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父ゴードス

 セシリアの父、ゴードスは酒場の端の席に座り、グビリと酒をあおった。

 泣きそうな悲しい目をして怒るセシリアを思い出すと、どうしていいかわからず、ゴードスは途方に暮れていた。




 ゴードスは、セシリアが生まれた日のことをよく覚えている。


 顔を皺くちゃにして、真っ赤な顔で泣く赤ちゃんを見た時、不覚にもゴードスは人前で大泣きした。

 病室の窓から見えた空には、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。


 嬉しくて愛おしくて、どうしようもなく胸が熱くて、涙を堪えることができなかった。

 ゴードスは、俺が守ってやると誓った。


 セシリアは、病気一つせずにすくすくと育った。

 ただ、気になるのはその容姿だった。


 ゴードスに似て、暗い焦茶色の髪は強くうねり、その目は女の子だというのに切れ長で目つきが悪く見え、白い肌は綺麗なのに、それを台無しにするそばかすがあった。


 その顔はゴードスにも似ていたが、それよりもゴードスの四つ下の妹タチアナによく似ていた。


 タチアナは、癖の強い暗い焦茶色の髪に、意志の強い濃い紫の瞳の、うっすらとそばかすの散った勝気な少女だった。

 いつも兄のゴードスにくっついて、男の子に交じって泥だらけになって遊んでいた。顔もゴードスと似ていたので、よく兄弟のようだと揶揄われた。


 そんなタチアナも、年頃になると恋をした。


 相手はゴードスの友人の一人だった。

 上品そうな顔立ちの優男で、一代限りの準男爵の息子だった。二人の恋は、順調だと思われていた。

 ちょうどその頃、ゴードスは商会長だった父親を急に亡くし、商会を継いで忙しく飛び回っていた。


 手伝うと言ってきたタチアナには、そんな暇があったらさっさと結婚しろと追い返していた。

 だから、ゴードスは全く気がつかなかったのだ。いや、それは言い訳だ。


 ゴードスは、タチアナが我慢強く、何でも自分で抱え込んでしまう性分だと知っていた。ちゃんと聞いてやればよかったのだ。


 気づいた時には、タチアナは憔悴しきって泣いていた。

 どんな擦り傷こさえても、たんこぶができても、泣かない娘が、ゴードスの胸で大泣きした。


 あの優男は、タチアナの親友ルウレが目当てでタチアナに近づいたのだった。


 ルウレは、淡い茶色の真っ直ぐな髪に、薄紫色の大きな瞳の美しい娘だった。明るくて優しい美人のルウレは、とてももてた。ゴードスもルウレの笑顔に一目惚れして、不器用ながらもアタックした。

 そして、どんな奇跡が起きたのか、ルウレはゴードスを選んでくれて、もうすぐ結婚する相手だった。


 優男はルウレの相手が自分よりも下に思っていたゴードスで、プライドを傷つけられたと思ったようだ。

 その腹いせに、ゴードスの妹であるタチアナを傷つけて姿をくらませたのだった。


 タチアナの腹には子供がいた……。


「好きだから体を許したの。騙されたのは悔しいけど、誰のせいでもないわ」

 そう言って、タチアナは一人で子供を産んだ。

 ゴードスは、全部面倒を見るつもりだった。


「あのね、ルウレとやっと結婚したばっかりでしょ。兄さんはただでさえ忙しいのに、何で私まで抱え込もうとするのよ。私のことは私でどうにかできるから、ちゃんと自分の家庭を見て」


 あれだけ憔悴して泣いたタチアナは、さっさと住む家を見つけて、隣国のアルロニア帝国に行ってしまった。

 落ち着くまではと、母親がタチアナについて行ってなかったら、ゴードスは間違いなく追いかけて行っただろう。


「あんたがそんなだから、隣の国にタチアナは行ったんだよ、近かったら、結局あんたはなんやかんやと面倒みようとするだろ?え?引越し先?言ったら来るだろうから秘密にしてって」


 ゴードスは、辛うじて母親を通じて、手紙だけはタチアナとやり取りできた。

 忍ばせた金は、全部戻されたが……。


 ゴードスの妻のルウレは、ゴードスにはもったいないくらいの気立てのいい美人だ。

 しかし、タチアナだって気立てはよかった。


 じゃあ、何であんな目に遭ったのか?

 ゴードスは、自分によく似たあの容姿のせいだと思った。結局、世の中顔なのだ。

 ゴードスは、男だからこの顔でも何とでもなった。


 でも、女はやっぱり美人じゃないと幸せになれないのだと考えた。そして、タチアナそっくりのセシリアを見た。


 ゴードスにとっては、何よりも可愛い娘だ。

 でも世間では、美人とは言わない容姿だ。

(誰がタチアナみたいな目に遭わせるもんか!)

 



 ゴードスは、セシリアが五歳の年に、綺麗だと評判の男の子ヘンリーと見合いを取りつけた。

 ゴードスの商会の、下請けの店の息子だ。

 ヘンリーは評判通り、エメラルドような煌めく大きな瞳に淡い栗色の髪の、綺麗な顔の男の子だった。


 この子なら、セシリアも気にいるに違いない。

 そして、ゴードスが思った通り、セシリアもヘンリーの顔に見惚れていた。

(いいじゃねえか)

 ゴードスは満足げにほくそ笑んだ。


 ヘンリーがセシリアのワンピースを汚すという事件はあったものの、この年頃の男の子はそういうもんだと勝手に納得して、ゴードスは笑って流した。


 小さいうちに婚約しておけば、タチアナのように騙されることはない。

 ヘンリーと結婚すれば、セシリアは幸せになれるとゴードスは信じていた。

 帰りの馬車でセシリアが元気がなかったのは気になったが、あの騒ぎで疲れただけだと思っていた。

 自分がセシリアを守ると誓ったというのに、何でいつもいつもあんな悲しそうな顔をさせてしまうのか……。

 ゴードスがため息を吐いた時、誰かがその肩を気安げに叩いた。


   


「ここにいたのか。セシリアの親父さん」

 ゴードスの大事な娘を連れてった髭の男が、脳天気に笑って肩に手を載せていた。

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