ルビーの指輪
昨晩は、久しぶりのお風呂。
勿論、捕まっている時は、ほとんどお風呂に入れなかった。
実験として、冷水を浴びさせる事によって、どれだけ人間に苦痛を与えられるか。何度まで人間は高温のお湯に耐えられるか。入浴ではない拷問を受けていたので、まともに体や頭を洗う事は出来なかった。
けど、久しぶりに入った本当のお風呂は温かくて、シャンプーやボディソープを使って体を洗えて、本当に気持ち良くて、逆上せるまで入ってしまった。
逆上せから復活した後は、家にあったアイスをいただき、久しぶりに平穏な人間らしい時を過ごし、夜は深い眠りについてぐっすりと眠れた。
そして翌朝。私が今まで着ていた服は、所々が解れて破れていた。洗ってから白川さんが直してくれることになり、今回は白川さんの服を借りて、ルビーの指輪を探す事になった。
けど残念なことに、私は白川さんの服のサイズが合わなかった。特に胸がきつく、それを白川さんに言うと、しばらく白川さんからは冷ややかな目で見られて、顔を合わせようとしてくれなかった。
白川さんの機嫌が直った後、服は白川さんのお母さんの服、そして下は、白川さんのズボンを借りて須和山に向かった。
「まずはここからかな……?」
「……ここからですか?」
この世界に飛ばされて、まず私がやる事。それは私があいつらを倒すために使っていた武器、ルビーの指輪をこの広大な地域から探し出す事だ。
けど、この広い町を地道に探していたら、途方に暮れてしまう。なので、私は落ちている可能性が高い、この須和山中心に探すことにした。ここは、私が最初に倒れていた広場がある山だ。
「……あ、あの。……もうちょっと離れた所から探しませんか? ……特に……あの学校から離れた場所から」
白川さんの背後にある小さく見える学校の事を言っているのだろう。
「何かあるの?」
「と、特に何も無いんですけどね……」
別に無いなら、なぜそんなにあの学校を避けるのだろうか。
「さ、さあ! 早く探しに行きましょう!」
「う、うん」
深く追及されないために、無理やり白川さんに背中を押されて、私たちは須和山のコンクリートで整備された上り坂を上って行った。
山の平地を利用して整備された公園、須和山公園に再びやって来た私たち。
あまり山の上って感じはせず、自然が豊かな森林公園にやって来た感じだ。芝生の広場、小さな子供のための遊具。けど、今日は平日。私たちみたいな若い女性の姿は無く、公園でのんびりと日向ぼっこをしているお年寄りがあちらこちらにいた。
「……どこにあるかな」
どこにあるのか。とりあえず、木材で造られた遊具から一帯を見回してみた。
高台からは、この芝生の公園は見渡せるが、市街地の方は木が生い茂っていて、残念だけど街並みを見ることは出来なかった。
ちょうど桜が咲くこの季節。風はちょっぴり寒いけど、日差しはどこか温かく、空気も澄んでいて、遠くからは雪が残る山が見える。大都会のような喧騒は無く、街中だというのに、風の音、桜の花、木々が揺れる音。
日本。そして地方都市の福居市。とても静かで平和な町。平和を失った私たちの世界ではかけ離れた世界だった。
「……あ、あの~」
まだ私と話すと、顔を赤くして恥ずかしがっている白川さん。高台を上らず、地上から私を呼んでいた。
「……お探しの指輪って、どんな物ですか?」
白川さんが呼んでいたので、私は高台から降りて指輪の形を教えた。
「普通の指輪だよ。ひし形のルビーがあって、指輪のほとんどは金色」
「な、成程……」
あまりしっくりきていない様子の白川さんのようだけど。
「と、取りあえず探してみます」
白川さんも公園中の草木をかき分けて、私の指輪を探し始めてくれた。けど、白川さんのように、この公園中の草木をかき分けて探していたら、日が暮れてしまう。それなら落ちている可能性が高いところに行くことだ。
「ねえ、白川さん」
太陽の位置を確認してから、しゃがんで指輪を探している白川さんに声をかけると、白川さんはさっきまで私が上っていた高台の高さよりも高く飛び跳ねていた。
「……ナイスジャンプ」
「……すみません」
人見知りって言うのも程があるような気もするけど、今の白川さんの行動を苦笑いして、私は気を取り直して、白川さんに話しかけた。
「見つかった……?」
「いいえ……」
道中に落ちていないとなると、やっぱり最初に倒れていたところを、絞って探すしかない。
私は、正確に言うと、この芝生の広場に倒れていたわけではなく、広場の中央付近にある、小高い丘の頂上にある、石像の傍に倒れていた。石造の近くで、うつ伏せになって倒れていた。
「……この丘の上にあると思う?」
「……探してみないと分かりませんね」
白川さんは、疲れたようにふーっと息を吐いた。日が差す中、まだ暑くはないとはいえ、結構体力を使う作業だ。草木を分けて探さないといけないので、集中力も必要になって来る。
「……探す前に、休憩しましょう」
「うん」
木陰に入り、水筒に入れたお茶で水分補給した後、小さな丘に焦点を絞って、石像の辺りをくまなく探した。
「……ない」
私と白川さんで、二手に分けて石造の周りを探した。けど、植木の中や、石段の隙間、私が探した周辺には落ちていなかった。
……やっぱり、あの異空間の中で落としてしまったのだろうか。もう、あの綺麗な指輪を見る事は出来ないのだろうか。
「……か、華原さん! ……こ、これでしょうか?」
もうないのかと。少し諦めかけていた時に、白川さんは、草木で手を切ったのか、傷だらけの手でルビーの指輪を差し出してきた。
金色の装飾。何カラットかは分からないけど、綺麗に赤く輝くルビーがついているルビーの指輪。
「……こ、これだよ~!」
白川さんが見つけてくれた指輪を指にはめて、私は強く念を込める。すると、指輪は金色の光を放って、徐々に長い棒に変わっていった。
「……よかった。……この世界にあって」
そしてルビーの指輪は、私が武器として使っていたスティック状に変わった。
両端はルビーのような透き通った赤の球が付いていて、赤い球の下には金色の装飾。そして私の強い思いに反応する指輪は間違いなく、今まで武器として使っていたルビーの指輪だ。
「白川さん。これが私の大切な指輪だよっ! 良かった~、見つかって――」
つい嬉しくて、白川さんに見つかった指輪を見せようとすると、白川さんはいきなり殴りかかって来た。
「……ケラケラ」
間一髪避けて、私は石像に追いやられて、そして私の顔の横には、白川さんの拳があった。その拳は石像の台座にめり込んでいた。
さっきまでとは違う。さっきまで私が白川さんの顔を見ただけで、照れて真っ赤にしていたのに、今では瞳に輝きを失い、不気味に口元を吊り上げて笑うピエロのような、悪魔のような顔になっていた。
「探したぞ。40番」
その名前を呼ばれると、私は背筋に寒気が走った。
こんな呼び方をするのは、あいつらしかいない。もう二度と呼ばれないと思っていたのに、もう二度と関わる事は無いと思っていた相手が、私の目の前に現れた。
「……ひゅ、ヒューマンキラー」
もう嫌なぐらい見たヒューマンキラーが目の前に現れたことにより、私は怖気ついて、一歩後ろに下がってしまった。
けど、私はあの牢屋の中の囚人じゃない。私はあの地獄の監獄から抜け出し、自由の身になったんだ。
ここで弱腰になっていたら、またヒューマンキラーに敗北して捕まり、あの地獄の生活の逆戻りになるだろう。
「もう、私は、あんたたちのおもちゃにならない」
あの日々がトラウマになっているのか、若干体が小刻みに震えていた。けど指輪を棒状に変え、スティックをヒューマンキラーに向け、戦闘態勢に入った。
この様子だと、白川さんは、ヒューマンキラーが仕組んだ、スライムによって寄生されている。寄生されている白川さんを助け出す事が最優先だ。