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バルドの真実 

「バルドさん。どうしたんですか?」

「どうしたじゃないだろ?嬢ちゃんが遅いから、迎えに来たんだ。俺が来なかったら、暗い中一人で歩いて帰るつもりだったろ」

 私はバルドさんに言い当てられて、スッと視線を逸らした。


「はあ、やっぱりか。急いで来てよかった。じゃあ嬢ちゃん、帰るか」

「はい。ご足労いただいて申し訳ありません」

「気にするな」

 バルドさんがニカリと笑ったので、私もホッとして微笑んだ。

 ずっと気が張っていたようだ。


「え?え?二人の関係は一体!?」

 ドュークリフ様は私達のやり取りに取り残され、目をパチクリさせていた。

「友人のバルドさんです」

 私は胸を張って答えた。人生初の友人紹介だ。


「そ。友人であり、隣人」

「え?何がどうして?だってバルドは――」

 ドュークリフ様の口を、なぜかバルドさんがガッと塞いだ。


「バルドさん?どうされたんですか?」

「いや、虫が口に入りそうだったんだ」

「それは危ないところでしたね。私、急いで着替えて来ますね。ドュークリフ様、失礼いたします」

 私は本に書いてあった通りに、角度に気をつけてお辞儀した。


 うん、慣れるよう家でも練習だ。

「ふがふが」

 私は急いで支度室に着替えに向かった。


   ◆


「で?バルド・ガルオス侯爵令息。セシリアとはどういう関係?」

「ん?さっきも言っただろ?友人で隣人だって」


 ――バルド・ガルオス。

 それが、バルドの本当の名だった。




 バルドの母親は、ガルオス侯爵であるバルドの父親の妾だった。

 バルドと弟のリューゼンはガルオス侯爵と母親の間に生まれた庶子であった。

 本邸からずっと離れた土地で、バルドの母親はバルドとその弟リューゼンを一人で育てていた。


 たまに父親がやって来たが、いつも気難しい顔をしていて、バルドとリューゼンとは碌にしゃべったこともなかった。

 そんな様子を、母親はいつも苦笑して見守っていた。不器用な人なのよと、母親が笑ってバルド達に話していたが、その目には父親に対する柔らかな愛情と寂しさを感じた。


 そして父親の方も、母親が一緒だと心なしか表情が綻んでいるように見えた。帰る時は、寂しげな背中だと思った。

 確かに、バルドの母親は父親のことを愛していたし、父親もまた母親を愛していたようだった。


 でもどんなに愛し合っていても、貴族は好きな人とは結婚できない存在なのだとバルドは理解した。


 バルドが十歳の時、母親が亡くなった。


 母親の葬儀が終わると、バルドは父親に侯爵家の子供になるかと聞かれた。

 バルドは、それを断った。


 バルドの夢は、母親になることだ。母親のように、強く温かく家族を守る存在になりたかった。

 そして母親が叶えることができなかった代わりに、自分は愛する人と家族になりたかった。


 リューゼンのことは、これから自分が守っていけばいい。

 収入も母親が父親から譲り受けた、下宿屋がある。


 父親は、ただそうかと言って帰って行った。

 それからすぐに、まだ五歳のリューゼンが病気になり死にかけた。


 バルドは、助けを求めて父親の屋敷を訪ねた。

 しかし、父親は屋敷におらず、代わりに綺麗に着飾った父親の妻が出てきた。


「ガルオス侯爵家に後継ぎがおりませんの。あなた達が、私達夫婦の子供になるなら助けてあげますわ」

 父親の妻は、淡々と言った。その人形のように無機質な表情は、父親とよく似ていると思った。


「わかった。でも、リューゼンは大人になった時、自由にしてくれ。俺が後継ぎになる」

 バルドは、すぐさま頷いた。リューゼンが助かるなら何でもよかった。


 父親の妻は満足そうに頷いた。

 リューゼンは、屋敷に運ばれて助けられた。その手を取らなければ死んでいた。

 だからバルドに後悔はない。それは、バルドが選んだ道だからだ。

 リューゼンは将来、自由に生きればいい。


 数日後に戻った父親は、侯爵家の子供になったバルド達を見て、ただそうかとだけ言った。

 その顔は気難しそうな顔で、バルドはやはりよくわからない人だと思った。




「友人ねぇ……」

 ドュークリフが、胡乱げな目でバルドを見た。

 バルドは、笑顔でそんなドュークリフの目を流した。


 バルドとドュークリフは、年も近く同じ騎士を目指す者として気安い仲だった。

 だからこそ、平民の教育援助金の取引きとして、レイモンドを第二騎士団の騎士団長にねじ込むことができた。


 元々の第二騎士団の騎士団長は、バルドであった。

 バルドが騎士団に入ったのは、仲が悪かった第一騎士団と第二騎士団の仲を取り持つためだった。

 王命を受けて、第二騎士団の騎士団長になったのだった。

 騎士団長の肩書は期間限定であったし、第一騎士団と第二騎士団の仲もバルドの働きにより、今では良好になったため、二つ返事でレイモンドに騎士団長の座を譲り渡した。


 新たな王命として、副団長としてレイモンドの補佐をすることになったのだが、はっきりいって補佐というよりは尻拭いだった。

 レイモンドの能力の低さと常識のなさは、想像を上回った。


 気分で訓練内容を変える、お気に入りを昇進させようとする、勝手にシフトを変える……数え出したらきりがないほどだ。

 その混乱をバルドは、仕事に支障が出ることがないようにフォローした。お陰で死ぬほど忙しくなった……。


「それより、なんで護衛騎士のニルスはいないんだ?」

 バルドが嫌な予感を感じつつ尋ねると、ドュークリフは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「帰ったそうだよ」

「はあ!?帰った!?」

 バルドの嫌な予感が的中してしまった。


 セシリアに本来つける予定だった昇級試験を受ける騎士は、平民だがしっかり護衛ができる男のはずだった。

 しかし貴族至上主義の貴族が、レイモンドにうまいことを言って護衛騎士にニルスをねじ込み、阿呆な護衛がセシリアにつくことになってしまったのだった。


 心配して様子を見に来たのだが、さすがのバルドも、ニルスがまさか護衛対象を残してさっさと帰っているとは思いもしなかった。

「レイモンドは碌なことしないなぁ……」

 心からのぼやきが漏れた。


「いろいろ申し訳ない」

 ドュークリフは、深々とバルドの苦労に頭を下げた。


「まあ、嬢ちゃんの護衛は俺がやるよ」

 バルドは、当たり前のように言った。

 先程の親しげなバルドとセシリアの様子に、ドュークリフは不安を覚えた。二人の距離が、近すぎるように感じた。


「セシリアに、バルドがガルオス侯爵令息で第二騎士団副団長であることは言ってないの?」

「……ああ」

 ドュークリフは、目を訝しげに細めた。


「何で黙ってるの?」

「今が楽しいからかなぁ……」

 バルドは、ただ自嘲するように笑った。


「セシリアに惚れているのか?」

 ドュークリフは、咎めるようにバルドを見つめた。

 その言葉はセシリアの父親にも聞かれた。自分はそんなにわかりやすいのかと、バルドはフッと笑った。

(大丈夫だ。わかっている)


「俺は侯爵令息だからなぁ……」

 答えをはぐらかされ、ドュークリフは探るようにバルドを見た。


「そうだね。僕達は家を守り、血を繋ぎ、領民を守る存在だ……」

 ドュークリフは、バルドに言い聞かせるように言った。


 ――高位の貴族が平民を愛しても無理なのだ。


 ドュークリフの心の声が聞こえるようだった。

(わかっている。ほんの一時でいいんだ)


 バルドは、自分の選んだ道を後悔したことはない。

 近い将来、自分は侯爵家にふさわしい貴族の令嬢と婚姻を結ぶだろう。


 だから、今だけ……それはバルドのたった一つのわがままだった。

読んでくださり、ありがとうございます。

とうとう、バルドの正体が明かされました!


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