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いただきます

 

「……だ、大丈夫……ですか?」


 再び目を覚ますと、見慣れた石の天井ではなく、目の前には白い天井が見え、横にはさっき話しかけられた人が、私の様子を気にしてくれていた。

 今、私はふかふかのベッドに寝かされている。こんなふかふかの布団で寝るのは、いつ以来だろうか。しばらくこのまま寝ていたい気分だ。


「……ここ……は?」

「……わ、私の家です」


 どうやら彼女は、得体の知れない私を家に入れ、助けてくれたようだ。勝手に玄関の前に居座り、顔色も悪く、痩せこけている人を放っておけなかったのだろう。


「……具合が悪いようでしたら、救急車を呼びましょうか?」

「……いい」


 病院なんかに行ったら、確実に入院だ。1週間は入院して、病院食はいただけるかもしれないが、その後が問題だ。医療費を払うお金なんて一切ない。


「……あの」

「は、はい……。どうしましたか……?」

「……今って、西暦何年?」


 私は体を起こしてそう聞くと、私が新聞で見た西暦を彼女はすんなりと答えた。

 今でも新聞で見た西暦、ヒューマンキラーが言った西暦が信用出来なかった。と言うか、信じたくなかった。


「……それじゃあ、ここってどこですか?」

「……福居ふくい市ですけど?」


 聞いた事の無い地名だ。周りに溢れた日本語、そして彼女は、日本語を話していているので、日本だって事は分かる。けど、日本のどこにあるかは、全く見当が付かなかった。


「……もしかして、家出ですか?」

「……」

「……じゃ、じゃあ、迷子ですか?」


 私の場合だと、迷子になるのだろうか。いや、どれにも当てはまらない。


「……私、未来から来たんです」


 どう話そうかと迷っていたら、私の口は勝手に動いてそう言っていた。


「未来では、突然やって来た宇宙人が人間を殺しています。彼らの目的は、人間を滅ぼして地球を乗っ取る事。そんな時代から、私はやって来ました」


 誰でもいいから、私の状況を理解してほしかったのだろう。誰かに取り憑かれたように話していて、気が付くと彼女はポカンとしていた。


「……ちょっと、待っていてくれませんか?」


 すぐに柔らかな表情になった彼女は、私を部屋に置いて部屋を出て行った。いきなり変な事を言ったから、彼女は困惑して、頭の中を整理して出て行ってしまったのだろう。

 それはそうだ。いきなり非現実的な事を言って、誰も信じるはずがないだろう。未来に地球では、宇宙人が人間を殺している。そんな事、信じられないし、信じたくもないだろう。


「……どうされましたか?」


 そう考えていると、彼女は小さな土鍋を持って、部屋に戻ってきた。


「……その様子だと、何も食べていなかったみたいですね。……作った甲斐があります」


 彼女が持ってきた土鍋から出てくる、美味しそうな匂い。匂いが私の鼻に入ると、私は一気にお腹の音が鳴った。


「……頬は痩せこけ、髪もぼさぼさ。……服は泥や血痕のようなシミがあって、所々が破れていました。……家出だと思いましたが、まさか遠い未来からやって来た人だとは思いませんでした」


 そして小さな土鍋の中に入ったお粥を茶碗にすくって、その茶碗を私の前に差し出してきた。


「……お口に合うか分かりませんが、慌てないで、ゆっくり食べてくださいね」


 まともなご飯を食べたのは何年ぶりだろうか。牢屋の中では、ずっと虫が集り、カビが生えた腐った食べ物を食べ続けていた。それ以前だって、外に生えている草や、最悪、虫を食べた事もあった。

 湯気が立つご飯を見るのも、いつ以来だろうか。きっと殺されたお母さんと一緒に食べた、温かいスープを食べた以来だろう。


 私の前に差し出されたお粥を見て、まず手を合わせて合掌。そして木のスプーンでお粥をすくって、口の中に含むと、お米の甘みが一気に広がった。


「……美味しくなかったですか?」


 私たちの世界では、お米という穀物は入手困難になっていた。全て、ヒューマンキラーへの献上品になっていて、栽培するのは人間。けど隠し持ったり、人間が食べたら殺される。手が届かない食べ物だった。


「……ううん。……凄く、美味しい……です」


 こんなに美味しい物を提供してくれた彼女に感謝しながら、ポロポロと涙を流しながら、無我夢中になって、お粥を食べ続け、お粥が入っていた小さな土鍋が空っぽになるまで、私はおかわりを要求し続け、私は久しぶりの満腹感を感じた。


「……お粥、凄く美味しかったです」

「そ、それほどでも……」


 改めて頭を深く下げると、彼女は少し嬉しそうに頬をポリポリかいていた。


「……私は、華原美花と言います」

「わ、私は白川しらかわ美夢みゆと言います……。美しい夢と書いて、美夢です……」


 優しくて、とても可愛らしい彼女の名前は、白川美夢さん。勝手に家の前に居座っていたのに、私の状態を見て、美味しいお粥まで作ってくれた。何て、お人好しな人なんだろう。


「……つ、続きを聞かせてくれませんか?」


 そして白川さんは、私が未来に来たことを信じ、更に私の事を聞こうとしていた。


「……信じるの? わ、私の妄想かもしれないんだよ? 私が未来から来た証拠も見せていないのに、どうしてそこまで、見知らぬ私を、信じてくれるの?」


 白川さんがそう言った後、私の手の甲に、白川さんの手が置かれた。


「……だって、ずっと泣いているじゃないですか」


 白川さんに言われるまで、私は泣いている事に気が付いていなかった。自分で気が付くと、尚更涙が溢れ、体にかぶせてある布団を濡らしていた。


「……今まで、辛い経験をしてきたのだと思います。……今の私には、華原さんの心の傷を癒すぐらいしか出来ません。……嫌な事は、話せば少しは気が楽になると思います。……嫌な事を自分の中に溜め続ける事が、一番辛いと思います。……非現実な事でも、私は真摯に受け止め、華原さんの話を信じます」


 柔らかな笑みを再び浮かべた白川さんの顔を見たら、更に涙と、鼻水が出てきて。


「……本当に……ありがとう……ございます」


 泣きながら、お礼を言って頭を下げると、白川さんは、泣き止むまで、私の頭を撫で続けてくれた。



 落ち着いたところで、私は今まで私が体験してきた事を白川さんに話した。ヒューマンキラーの事、未来の地球の事。そして私がヒューマンキラーと戦い続け、そして捕まった事。捕まると、ヒューマンキラーの実験用具として扱われてきた事。決して楽しい話、明るい話ではない。けど、白川さんは、真剣に私の話を聞いてくれた。


「……そのヒューマンキラーは、この世界に来ているって事ですか?」

「……うん。……きっと、また私を捕まえに来ると思う」


 私に関わり続けると、白川さんの命も危ないだろう。私を捕まえようとするなら、どんな手段も選ばないだろう。


「……このまま、一人にしておく方が危ないと思います。……そうなると、私と一緒にいませんか?」


 確かに、一人で外で歩いていたら危ないだろう。いつ、どんな場所に現れるか分からない。指輪を無くした私には、到底敵わない相手だ。


「……わ、私、こう見えても強いんですよ。……例え、変な生き物だろうが、変な男の人でも、私が華原さんの味方になります」

「……一般の人と比べたら殺される。……みんな総出でヒューマンキラーに挑んでも、みんな負けて殺された。……とてもじゃないけど、ちょっと自信があるからと言って勝てる相手じゃない」

「……わ、私の事、信じてくれませんか? ……そのような話を聞いてしまっては、このまま放って置くことは出来ないです」


 今度は、逆に私が白川さんをそう思われてしまった。

 あまりお世話になりっぱなしは嫌だけど、ここまで私の事を心配し、平和な日常から一気に生きるか死ぬかのデスゲームに参加しようとしている。私を保護した責任を感じているのか、それとも物凄いお人好しなのだろうか。


「……そ、それじゃあ、明日、私に付き合ってくれる?」

「は、はい……。いいですけど……」


 白川さんに守られる前に、まず私が白川さんを守らないと。

 そのためにも、家宝で武器である、無くした指輪を探さないといけない。私の次の目的が出来た。


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