カシューナッツと豚肉のオイスターソース炒め
「バルドさん!」
馬車乗り場に偶然にもバルドさんが見え、私は嬉しくて彼に駆け寄った。
早く侍女試験のことを話したかった。
「お?嬢ちゃん。どうした?」
「あの、お話したいことがあるのですが、裏庭のベンチにお付き合い願えませんか?」
「もちろん、いいぞ」
バルドさんは、ニカリと笑って私に腕を差し出した。
この腕は?
「いつも俺が強引に手を引いてたからな。今日はちゃんとエスコートだ」
エスコート!?
私は平民だから、エスコートなんかされたことがない。
もちろん、ヘンリーともない。
でも、きっと礼儀作法の指導ではエスコートも覚えるようだろう。
何事も経験だ。
「えっと、失礼します」
「ほい、どうぞ」
私はドキドキと、その腕に手を添えた。
前も思ったが、バルドさんは結構筋肉がある。
添えた手からその筋肉質な腕を感じて、どうしても顔が赤くなる。
「あの、おかしくないですか?」
男爵家レベルの礼儀作法で習った通りに手を添えてはいるが、力加減とか顔の向きとか、もう呼吸の仕方もわからない。
「嬢ちゃん、緊張しすぎだって。ほら、息吸って吐いて」
吸って吐いて……。
何回か繰り返し、私はやっと呼吸の仕方を思い出す。
「申し訳ありません。初めてでして」
「嬢ちゃんは可愛いな」
か、可愛い!?
私は真っ赤になって、バルドさんを見上げた。
「揶揄わないでください!」
「う〜ん、これはまいったな……」
バルドさんは何やら呟いて口元を覆った。
その耳が赤い。
「バルドさん?」
「いや、大丈夫だ。かなりグラグラしたけど、もう落ち着いたから」
私は、よくわからず首を傾げた。
歯がグラグラしている?それは大丈夫ではないような?
「歯磨きをしっかりして、大事にしてくださいね」
「プッ。やっぱり嬢ちゃん、可愛いな」
バルドさんが、カラカラと笑った。
私達は裏庭にある、ベンチに腰掛けた。
「で?どうした?」
「はい。実は――」
私は侍女試験のことを伝えた。
「嬢ちゃん!すごいじゃないか!」
バルドさんは、自分のことのように喜んでくれた。
「責任重大ですし、迷ったのですが、バルドさんが前に言ってくれた言葉を思い出して、挑戦してみようと思ったのです」
バルドさんが、背中を押してくれたのだ。
「よし!それじゃ、今日はお祝いだな。うまいもんを食べに行こう!」
「へ?いえ、まだ合格もしてませんし、そんなつもりで言ったのではなく」
「遠慮するな。うまい店を教えてもらったんだ。絶対、嬢ちゃんも気にいるぞ」
そう言うと、バルドさんは私の手を取って歩き始めた。
着いたお店は、少し王都から外れた大衆食堂の店だった。
お店に入ると、ザワザワと賑わっている。
「おばちゃん、席空いてる?」
「いらっしゃい!空いてるよ。奥の席でいいだろ?おや、今日は可愛い子と一緒だね」
私がバルドさんに続いて顔を出すと、恰幅がいい溌剌としたおばさんが、ニコニコと席に案内してくれた。
「バルドはいつものかい?」
「おう。大盛りで頼む。あとエールな」
バルドさんは常連のようだ。
「あいよ。そっちの可愛いお嬢さんは?」
「嬢ちゃんは、これどうだ?」
カシューナッツと豚肉のオイスターソース炒め!?
「はい!これがいいです。あと私もエールでお願いします」
「じゃあ、おばちゃん。あとこれね」
「あいよ〜」
「カシューナッツが入った炒め物は初めてです。珍しいですよね?」
「飲み友情報だ」
バルドさんが意味ありげにニヤリと笑った。
飲み友?
お友達も、ナッツがお好きなのだろうか?
「はい、お待たせ。山盛り焼き肉とカシューナッツと豚肉のオイスターソース炒め。あとエールね」
バルドさんの前にデン!と山盛りの焼肉とキャベツの千切りの山が載った大きなお皿が置かれた。
私の前には香ばしい良い匂いのカシューナッツと豚肉のオイスターソース炒めが置かれた。
「バルドさんの焼き肉、すごいボリュームですね」
「俺は肉体労働だからな」
バルドさんは、ニカリと笑いながら自分のグラスと私のグラスにエールを注いだ。
「よし、嬢ちゃん。乾杯するぞ!」
「はい」
私は慌てて、バルドさんが注いでくれたエールを持つ。
「「乾杯〜!」」
バルドさんは、一気に飲んだ。
私は半分ほど飲んで、バルドさんのグラスにエールを注いだ。
「お、悪いね」
「いえ。先程、注いでもらいましたので」
「嬢ちゃんは律儀だな〜」
バルドさんは、大きな口でバクバクと食べ始めた。その豪快な食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
私も早速、炒め物を食べてみた。
「これすごく好きな味です!美味しい!」
私は目を輝かせた。
カシューナッツの香ばしい味と豚肉がとても合う。
「それはよかった。飲み友も喜ぶ」
「飲み友さんにも、ありがとうございますとお伝えください」
「おう」
私は残りのエールを飲むと、これまた合う。
ついつい飲みすぎてしまいそうだ。
「嬢ちゃんは、実家の商会を継ぐ気はもうないのか?」
「ルパート商会は、妹が継ぐことを望んでいます」
リリアなら安心して任せられる。
「未練とかはないのか?ずっと継ぐつもりだったんだろ?」
未練……。そう言われて考えると不思議なほどない。
「そうですね……。ずっと私が継ぐんだと思ってきました。でも、本当に未練はないのですよね」
「何でだ?」
「私の父は小さかったルパート商会を一代であそこまで大きくしました。海を渡って新しい商売相手を見つけて、全くの未知の世界を開拓していったんです。多分、私も新しいものに挑戦してみたいのかもしれません」
生き生きと新しいことに挑戦する父さんの背中を見て、小さい頃の私はワクワクした。
私も大きくなったら、新しいことに挑戦したいと思った。
その夢も、いつしか忘れてしまっていたが。
「嬢ちゃんと親父さんはよく似ているな」
「フフ、顔がそっくりで驚いたでしょう?」
「いや、中身の方だ」
中身が……。
それはちょっと嫌かもしれない。
私は顔がスンとなった。
「私、あんなに頑固でわからずやではないですよ?」
バルドさんはそれを聞いて爆笑した。
「嬢ちゃんはやっぱり可愛いな」
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