指輪の力
「……ケラケラ」
あんなに可愛らしい笑顔を見せる白川さんの顔が、今ではヒューマンキラーの手によって、スライムに寄生されて、悪霊のような不気味な笑顔になっていた。
こうなってしまうと、白川さんに寄生しているスライムを引きはがして殺すしかない。
スライムは、寄生している人の全身を包むように、薄い膜状にになって操っている。けどスライムだけを倒すのは至難の業。弱いと、スライムにダメージを与えられない。かえって強くやってしまうと、今度は寄生されている人に害を与えてしまう恐れもある。
「よくも白川さんを……っ!」
私は、白川さんを囲むように回りながら、白川さんの体中を確認した。
人に寄生したスライムを倒すには、まず寄生されている人の体のどこかに出てくる、目玉のような紋章を攻撃する必要がある。その紋章の所がスライムの核、本体になる。寄生するスライムによって、紋章の在りかは様々。紋章は首や腹、おでこに出てくる事が多い。
「……そこっ!」
今回はあまり見られないところ、右手の手の甲に紋章があった。咄嗟に白川さんの横から近づき、手の甲にある紋章に向けて、スティックを打ち込んだ――
「……ケラケラ」
スライムに寄生されている人の身体能力は、何十倍も強化される。
「がっ……!」
右手で私のスティックを受け流し、その流れのまま、白川さんは左で顔面を思いっきり殴られ、そのまま背後にあった石像の台座に、思いっきりぶつかって倒れこんだ。
「……ううっ」
今の衝撃で鼻血がぽたぽたと流れ始め、借り物の服を赤く染めていた。
「……これぐらい、大した事ない」
鼻血が流れ続けようが、私は再びスティックを構え、白川さんの手の甲に向けて打ち込もうとしたが。
「……ケラケラ」
スティックを横にかわし、そして私の目の前に入り込まれると、今度は頬に回し蹴りを受けてしまい、植木の中に蹴飛ばされた。
「この人間は優秀だ。普通の人間より、身体能力が高いと分析できる」
ヒューマンキラーは興味深そうに、顔を頷かせて、白川さんに感心していた。
白川さんが、普通の人より身体能力がなら、通りで今まで受けてきた攻撃の中で、上位に入るぐらい痛い訳だ。
「40番と共に、実験人間として調べたいものだ」
そんな事は絶対にさせない。白川さんを、私のようにあの地獄のような場所に行かせてはいけない。
「流石、ハレー様が認めた優秀な実験人間だ。すでにグロッキーな状態でも刃向かうか」
鼻血は出続け、口の中も切れて、口からも血が出始めている。たった2発の攻撃でも、かなりのダメージを受けているようで、鼓動が激しくなり、息が切れ始めていた。
「……こんな事、人の骨の強度を測定すると言っていた拷問の時より、大したことじゃないから」
踵を翻し、スティックを指輪の形の戻してすぐに、私は白川さんに背中を向け、全速力で逃げ出した。
「敵前逃亡か。人間は40番を捕らえろ。ただし、40番は重要な実験人間だ。虫の息で捕らえろ」
全速力で、コンクリートの道を走っていると、予想通りにすぐに白川さんとヒューマンキラーは追いかけてきた。
「……げほっ、げほっ!」
息切れしている時に、一気に全力で走ったせいか、私の心臓、肺は悲鳴を上げ、徐々に走るスピードも落ちて行った。脳が無理して走るのを止めようとしているが、私はそれでも走り続けたが。
「……っ!」
途中にあった上り坂で、一気に体力を削られ、歩幅も小さくなり、足を出すリズムがおかしくなると、地面に躓いてその場で転倒した。
「げほっ、げほっ!!」
咳き込むと、目の前にある地面には血が付着していた。口から出ている血だと思うけど、肺や臓器から出ているなら、相当白川さんに受けたダメージは大きかったようだ。
「……体力、落ちたな」
そして麻痺したように足は震え、感覚が無くなり、しばらく立つ事が出来そうにない。ヒューマンキラーの監視下、あの監獄暮らしで長距離で動くことは無かったので、自然と体力が落ちたらしい。
「……はぁ。……はぁ」」
私が倒れてから数分後に、私より息を切らした白川さんがやって来た。
白川さんと須和山の公園に向かう途中。白川さんは、コンクリートの坂を上り始めてすぐに息を切らしていた。
つまり白川さんは体力が限りなく少ない。その弱点を見出し、この賭けに出たんだ。
「……い、今、助けるから」
白川さんもその場で座り込み、私に襲いかかって来る気配はない。これで勝負は決まったと思い、私は歯を食いしばって起き上がり、例え体が動きたくないと、足を止めようとも、脳の命令を無視して、私は指輪をスティック状に変えた。
「……ごめん」
無抵抗の白川さんの、怪我の覚悟で右の手の甲を弾き飛ばした。すると、スライムは白川さんの体から離れ、そして煙を上げて蒸発していった。これでスライムを倒したことになる。
スライムから解放された白川さんは、クタッと倒れ、気を失っていた。とりあえず、白川さんの手の甲が心配だ。指輪の力で治した方がいいだろう――
「流石40番だ」
白川さんの事で頭がいっぱいで、すっかりヒューマンキラーがいた事を忘れていて、左手首を掴まれた。
「離してっ!」
「黙れ」
振り払おうとしたが、私を大人しくさせるため、思いっきりヒューマンキラーは私の頬を殴った。再び口の中が切れて、更に出血がひどくなっていた。
「無駄な抵抗をせず、さっさと俺らの実験人間になれ。まだまだ、40番には調べる事がたくさん――」
興奮気味に話す、ヒューマンキラーの会話が急に途切れた。
「……っと」
舗装された道の横は崖。いつの間にか、気を取り戻した白川さんは、冷ややかな目で、ヒューマンキラーの顔面に蹴りを入れ、ヒューマンキラーを崖に蹴落としていた。しばらくは登ってこないだろう。
「……白川さん」
白川さんは、フラフラな私を抱きかかえ、瀕死に近い私に呼びかけていた。
「……これが、私の大切なルビーの指輪」
「……とってもきれいですね」
目をキラキラさせてから、自分も安心したのか、私と同じぐらい白川さんは喜んでくれた。
「……右手の甲を出して」
「は、はい……」
ルビーの指輪を、白川さんの手の甲に優しく当てて、強く思いを込めた。
「……治癒」
思いっきり弾き飛ばしたせいか、白川さんの手の甲は、赤く腫れあがっていた。
ルビーの指輪は、怪我を治すことが出来る。自分の怪我は勿論、ルビーの部分を、怪我している所に当てれば、他人も治す事も可能だ。
「……白川さん。……助けてくれて、ありが……とう……」
白川さんの治癒で、体力を使い切ってしまい、白川さんに抱きかかえられた中で、気を失った。
「……本当に、心配したんですから」
「……ごめんなさい」
目が覚めると、倒れた場所の近くにあった休憩場で寝かされていた。体を起こすと、ずっと心配していた白川さんに泣きつかれた。
白川さんがスライムに寄生されていた事を説明してから、自分の怪我を治した後、須和山を下りた。
今日の戦いで、私は心身共に疲れ切っていた。もう指輪は見つかって気が楽になり、帰りはゆっくりと歩き、あとはお風呂に入って、白川さんと一緒にゆっくり休もう。
まったりするのが楽しみと思いながら、白川さんの家に着くと、家の前に白川さんと同じ制服を着た一人の少女が待っていた。
「学校サボって、お出かけしていたの? 美夢?」
小柄なツインテールの女の子は、どうやら白川さんと面識があるらしく。
「……って、白川さん!?」
白川さんはこの小さな少女に呼び止められると、白川さんは全力疾走で逃げて行った。