次へ
1/89

青空が嫌いになった日

 その日、五歳の私は朝からウキウキしていた。

 

 父さんに買ってもらった新しいワンピースは、私の大好きな青空のような綺麗な青色だ。

 そのお気に入りのワンピースを着て、母さんに薄くお化粧をしてもらい、お姫様のような気分だった。


 私は今から、父さんのお友達の息子さんとお見合いをするのだそうだ。


   ◆


 初めて会ったヘンリーは、淡い栗色の髪の、エメラルドのような色の瞳の、綺麗に整った顔の一つ上の男の子だった。

 私は、こんなに綺麗な男の子とお見合いするのかとドキドキした。


 でも綺麗な男の子は急にしゃがんだかと思うと、私に泥を投げつけてきた。ワンピースの綺麗な青色が泥だらけだ。


「こんなブス嫌だ。髪が暗くてモジャモジャだし、顔に点々がついてて汚い」

 私はヒュッと息を詰めた。


 慌てたヘンリーの親が叱ると、ヘンリーは大泣きし、今度は泣く彼を宥めたりと大変な騒ぎになった。

 私は助けを求めるように、父さんを見た。


 しかし、父さんはそんな私には気づかず、笑いながら言った。

「うちの娘は確かに器量が良くないからなぁ。はっきり物が言える賢い息子じゃないか。うちの商会を継ぐのにぴったりだ」

 私は、その言葉に震える指先を必死で握りしめた。


 結局、大人達に説得されたヘンリーは、婚約を渋々受け入れた。


「お洒落はしたんだが、まあセシリアは元が元だからなぁ。ヘンリーが言ったことは、まだ小さくて素直なだけだから気にするな」

 帰りの馬車の中で、父さんがとどめのように言った。


 グラグラと視界が揺れ、父さんが話す声が壁一枚向こうから聞こえるように感じた。

 朝からお化粧をしてもらい、綺麗な青空のような色のワンピースを着た私の精一杯のお洒落は、ペシャンと音を立てて潰れてしまった。


 青空色のワンピースについた泥は、私の心のようだ。

 その日から、私は青空が大嫌いになった。


    ◆

 

 私はベッドから起き、大きく伸びをした。

 体からポキポキと音がする。

 私は、小さくため息を吐いた。


 随分、懐かしい昔の夢を見たものだ。


 あれから十五年が経ち、私は二十歳になった。


 相変わらずグネグネということをきかない暗い焦茶色の髪を手早くとかし、きっちり後ろにお団子に結び、パパッとお化粧をする。


 鏡に映る顔にはうっすらそばかすが浮き、勉強のしすぎで悪くなった濃い紫色の瞳は目つきもきつく不機嫌そうだ。

 私は眼鏡をかけて、また鏡を見た。


 昨日も今日も明日もブスね……。


 私はため息を吐いた。

 そして、ふと時計を見て目を丸くした。

 六時三十分!?


「セシー?起きてる?ご飯できてるわよ」

「ごめん!寝坊したから、今日はこのまま行くわ」

 私は急いで階段を駆け降り、馬車乗り場に走り出した。


「気をつけていってらっしゃい」

「はーい」

 嫌な夢を見たせいで、いつもより寝過ごしてしまった。


 馬車乗り場に着くと、すでに馬車が停まっていた。

 ギリギリ間に合ったようだ。

 私は走って乱れた息を整えながら、馬車に乗り込んだ。

 この馬車は王城に向かう馬車で、乗り遅れたらもう走って王城に行くしかない。


 私は今、王城のメイドとして働いていた。

 平民の私には、破格の勤め先だ。

 学生時代、友人ができなかった私は図書館に入り浸り勉強ばかりしていた。


 その甲斐あって、貴族を押しのけ常にトップの成績を取り続けた。

 そうして、卒業と同時に貴重な推薦をいただき、王城のメイドとして勤めることができたのだ。


「よう、嬢ちゃん。寝坊か?珍しいな」

 毎朝、同じ馬車に乗っている常連のおじさんが私に声をかけた。

 ライオンの(たてがみ)のような濃い金色の髭に、私の大嫌いな青空を吸い込んだような綺麗な青い瞳の、背の高いおじさんだ。


「おはようございます、バルドさん。今朝はちょっと寝坊してしまいました」

 きつい見た目のせいか、初対面で話しかけられることは滅多にないのだが、初めて会った時から話しかけてくれた奇特な人だ。


「朝飯はちゃんと食ったか?」

「大丈夫です」

 私は曖昧に答えた。


「ほら、今のうちにこれ食っとけ」

 ポイと膝の上に紙袋を載せられた。

「いつもすみません」

 おじさんは多分王城の料理人なのか、毎朝何かしら作ってきたお菓子をくれる。


「ほい、おばちゃんとおじちゃん達も、もらって、もらって」

 この時間に馬車に乗っている人達は、いつも同じ顔ぶれだ。

「いつも悪いね」

「ありがとね」


 私はカバンから手紙を出し、おじさんに手紙を差し出した。

「はい。お礼の手紙です」

「お礼の手紙なんていいのに。俺の趣味みたいなもんなんだから」

「私の性分なのですみません」

「嬢ちゃんは律儀だな〜」

 おじさんが、クスクス笑って受け取った。


「それでは遠慮なくいただきます」

 今日はナッツ入りのバナナマフィンだ。

 私は遠慮なくパクリと齧り付いた。


「ナッツの香ばしさとバナナの優しい甘味がとても美味しいです」

「そうか」

 おじさんが嬉しそうにニカリと笑った。


   

読んでくださり、ありがとうございます。


ちょっと読んだことがあるような?と思った方もいらっしゃるかなと思います。

はい。こちらのお話は「会っても無視か嫌味を言って馬鹿にして笑う婚約者と結婚して幸せになれるか考えよう」を元ネタに作り直した作品となります。

主人公はスーザンではなく、セシリアです。

最後のシーンがまず出来上がって、そこに向けて、頭から掘り出さねばと突き動かされて書き上げました。

いや、楽しかった〜!

自分に自信がない、不器用で真っ直ぐで真面目なセシリアが、自分の幸せを掴んでいくお話です。

最後までお付き合いいただけたら、幸いです。

毎日投稿する予定です ♪


よろしくお願いします。


次へ目次