セシリアさん〜!どうして、どうしてすぐ私に相談してくださらなかったのですか!?」


 支度室で着替えていると、バンとドアが開き、キャサリン様がズンズンと近づいて来た。そして、ガシリと私の手を握った。

 何やら目にメラメラと炎が見える?


「えっと、どうなさいましたか?」

「エリザベート王太子妃殿下に呼ばれて聞いたのですわ!そう!あの麗しのエリザベート王太子妃殿下に!ああ、記念に携帯で撮っておきたかった!いえ!やはりあの奇跡の美しさは携帯でも表しきれないでしょう!私の脳内メモリーに永久保存するのですわ!オ〜ホッホッホッ」


 本日も絶好調のキャサリン様だった。

 私は、高笑いの彼女を前に首を傾げた。


「すみません、話がよく見えないのですが?」

「ハッ、そうでしたわ!礼儀作法の先生に問題があると聞きましたわ。なぜ、早く言ってくださらなかったのですか!?」

 私はキャサリン様に肩をガシリと握られ、ガクガクと揺さぶられた。

 そして、キャサリン様は、私の耳元でスッと声を顰めてささやいた。


「私にお任せくださいませ。エリザベート王太子妃殿下が、新しい礼儀作法の先生を用意くださいましたわ。我が侯爵家で極秘裏に指導を受けるとよいですわ」

 私は目を見開いて、キャサリン様を見た。


 それはすごく助かる。本当に助かる。

 でも、甘えてしまっていいのだろうか?

 キャスタール侯爵家に、迷惑はかかってしまわないか心配だ。

 迷う私に、キャサリン様は力強く頷いた。


「キャスタール侯爵家でしたら、それなりの地位におりますし、私と婚約破棄したあの阿呆坊を第二騎士団の騎士団長にした王太后の弱みもありますので、心配ご無用ですわ」


「……甘えてしまってもよろしいのでしょうか」

「頼ってくださいませ。エリザベート王太子妃殿下に頼まれたのもありますが、何より私が大事なお友達のセシリアさんを助けたいのですわ!」

 大事なお友達!?


「私、キャサリン様のお友達だったのですか!?」

 私が驚いて尋ねると、キャサリン様がわかりやすくガーンといった表情になった。


「ひどいですわ!私達はズッ友ですわ!どこまでもついて行くと言ったではありませんか!?」

 そう言われれば、そんなことを言われた記憶がある。あれがズッ友になりましょうということだったのか!


 ズッ友とは、ずっとお友達の略だろうか?

 お友達とは奥深い。

 先日バルドさんにも友人と言われたのに続き、私はキャサリン様のズッ友になっていたようだ。

 それは心がむずがゆく、とても嬉しかった。


「こちらこそ、ズッ友よろしくお願いいたします」

 私はおずおずと握手の手を出すと、キャサリン様がガシリと握った。

「末永くよろしくお願いしますわ!」


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