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春は出会いの季節

 

 私はヒューマンキラーの実験人間として抜け出せたのだろうか。


「……お腹……空いた」


 私が倒れていた場所は、辺りは新緑の木に囲まれた広場だった。穴から飛び込んで以降の記憶はなく、ずっと気絶していたらしい。そして空腹で目が覚めたようで、食べ物を探すのと、ここがどこなのかを調べるために、歩くことにした。


 太陽が頭上にあるので、今は昼。ずっと歩いていると、立派な建物が建つ、色んな人や車が行き交う、忘れかけていた光景があった。


「……ここは、どこなの?」


 こんな景色。例え地球を一周しても、絶対に見る事の無い光景だ。もう走っていないはずの車が走り、人たちがヒューマンキラーを忘れ、平穏に暮らしているような光景だった。

 今まで私が見てきた事、体験してきたことは、すべて夢だったのだろうか。悪い夢だったのだろうか。そう思うと頭が混乱し、頭を抱えて地面に蹲ろうとした時。


「勝手に出歩くな。40番」


 どうやら今まで見てきた事、体験してきた事は、すべて現実だった。


「実験に戻るぞ」


 ヒューマンキラーが偶然に作り上げた穴に、私を実験台として穴に放り込もうとしていた、あのヒューマンキラーだった。私が飛び込んだ後、このヒューマンキラーもいろいろと調査してから飛び込んで、私を連れ戻しに来たのだろう。


「お、お断りだから……」


 せっかく自由になれたと思ったのに、またヒューマンキラーの実験人間として生きるのは嫌だ。まともにご飯を食べていないせいか、全く力が出ない中で、私はヒューマンキラーから逃げ出そうとしたが。


「悪足搔きはやめろ」


 ヒューマンキラーに手首を持たれて、すぐに捕まってしまった。


「40番。ここはどこだか分かるか?」

「……あんたたちが消え去った、未来の世界とか」


 そう言うと、ヒューマンキラーは、私を目の前に寄せた後、思いっきり頬を殴った。

 私の予想は、この場所が未来だと言う事だ。私たち人類がヒューマンキラーに蜂起し、ヒューマンキラーに打ち勝って、そして平和を手に入れた世界だと思った。それがヒューマンキラーを怒らせる火種となったのだろう。


「そんな未来など存在しない。調べた所、この世界は過去の世界。我らハレー族が襲う、十年以上前のサフィルア、シュブミの町だと言う事が分かった」


 サフィルアと言うと、ここは日本……?

 日本は、ヒューマンキラーが襲う前、平和だった頃の名前。そして、私が生まれた故郷の国の名前だ。私は未来に飛ばされた訳ではなく、私が生まれる前の世界にタイムスリップしてしまったようだ。通りで今では死語となった、日本語があちらこちらに書いてあるわけだ。


「40番がこんなところにいても、何の意味もない事が分かっただろ? 観念し、我らのための実験人間となれ」

「……嫌よ」


 中指に身に着けているルビーの指輪に念を込めたが、いつもみたいに光り輝く事が無かった。確認してみると、私の指には指輪がなかった。お母さんの形見で、そして華原家の大切な家宝をどこかで落としてしまったらしい。


「40番は、とても優秀な実験人間なんだ。ここで逃して殺してしまったら、凄くハレー様が悲しむだろう。さあ、実験の続きをするぞ」

「……そんなの、知ったこっちゃないから!」


 私は弱って、もう動かないと思って油断している隙に、私はヒューマンキラーの顔面を殴った。

 せっかくのチャンスを、こんな簡単に終わらせたくない。ヒューマンキラーからの実験人間として逃れるために、私はこの世界に逃げてきたような物だ。


「もう、私の前に現れないで……!」


 実験ばかりしているせいか、戦闘を得意としないヒューマンキラーだった。一発でヒューマンキラーはダウンし、解放された私は、すぐにヒューマンキラーから離れ、出来るだけ走って、遠くに行く事にした。




 全く知らない街中を走り続けて数十分。遠くまで走ったのは良いけど、これからどうしたら良いのか分からなかった。

 知っている人もいない。住む家もない。お金なんてもちろん無い。

 走って辿り着いた公園のトイレの壁に寄りかかって、喉の渇きと空腹と戦っていた。水を飲む蛇口があると探したが、この公園にはそのような物はなかった。どうしようもなくなった時には、草や、葉っぱで空腹をしのいで、水分は泥水、もしくはトイレの水を飲むしか方法がないだろう。

 これから私はどうしたら良いのだろうか。指輪を無くし、ヒューマンキラーに立ち向かうことも出来ない――


「……あれは。……コンビニ?」


 さっきまで全く気が付かなかったが、木の茂みの奥には青い看板のコンビニが見えた。日本のコンビニは、色んな物が売っていて、お弁当やおにぎりが美味しいと聞いている。あそこに行けば、ご飯を食べられるかもしれないと思い、フラフラになりながらも、コンビニに向かった。

 恐らく人生初のコンビニ。店の中に入ると、いきなり音が鳴ったので、少しびっくりしてしまったけど、中は凄くきれいで、お母さんが言っていた通りに、文房具や化粧品、雑誌、お菓子、飲み物など、見た事の無いぐらいの物の量が売られていた。


「……新聞」


 入ったところのすぐに、新聞が置いてあったので、興味本位で取って見てみた。

『政界で不祥事』と、大きな題目で書かれていて、この頃の日本は本当に平和だったのだと改めて知った。


「……私が生まれる前なんだ」


 そして新聞の上には、私が生まれる数年前の西暦と、4月と書かれていた。こうやって日付を確認すると、本当にタイムスリップしてしまったのだと実感した。

 新聞を戻すと、私の目先にはレジの所に置かれていたアメリカンドッグやコロッケの方を向いていた。


 アメリカンドッグは、周りの生地が甘くて、中にはウインナーが入っている食べ物。コロッケは、ジャガイモを蒸かした物に衣をつけて揚げてあり、ほくほくとした食感がある。何気ない食べ物でも、今の状態で食べたら凄く美味しいんだろうな……。


「……100円」


 こんなに近く、目の前にあるのに、私はお金を持っていない。お金と言う壁があって、私には永久的に手に入ることが出来ない物だと悟った。

 ただの水でさえも、100円で売っている。入った時は、あんなにキラキラしていたのに、現実を知ると一気に裕福な人しか通えない、高級のレストランのように見え、私はコンビニを出る事にした。




 アメリカンドッグやコロッケを見たせいで、尚更お腹が減ってしまい、更に体力が奪われ、足はがくがくになって、次第に目眩もしてきていた。コンビニのトイレで自分の顔を見たら、頬はやせこけ、顔色も白かった。


「……もう、無理」


 フラフラになって、さっき休んでいた公園に戻ろうとしたが、もう体力は限界だった。白い壁の一軒家の前に立ち止まって、玄関の前にあった階段に崩れるように座った。

 家の人が帰ってきたら、何て言い訳をしよう……。未来からやって来て、一文無しなので、泊めてくださいと言って、泊めてくれるだろうか……。

 もういいや。この家の人が帰って来てから、考えることにしよう……。




「……あ、あの」


 肩を揺さぶられたので、私は目を覚ますと、銀髪に肩にかからないぐらいのショートカットの女の子が戸惑うように、私の肩を揺すっていた。

 小柄な可愛らしい女の子だ。ヒューマンキラーではなく、どう見ても普通の人間の女の子だ。


「……どこか、体調が悪いのですか?」

「……た、た……た」


 もう話す力も無いのか、思うように言葉が出なかった。


「……た、助けて」


 ヒューマンキラー以外に話しかけられたことにほっとしたのか、その一言だけ言うと、私は力が抜けて再び気を失った。


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