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新しい挑戦

「ああ、来たね。セシリア」

 一つ一つの動きが凛々しく、麗しいエリザベート王太子妃殿下が、嬉しそうに私を見て微笑んだ。


 後ろで可愛らしい容姿のフィン公爵令息が、ヒラヒラとにこやかに手を振っていた。

 私は、それにどう返してよいかわからず固まった。


 手を振り返す?絶対それはないと断言できる。

 私は結局、貴族相手にしているいつものお辞儀を返した。

 合っていただろうか?表情には出さずにフィン公爵令息を見ると、なぜか横を向いて笑いを堪えていらっしゃった。


「クリフ、セシリアが可愛らしいからと笑うな」

「いや、だって姉上。手を振ってあんな生真面目なお辞儀を返されたの、僕初めてだよ」

 とうとうお腹を抱えて、笑い始めてしまった。


「クリフ」

「は〜い、姉上。セシリアも笑ってごめんね。お詫びに、僕のことはクリフと呼んでいいよ」

「いえ、それは遠慮いたします」

 公爵令息を愛称でなど呼べない。


「え〜?じゃ、ドュークリフ。それ以上はまからないよ」

 困ってカレン様を見ると、首を横に振ってから頷かれた。

 これ以上言っても無駄なのですね。了解いたしました。


「かしこまりました。それではドュークリフ様と呼ばせていただきます」

「弟がすまないね。その後、叩かれた頬は大丈夫だったか?」

「はい。女性の力ですし、すぐに冷やしましたので」


 どちらかと言うと、大丈夫でなかったのはバルドさんだった。

 次の日はさすがに腫れてしまい、湿布を貼って行ったら心配されて大変だった。


「そう。よかった」

 なるほど、それで呼び出されたのか。

「ご心配おかけして、申し訳ございません」


「いや。それでは本題を話そうか」

 私は、目をパチクリした。

 どうやら、怪我の件が本題ではないようだ。

 私の隣ではニコニコとカレン様が微笑まれているので、悪い話ではなさそうだが……?


「単刀直入に言おう。セシリアには侍女試験に臨んでもらいたい」

 侍女試験?それは無理だ。私は平民だ。


「畏れながら申し上げます。私は平民ですので、その資格がございません」

「そうだな。セシリアは、貴族至上主義という言葉は聞いたことはあるか?」

「はい」


 貴族の中には、貴族こそが至上の存在であり、平民は貴族のために尽くす存在だと考える者がいた。その彼らを、貴族至上主義と呼んだ。


「彼らの筆頭が残念ながら王太后でね。本当にあの老害には困ったものだ」

 それにはなんとも言えず、私は口を閉じ無言を貫いた。


「あろうことか、平民は無能だから学問は必要ない。平民の学費の援助金をなくして、その分を貴族に回せと騒いでいる」

「そんな!」


 この国は五代前の王妃様の発案で、貴族と平民関係なく十四歳〜十六歳の三年間、学園に通う義務教育制度がある。

 貧しい平民には援助金が出るので、みんな等しく学びの機会を与えられているのだ。

 学費の援助がなくなってしまったら、通いたくても通えない者が出てしまう。


「それは決定なのでしょうか?」

「キャサリンには悪いが、あの婚約破棄のおかげで保留にできた」

 エリザベート王太子妃殿下は、ドュークリフ様を見た。


「あの愚かなレイモンドは、男爵家に婿入りを不服に思って王太后に泣きついてね。もちろん婿入りは王命だから、王太后といえど覆すことはできない。それで王太后はレイモンドに第二騎士団の騎士団長という肩書きを与えることを条件に、こちらの要求を飲んだんだ」


 キャサリン様なら、あの婚約破棄がエリザベート王太子妃殿下のお役に立てたのならよかったと喜びそうだ。


「こちらは平民が無能でないと証明できたら、学費の援助を継続することを要求した。王太后は、侍女試験と文官試験に一名ずつ平民に試験を受けさせ、合格したら認めると了承したんだ。王太子妃の政策として、この先、優秀な者は平民でも王城に登用していきたいと考えている。今回の試験で、君が合格し、侍女として立派に勤めれば、それが進めやすくなる」

 それはなんて重大な責任だろう。


 王太后殿下としては、端から平民が合格できるわけがないと高を括って了承したに違いない。

 それほどの難関だ。


「なぜ、私なのでしょうか?」

「セシリアは学園をトップで卒業している。先日のロザリーとの勝負を見ても座学は問題ない」

 確かに座学は突破できる自信がある。

 でも……。


「心配しているのは、二次試験かな?」

「はい。勉強会に出て礼儀作法を教わっておりますが、それでも足りないと存じます」

 勉強会で習う礼儀作法は、男爵家レベルだ。


 一次試験の座学は文官と共通で、学園卒業程度の問題だ。こちらは問題ない。

 しかし、礼儀作法と貴族令嬢に必要な知識を問われる二次試験は自信がなかった。

 その年その年で、課題も様々だと聞いている。

 礼儀作法も、伯爵家以上のものを身につけていなければならないだろう。


 メイドの中には高位の貴族家に行儀見習いに行き、礼儀作法が身についた方達もいる。

 だったら、そういった者に座学を勉強してもらった方が、合格の可能性が上がるのではないだろうか?


「私はね、先日のセシリアがキャサリンを庇う姿を見て、侍女に相応しいと判断したんだ」

「ただ合格するだけじゃ駄目なんだ。侍女の基本理念である『驕ることなかれ。謙虚であれ。公平であれ』これを常に示し続けられる人物でないと、付け入られてしまう」


「セシリア、私もあなたの他いないと思っていますよ」

 カレン様も力強く頷いた。


 私はギュッと目を閉じた。

 こんな責任重大なことを、私なんかが引き受けてもよいのだろうか。不安を感じた。


 しかし、挑戦することにワクワクとする気持ちもあった。

 平民である私が侍女試験を受けることはありえないことだ。こんなチャンスは滅多にない。

 それに子供達の未来も守りたい。


 でも、怖い……。グラグラと気持ちが揺れる中、ふとバルドさんの言葉が浮かんだ。


 ――自分で選んだ道はがんばれる。


 そして、ニカリと笑うバルドさんの顔も……。

 フッと肩の力が抜けた。無性にバルドさんに会いたいと思った。

 私は静かに息を吐き、目を開けた。


「やります。侍女試験に挑戦します」

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セシリアの新たな挑戦が始まります!

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