20話 サーシャは過去を振り返る
〜サーシャside〜
今日もウサギの毛皮を売り、得たお金で黒パンを買って……朽ち果てそうな、風車小屋へ帰還する。
数ヶ月前まで、私はどこにでもいる学生だったが、今はしがない貧乏魔王だ。
「はぁ……。今日の稼ぎも3000ロルかぁ。働くのって難しいな」
踏みしめるたびにギシギシと鳴る、風車小屋の床の音が……ふと漏れた、私の嘆きをかき消した。
私は、ルールベル皇国の男爵家に連なる者とされていたが……本当のところは、孤児院出身の貧民。
幼いころ容姿をかわれて、上級貴族に妾として嫁がせる駒とするため、男爵家に養女としてもらわれたのだ。
養女になってからは、寝る間を惜しんで淑女としての教養を身につけ、男性受けする仕草を学ぶ日々が続いた。
本音を言えば、身分しか誇るもののない人間の妾になど、なりたくはなかったが……
男爵家を追い出されたら生きていけないと、諦めていた私は、大人に言われるがまま淑女を演じた。
そんな時、私に転機が訪れる。
男爵の命令で、貴族階級の子弟が集まる<ラヴィレンス高等学園>に入学し……そこで初恋の人である、メグミ君と再会したのだ。
メグミ君は私のことを忘れているようだったが、子供のころお父様と一緒に、孤児院主催のバザーに来てくれた彼の姿を、私は今でも覚えている。
屈託のない笑顔で、一生懸命作ったパンを「美味しい」と褒めてくれた彼に、幼い私は言いようもない愛おしさを感じ……恋に落ちた。
しかし、現実は無情なもの。
特権階級のエリートである、皇太子殿下とその取り巻きに目を付けられた彼は、入学直後から酷いイジメを受けてしまう。
後ろ盾のない奨学生ゆえ逆らうこともできず、死んだ目で学園へ通い続けるメグミ君に、かつての輝かしい笑顔はなかった。
「ううん、言い訳しちゃダメ。私は我が身可愛さに、守ってくれる上級貴族の背に隠れ、彼をかばおうとしなかった。彼の気持ちより保身を選んだんだ!」
ラヴィレンス高等学園を卒業する前に、上級貴族から目を付けられた場合、私は養父によって修道院へ入れられただろう。
いや、10年近い淑女教育の成果を無駄にするのだ。
修道院へ入れられたのち、数年以内に謎の死……という辺りが、落としどころかもしれない。
臆病な私は、それが怖かった。
自分可愛さに現実から目を背けていた私が、ようやく心を決め……皇太子一派を制止したときには、すでに手遅れ。
彼らはメグミ君が逆らわなかったことで、自分たちの暴走がエスカレートしているのに気付かず……当たれば人が死ぬような、攻撃魔法を放ってきたのだ。
怒りの感情を乗せた炎の矢が、腰を抜かして動けない私に向かって飛んでくる。
「自業自得だな」と諦めの感情が浮かび……矢を防ごうと動いてくれたメグミ君に、愛しさと罪悪感をおぼえた直後……
急に視界が暗転し、気付いたときには魔王になっていた。
魔王という存在を、授業で学び知っていた私は……自分が闇へ堕ちた事実に驚き、絶望した。
メグミ君のイジメから逃げ続けた間に、私の心は暗く濁ってしまったのだと……。
だが泣いても事態は変わらないし、魔王になってもお腹は空く。
いずれ他者に存在を知られ、”裏切り者”として処刑されるのが分かっていても、自殺しきれなかった私は……魔王として生きる道を選び、今に至る。
私が管理することになった”未設定のダンジョン”は、街の側にある壊れた風車小屋に、入り口を持つ小さなダンジョンだ。
届いていたメッセージによると……
私は、ダンジョンの初期設定をするとき気絶しており、何も選択しないまま制限時間を過ぎたため、ランダムに選ばれた風車小屋へ転移させられたらしい。
ダンジョンは本来、モンスターを生み出して侵入者を退け、成長するとスタンピードの源となる凶悪なものだが……
私のダンジョンには一部屋しかなく、強化するための費用もほとんど無かったので……今は毎日ウサギを狩り、それを売って資金を貯めているよ。
幸いなことに、魔王でも街の検問は通れたけど、子供ですら狩れるウサギしか売れない私は、日に3000ロル稼ぐのがやっと。
幼いころウサギの捌き方を教えてくれた、孤児院のシスターへ感謝するとともに……自分で稼ぐことの大変さを、改めて痛感する日々だ。
そんな私が、風車小屋の中にあるコアルームへ戻ると、モニターに沢山のメッセージが表示されていた。
「えっ、同盟申請? 見習い期間満了って、どういうこと?」
よく分からないけど……私と同時期に魔王となった78期が、見習い期間を満了し、正式な魔王として認められたらしい。
そして送られてきたメッセージの中には、”見覚えのある名前”からの同盟申請が、何通も含まれていた。
「皇太子殿下、ホムビッツ様、ムクレール様まで……。もしかして78期の魔王は、ラヴィレンス高等学園の元同級生なの?」
掲示板なるものを調べてみたら感じ、私の仮説は正しいようだ。
という事は、もしかしてメグミ君も……
「あっ、彼から同盟申請がきている」
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作者はお豆腐メンタルなので、燃料に引火させるのはやめてね(・Д・)