話を盛るのは程々に
「……んん」
町を見渡しながら、ゆっくりと歩き、白川さんの家に到着すると、暇つぶしとして、まずは食器洗いをした。
次は、お昼にやっているニュース番組を観ていたけど、重要参考人の、しょーにんかんもんだったっけ? その同じことばかり言っている、政治のニュースが暇で、ぼーっとしながら指輪を磨いていたら、指輪が新品のように磨き終えていた。
そして、本当に何もすることが無くなって、ついリビングの床で昼寝をしていると、誰かに体を揺すられたので、そこで私は目が覚めた。
もしかして、もう夕方になって、白川さんが学校から帰ってきたのだろうか。そう思って、目を開けると。
「えっと……。貴方はどなたでしょうか……?」
起こしたのは、白川さんではなかった。
髪の毛を後ろでお団子に結った、垂れ目の優しそうな大人の女性が、手を頬に置いて、私を不思議そうに見ていた。
私は慌てて起きて、そして正座で頭をひたすら下げた。
「か、勝手に人の家で昼寝をしていてごめんなさい! わ、私は華原美花と言う者で、し、白川さんの許可を得て、この家にいるだけで、決して泥棒とか、そう言うような者ではありませんっ!」
何度も頭を下げていると、この女性は、納得したように手の平を合わせていた。
「貴方が昨日、美夢が嬉しそうに話していた、華原さんね~」
この女性、白川さんの事を知っているようだ。白川さんを下の名前で呼ぶって事は……。
「……白川さんの友達ですか?」
「お母さんですよ~」
だ、だよね! 例え白川さんの友達でも、白川さん自身がが留守にしていたら入れないよね。
「白川真希。美夢の母です」
この人が白川さんのお母さん……。
優しそうな感じ、確かに優しそうな目、そして特徴的なアホ毛も白川さんとそっくりで、お母さんと言うより、歳離れたお姉さんって感じだ。
「昨日まで地方の出張でね~。それで出張が無事終わったから、このまま家に帰って来たら、華原さんが涎を垂らして寝ているんだもの~。あまりにも気持ち良さそうに寝ているから、起こすのを止めようと思ったんだけど、まだ寒い日もあるから、ごめんなさいって思いながらも、起こしたの~」
私がさっきまで寝ていたところには、涎が垂れて水たまりのようになっていたので、急いでティッシュでふき取って、再び謝罪の意を持って頭を下げた。
「誰にだって失敗はあるから、気にしないでください~。あっ、そうだ。折角家に来てくれたのだから、お茶にしましょうか~。華原さんは、コーヒーかココア、どっちがいいですか~?」
「……こ、ココアでお願いします」
白川さんって、私の対しての人見知りが無くなれば、こんな感じでのんびりとした感じになるのだろうか。白川さんのお母さん、真希さんは、今まで接したことが無い性格なので、どう接したらいいのか、私は戸惑ってしまった。
真希さんは、私にココアを淹れてくれて、そして自分はコーヒーを淹れて飲んでいた。
「……いただきます」
ふーふーっとココアを息で冷まして、ちょっとずつココアを飲むことにした。
「……しゅ、出張って事は、お仕事されているんですか?」
「ええ、私は公務員なの~。市役所の役員をやっていて、昨日から出張でね、大阪の方で色々と打ち合わせをしていたの~」
こんなにのんびりしている真希さんが、市役所の仕事をテキパキとこなしている姿が全く想像できない……。
「お父さんは、トラックの運転手しているから、週に一度しか帰ってこなくて、勇佑も大学に行って寮で暮らしていて、年に数回しか帰ってこないから、基本的に家は、私と美夢、母子家庭みたいな感じね~」
それで真希さんも帰りが遅くなって、朝早く仕事に向かうと、白川さんは一人ぼっちになる、これが白川さんの長年の悩みの種なのだろう。
「ご両親を亡くされていて、身寄りも誰もいない、そして家を売り払われ、家を失い、公園でホームレスしていた時に、美夢と出会った。それが華原さんで合ってる?」
コーヒーを啜った後、真希さんはそう聞いてきた。
盛大に白川さんが話を盛って、私を孤児と言う境遇にしたようだ。私が未来から来たことを色んな人に話し、大事になるのが良くないと思ったからだろう。ここは、白川さんが考えてくれた設定で、真希さんに納得してもらおう。
「……は、はい」
「嘘はダメですよ~?」
にっこりとしている真希さんだが、どうやら白川さんが考えた私の設定を、嘘だと見抜いているようだ。
「華原さん。貴方、最初の方はキョトンと、私の言っている意味が分からないって顔をしていた。それで苦しい言い訳をするように、言葉を詰まらせながら、私に電話で話す美夢の様子もおかしいと思った。嘘つく女の子は嫌いよ?」
こんなのんびりとした様子の真希さんだが、顔は微笑みながらも、嘘を見抜く。真希さんは仏様のような人だ。
「本当の事、話してくれる?」
真希さんには、下手な嘘は通じないようだ。
白川さんのお母さんだ、きっと白川さんのように、最初は驚くと思うけど、私の事を信じてくれるだろう。
「……実は」
真希さんに、私の本当の事を話した。ヒューマンキラー、ヒューマンキラーの実験人間として、拷問を受けていた事は伏せておいたけど、色々あって、遠い未来から来た事を話した。
普通じゃ考えられない、非現実的な事を言ったけど、私が本当の事を話し終えても、真希さんは変わらず、にこやかな表情を浮かべていた。
「事情は分かりました。一つ聞きたいんだけど、華原さんは、本当に美夢と一緒にいたい?」
「いたいです」
私は即答で答えた。
「白川さんは、凄く人見知りで、まだ私に心を開き切っていない、まだ目線を合わせても、すぐに顔を赤くして目を逸らしちゃうけど、そんな関係でも、白川さんは私と積極的に話しかけて、私の事を大事に思ってくれる。白川さんが、本当に私と仲良くなりたいと思っているんだなと思うんです。そんな状態で、白川さんとさよならなんて出来ません」
白川さんは、本当に私と仲良くなりたいんだと、今日の行動で分かった。
だって私のお昼の事、しばらく私が一人になるのが心配し、私の事で頭がいっぱいだったから、きっと自分のお弁当を持っていくことを忘れてしまったんだろう。
「私は一人っ子だったので……。それで、兄弟姉妹がいる生活に憧れがあるって言うか……。お姉ちゃんのような白川さんとなら、一緒に過ごしたいと思いました」
「そういう事なら、私はオッケーよ~。これから、私たちと暮らしましょうか~」
私のどこの話でオッケーと思ったのだろうか。結果オーライと言うべきか、私は正式に白川さんと一緒にいることが出来るようになった。
「ありがとうございますっ!」
真希さんにお礼を言った瞬間、玄関のドアが開き、そして慌ただしく廊下を走って、私と真希さんがいるリビングの扉が思いっきり開かれた。
「美夢、お帰りなさい~」
「……た、ただいまです」
入って来たのは白川さん。激しく息を切らして、汗を流していた。
「……も、もしかして、あいつらに⁉」
「……ち、違いますよ。……華原さんが心配で……慌てて……帰って来た……だけ……ですから……」
白川さんは体力が少ないのに、かなり無理して、そして私が心配で、急いで帰ってきたようだ。
けどヒューマンキラーに襲われて、逃げて帰ってきたようでは無いようだし、私はほっとして、胸を撫で下ろした。
「……華原さん、今日はありがとうございました」
きっと学校に届けたお弁当の事だろう。けど、あの生徒の人がちゃんと白川さんに届けてくれて安心した。
「お母さん。今日、まだ何も分からない町の中、一人で私の学校に、忘れたお弁当を持ってきてくれたんです。可愛くて、笑顔が素敵で、そして困っている人を放っておけない。そんな華原さんと一緒に住むことは、出来ませんか?」
白川さんは、真希さんに頭を下げてお願いすると、真希さんは白川さんに向けてにっこりと微笑み。
「勿論。華原さん、これからよろしくね~」
正式に真希さんの承認が出た所で、白川さんは本当に嬉しかったのか、私を抱きしめようとして、私に近寄ろうとしたが。
「待ってくれる?」
顔をにっこりとさせたまま、真希さんは、白川さんの手首をがっちりと掴んでいた。
「……離してくれませんか?」
「嘘つく子に育てた覚えは無いですよ~?」
真希さんが放つピリピリしたオーラに気が付いたのか、白川さんは怯え始めていた。
「ちょっと2人で話しましょうか」
「……はい」
「そうだ。華原さん、私の鞄に大阪のお土産があるの~。私と美夢は、ちょっとお話してくるから、先に食べてくれればいいわよ~」
そして白川さんは、真希さんによって廊下に連れ出され、そしてリビングに戻ってきた時には、白川さんのアホ毛の横に大きなたんこぶを作っていた。