異世界転送流通商事
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風が吹く。髪を靡かせ、襟を揺らす。
高所故の独特の空気感が鼻孔を満たし、肺を循環した呼気を漏らす。美味い。
ゆっくりと目を開けば、眼下を雲がゆっくりと流れている。
ふと思い立って魔装を解いた途端、全身に突き刺さるような寒さと痛みが襲ってきた。
「あだだだだぁっ!?」
慌てて魔装を纏い直す。駄目だ、こりゃ駄目だ。
「ふひゅー、はひゅー……あー、ビックリした」
まあ高度も……ここどれぐらいだっけ? 数千キロ、もしかしたら一万キロはあるかもしれない距離だから仕方ないか。
魔法が使えるとは言え、肉体的には普通の人間の範疇から出ている訳ではない。範囲内を最適の環境に保つという便利な魔装も、展開していなければ意味は無いという訳だ。
と、ポケットが揺れる。いや違う。ポケットの中身が揺れている。
原因を引っ張り出せば、摘める程度の石が燐光を放ちながらブルブルと震えていた。
呼び出しのようだ。
「はいはい呼ばれて飛び出て―――」
「遅いわボケェ!」
「ブゥッ!?」
そして腹に叩き込まれる足裏。ヒールのある靴じゃないのが幸いと言えば幸いだが、駆け付ければこの仕打ちである。俺が何をした。
ゲホゴホと咳き込みながらのたうち回るのは先程とは違い、石造りの建物の中。『転移』と同時に魔装を解除していたのを見極めた良いキックだった。
「ガフ、ゴホ……ひどくね……?」
「うっさい阿呆。ホラ、仕事だよ」
「いや、ホント酷くね……」
わざわざ魔装を使い筋力を強化してまで俺をぞんざいに扱いたいのかお前は。あと首根っこって言うか襟首持つのやめて。首締まる。
ずるずると引き摺られるままに隣の部屋に移動すると、そこにはポツンと置かれた木箱。微妙に歪んでる辺りに手作り感が溢れている。
「コイツをンガパの指定の場所まで持ってけってさ」
「あー、はいはい……え、嘘。ンガパ?」
「……ああ、ンガパだ」
絶賛内乱中の国じゃないですかーヤダー。あと顔顰めただけで拳握るのやめてー。
「……運搬上の注意は?」
「特にないが中身は見るな、とさ。手紙も預かってるしさっさとやるぞ」
「りょーかい……」
引き摺られたせいでついた埃をパタパタと落としている間に戸締りやら閂やらがガッチリと締められていく。
相変わらず厳重な事で、とそれを眺めているとじっとりとした視線を向けられる。あ、お小言ムードだコレ。
「……お前、相変わらず自分の異常性が解ってないのか?」
「あーはいはいその話は聞き飽きましたー。任意の場所に転移できる魔法とか一般的には存在しないんですよねー。希少な魔法の使い手は色々と狙われやすいんですよねー」
「解ってるなら別に良いけどな……私もそれなりには鍛えてるが、絶対に守り通せる訳じゃない。本当に気を付けろよ?」
木箱を背負子で背負った俺の前に彼女が立つ。昔は背を抜いたり抜き返されたりとしたが、気が付けば俺の方が頭一つ程大きくなっていた姿を見る。
同時に転移する為に取った手は固く、血豆も潰れて傷だらけだ。お互いに自分の意思で選んだ道ではあるが、もう少し何か無かったのかと思わなくもない。
だが、まあ。
「大丈夫。お前が居れば俺は大丈夫だよ」
「……本当か?」
「ああ。俺達二人なら、何だって出来るし何処へだって行けるさ」
「……そうだな」
じゃあ、差し当たり今回の仕事が終わったら二人で海でも行ってしっぽり楽しみますかってあだだだだ!?
え、何? 鼻の下が伸びてる? いやだからってその鼻に指突っ込むのはやめでいだいいだいいだいいだいいいいいいいい!
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転送者:所謂チート転生者。「テレポート能力が欲しい」という願いを固有の魔法という形で叶えられた。代償として異世界への転移不可能や他の転生者に会えない・気付けないという因果を持っているが多分死ぬまで気付かない。たまにハプニングもあるが割と幸せな人生を送る。ちんこもげろ。
幼馴染:転送者の幼馴染。魔装を中心とした魔法格闘術を使う。魔法使いとしても同門であり、転送者の異常性をこの世で一番知っているであろう人物。
どこか抜けていて楽観的でスケベな転送者の尻を叩き腹を殴りチンコ吸う毎日を送る。何だかんだで互いにベタ惚れなので割と幸せである。
異世界転送流通商事:転送者の転移魔法を使った即時配達業者。第十三世界内で異常が発生していない場所(五公国の大穴の中とか)以外ならどこでも少量の魔力でテレポートする物流の破壊者。
流石に運べる人員とか重量とかの制限はあるが戦略級の存在なので狙ってる国が無いでもない。でも割と何とかなってる不思議なお店。