忘れ物とティーカップ
2度のヒューマンキラーが襲撃してきたので、疲労で気が抜けると、白川さんに抱えられて、眠ってしまった。そして目が覚めた時には、白川さんの部屋の天井が見え、そして傍には白川さんが見守っていてくれた。
「……ありがとう」
ここまでしてくれた白川さんに頭を下げると、白川さんも少し顔を赤らめて、頷いてくれた。
「学校、行くんだね」
白川さんの姿に、私は嬉しくなった。白川さんは昨日みたいな楽な格好ではなく、びしっとした制服だった。
流石に2日も学校をサボるのが怖いのか、それとも昨日の私の言葉が効いたのか、白川さんは出会った時と同じ、緑色の上着、赤いネクタイ、黄土色のスカートに、茶色の横線が入った、白川さんが通う学校の制服に着替えていた。
「はい」
「私の分まで、学校を楽しんでほしいな」
そう言うと、制服姿が照れ臭いのか、白川さんは顔を少し赤くして俯いてしまった。
そして、私が朝食を食べ終えると同時に、白川さんが学校に行く時刻となった。
私は、白川さんに休養しているようにと言われた。
本当は白川さんの学校がどんな感じなのか気になったので、一緒に行きたかったんだけど、白川さんが許してくれなかった。ぶっ倒れるほど、疲れがたまっていると言う事は、またどこで倒れるかも分からない。またヒューマンキラーが襲ってくる可能性もある。
そう白川さんに咎められたので、私はお留守番。白川さんが学校に行くので、私は玄関で見送る事にした。
「……えっと、華原さんのお昼は、私のお弁当と一緒に作っておいたので、机の上に置いてあるピンク色の巾着袋に入ったお弁当を食べてください。……それじゃ、いってきます」
「うん。分かった。いってらっしゃい」
恥ずかしそうに、どこかぎこちない感じで微笑んだ後、白川さんは玄関のドアを開けて、外に出て行ってしまった。
そして私はこの世界で初めて一人になった。
まだ私に対しての人見知りは直っていないようだけど、頑張って私に接してくれる白川さん。
この世界に来て、ずっと傍にいた人がいなくなった感覚は、私の友人が殺された時みたいに、心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。
「……けど、暇だな」
白川さんがいない家は、どうも退屈だ。自分の家ではないし、私の私物は当然無い。好き勝手に白川さんの家の物を使う訳にもいかない。
洋服の洗濯や食器洗いは、白川さんが帰ってからすると言っているので、私はとにかく体をゆっくり休めて欲しいと、朝食を食べている時に、すごく念を押して言われてしまった。
「指輪でも磨いておこうかな……」
今の私が出来るとしたら、それしかない。リビングにあるテレビを観ながら、少し泥が付いた指輪の手入れをしようかと思ったら、リビングの机に、私の昼食が入ったピンク色の巾着袋の横に、水色の巾着袋が並んでおいてあった。どうやら、白川さんは弁当を持っていくのを忘れて行ったようだ。
「届けに行った方がいいよね……」
白川さんが通う学校の道も分からない。そもそも私が今いる町、福居市がどう言った町なのかも分からない。
届けないと、白川さんが昼食無しで過ごすことになって、きっと空腹と戦いながら、午後を過ごす事になるだろう。
とりあえず昨日、須和山の登る前のところから見えた、あの学校に行けば、白川さんはいるだろう。目印として、まずは毎日のように行っている須和山に目指すことにした。
私は、昨日もやって来た須和山にやって来た。そして昨日やって来た山道から見えた学校を見てみたけど、道がどうつながっているのか分からなかった。
取りあえず、この須和山の周辺を歩けば、いずれ学校が分かるだろう。そう思って、須和山を登る事を止めて、須和山周辺を歩くことにした。
須和山の麓は、住宅地。静かな住宅地を歩き、須和山周辺を散歩の気分で辺りを歩くと、方向音痴の私はどこかで道を間違えたのか、白川さんと出会った当日にやって来た、桜が咲く堤防にやって来ていた。
「……早めの昼食にしようかな」
お花見感覚で、私は桜の下で、長閑な気候の福居市の風景を見ながら、白川さんが作ってくれたお弁当を食べる事にした。
弁当箱には、小さく握られたおにぎり。ウインナーと卵焼きなどが入ったおかずが入っていて、それらのおかずを食べながら、私は堤防の風景を見て、そして頭上に咲く桜を見ながら、静かなひと時を過ごした。
「……何だか、眠くなってきた」
太陽も段々と真上に上がってきて、気温も上昇してポカポカ陽気。そしてお腹も膨れたので、次第に瞼が重くなってきた。昨日、夕方から寝ていたはずなのに、また眠気が……。
「……って、寝ちゃダメじゃん!」
私は何の為にここまで歩いて来たのか。それはお弁当を忘れた白川さんに届ける為だ。決して、私は天気が良くて、気持ち良かったからお散歩しに来たわけじゃない。
「早く届けないと……!」
頬を思いっきり叩き、何とか目を覚まして、白川さんの学校を捜索することを再開した。
取りあえず、須和山の周辺をぐるりと回ってみると、近くに小学校、中学校が多数あったけど、私が捜している高校は、一か所だけにあった。
「……県立……須和高校。……ここかな?」
校門に書かれた字には、そう名前が書かれていた。
須和山の麓に、立派な校舎が建っていた。
校庭には体操服を着ている生徒がたくさんいたが、白川さんが着ていた制服では無いので、結局この学校が白川さんが通う学校か分からない。
見知らぬ校舎に入るのも気が引けるし、結局この学校に来ても、どうしたら良いのか分からない。
「今日はいい天気ですね~」
校門の裏から、誰かの声がしたので、ひっそりと校門の裏側を覗いてみると、そこには、玄関でティーカップを持参して、ティータイムをしている女性がいた。しかもその女性は、白川さんと同じ制服を着ていた。つまり、この学校が白川さんの通う学校で合っているようだ。
「……あの」
フワッとした長い髪型。そして凄く美人な、どこか気品を感じる上品な女子生徒がお茶している時、私は恐る恐る話しかけると、その女子生徒はこちらを向き、にっこりした顔で私を見た。
「あら、あなたも一緒に飲みませんか?」
「わ、私は部外者なんですけど……?」
「少しぐらい大丈夫。紅茶、一緒に飲みましょう」
そして彼女は、閉ざされていた校門を勝手に開けて、部外者の私を、学校の敷地内に入れてしまい、私を隣に座らせると、熱々の紅茶を渡してくれた。
「もしかして、入学希望者でしょうか~? それなら、私が手続きを――」
「そうじゃないです……。えっと……。この学校に、白川美夢さんって、いますか……?」
私の言葉を聞いたこの生徒は、時が止まったように、彼女の行動すべてが止まっていた。
「どう言った関係ですか?」
「……し、白川さんとは遠い親戚の関係で、きょ、今日は、白川さんがお弁当を家に忘れて、それを届けに……」
そう言うと、彼女は納得したのか、再び動き始めて、紅茶を飲んでいた。
「私と白川様とは、私と同じクラスなのです。流石に校舎まで入れてしまったら、私が怒られてしまうので、私が貴方様の代わりに届けてあげましょう」
「あ、ありがとうございます……!」
気が早まって、すぐに白川さんの弁当箱を渡そうとしたら、私の顔の前に手の平を突き付けられた。待っていう合図なのだろう。
「そんなに慌てないでください。まったり紅茶を飲んでからにしましょう~」
私たちが紅茶を飲むまで、彼女は受け取らないようだ。猫舌なので、あまり熱々だと飲めないので、ゆっくり飲むことにしよう。
「貴方様のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「華原美花……です……」
名前を言うと、彼女は首を傾げていた。あまり聞きなれない名字だからだろう。
「華道の『華』で、ばらは普通に『原』で……。それで、美しい花と書いて、美花」
「素敵な名前ですね~」
そして彼女が飲み終えると、彼女の方から、何かのアラーム音が鳴った。携帯の着信音だろうか?
「そろそろ授業が始まるので、私は行きます。白川様のお弁当箱を渡してくれませんか?」
「ありがとうございます」
白川さんのお弁当箱をしっかりと持たせて、彼女はにっこりと微笑んでくれたあと、校舎の中に入って行ってしまった。
「……あっ。……ティーカップ」
白川さんにはお弁当箱を無事に届けられたのはいいんだけど、まだ飲み干していなかったので、彼女にティーカップを返すのを忘れてしまった。
彼女がまたここに戻って来るとは限らないし、ずっと校門の前にいたら怪しがられるので、空になったティーカップを持って、白川さんの家に帰る事にした。