メイド長の呼び出し
「セシリアさん、おはようございます!」
「おはようございます、キャサリン様。朝からお元気ですね」
「はい。実は今朝、エリザベート王太子妃殿下のお姿をチラッと見ることができましたの」
キャサリン様が、グネグネと不気味に体をくねらせた。
「それはよかったですね」
「それにですわ」
キャサリン様はキョロキョロと周りを確認すると、首元からネックレスを取り出した。
銀細工の少し大ぶりな貝殻のような形のネックレスだ。
「見てくださいませ。私が描いたのですわ」
パチリと真ん中で開くと、なんと微笑みを浮かべたエリザベート王太子妃殿下の小さな絵姿が左右の貝殻の中にあった。
右側のエリザベート王太子妃殿下の絵は顔のアップだ。
絹糸のような艶やかな銀糸の髪一本一本まで繊細に、宝石のような翡翠の瞳も輝くばかりに美しく、通った鼻筋、微笑まれた瑞々しい唇まで、まるで本物のエリザベート王太子妃殿下のお顔を小さく切り取ったようにそっくりだった。
そして何より驚くべきは、左側の全身バージョンだ。
女性にしては背の高いエリザベート王太子妃殿下が、騎士服を着ているのだ。
これは不敬にならないかと心配になったが、そんじょそこらの男よりもとんでもなく凛々しく格好よかった。
間違いなく芸術作品だ。
これをキャサリン様が描いたのは、素直に賞賛したいし、素晴らしい才能だと思った。
それと同時に、このネックレスにこもる熱すぎる執念のようなものに、私はドン引いた。
しかし、キャサリン様のキラキラした瞳が、期待するように私の言葉を待っている。
「とても……精巧で、想いがこもった美しい絵姿ですね」
私はドン引いた気持ちは心にしまい、感じたことを伝えた。
「さすが、セシリアさん。よくおわかりですわ。私はこれにひと月、心血を注ぎましたの。あ、もちろん、日中のお仕事は手を抜いたりしてませんわ。尊き方がおられる王城の仕事ですもの。オ〜ホッホッ」
キャサリン様が高らかに笑った。
何だろう、寝起きに真夏の日差しをたっぷり浴びたような気分を味わった。
「キャサリン様、仕事に遅れてしまいます。笑ってないで行きますよ」
「ハッ、そうですわ。さあさ、セシリアさん参りましょう」
キャサリン様は、いそいそと大切そうにネックレスを胸元にしまった。
その日の仕事は一段と熱が入った仕事ぶりだった。私もそんなキャサリン様に引きずられるようにビシバシ指導した。
ただ、たまに胸元に手をやっては、ブツブツとエリザベート様尊いと呟いてはだらしなく笑っている彼女の姿は、そっと視界から外した一日だった。
その日の仕事が終わったあと、私はカレン様に呼ばれメイド長室を訪れた。
「カレン様、セシリアです」
「どうぞ」
私がメイド長室に入ると、カレン様がソファに座るよう手で促した。
「座ってちょうだい」
「はい。失礼いたします」
私は勧められ、ソファに座った。
カレン様は紅茶を淹れ、スッと私に出してくれた。
さすが長年メイド長を務めていらっしゃるカレン様の動きは、無駄なく綺麗だ。
「ちょうだいいたします」
一口飲み、ホッと息を吐いた。
美味しい。すっきりした味に甘い花の香りに混じって最後に微かに薄荷のような香りが鼻にスッと抜ける。
「サウンジャ国のホカルの紅茶ですね。とても美味しいです」
「あら、よくこの紅茶がわかったわね。珍しい紅茶なのよ」
「家が、紅茶を扱う商会なのです」
「ああ、セシリアのお家はルパート商会だったわね。王城の紅茶もいくつか取り寄せているわ」
「ありがとうございます」
「セシリア、顔をよく見せてちょうだい」
カレン様が、私の顔をじっと見つめた。
「ああ、いいお顔になりましたね。安心しました」
そして、嬉しそうに微笑まれた。
ヘンリーとすっきり婚約破棄した次の日、事情を話し、退職願いを撤回させてもらったのだが、カレン様はずっと心配してくれていたのだろう。
「ご心配おかけしました」
「もう大丈夫ね」
「はい」
私の返事を聞いて、カレン様は穏やかに頷かれた。
「これからも、一層がんばります」
「それなのだけどね、あなたにエリザベート王太子妃殿下からお話があるそうよ」
「エリザベート王太子妃殿下からお話ですか?」
もしや、先日のぶつかった件だろうか?
と思った拍子に、赤髪縦ロールの高笑いするキャサリン様が脳裏に浮かんだ。エリザベート王太子妃殿下をオシ?と称し、崇め奉るキャサリン様……もしや、あれとは別に何かをやらかした?
まさか、掃除のふりして忍び込んだ?エリザベート王太子妃殿下の捨てたゴミをコレクションにしている?エリザベート王太子妃殿下の絵姿が入ったネックレスが早々にばれた?
「……キャサリン様のことでしょうか?」
「キャサリンがどうかしたの?」
カレン様が、不思議そうに首を傾げた。
よかった。どうやら違うらしい。
「いえ、何でもございません。それで、いつお話を伺いに行けばよいでしょうか?」
「そうね、今から伺いましょうか」
は!?今から?
「お急ぎの用件のようで、いつでもよいからあなたを連れて来るように言われているの」
「わかりました」
頭の片隅で、ずるいずるいと騒ぐキャサリン様を脇に追いやり、カレン様のあとに続いた。
第三章に入りました!
ここから、セシリアの新たな挑戦が始まります。
ネタバレになってしまうので、章タイトルは次話を投稿してから設定します。
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