かつて悪魔を従えていた魔王
林間学校が終わって、数日後。私は何も起きない、平穏な日々を過ごしていた。
朝は美夢に起こされて、寝ぼけながら美夢が作った朝食を食べて、寝ぼけながら美夢に髪を解いてもらっていると、ようやく目が覚める。自分でサイドアップの髪形を作って、そして制服に着替える。
日中は学校生活。あの日以降、勉強などしていないし、私が習っていたところと大分範囲が違う。休み時間などに、美夢や風香に勉強を教えてもらい、何とか授業について行くことが出来ている。
「何よりも、この時間が幸せだよ~」
そして放課後。部活動には参加していない私たちは、学校帰りにアイスを買って、それをコンビニの外で食べることが、何よりもの楽しみになっていた。
「美夢はいいの?」
「私は、美花さんの幸せそうな顔を見ているだけで満足ですから」
花菜も同行していて、花菜は自分で買ったアイスを食べながら、私がアイスを食べている光景を見ている美夢にそう聞いていた。もしかして遠慮しているのだろうか。
「遠慮していません。毎日勉強を頑張っている美花さんへのご褒美だと思って――」
美夢がそう話している最中、急に美夢は顔を俯いて、黙り込んだ。
「どうしたの? 美夢――」
美夢の様子がおかしいので、私は様子を伺うと、花菜に手で口を塞がれた。
「平穏な日々を過ごしたいなら、今は黙って」
いつもボーっとしている花菜も、今は少し強張った表情をしていて、息を殺していたので、私も息を殺して何か分からない恐怖が去る事を待つことにした。
「コンビニにマニキュアなんて売ってたっけ?」
「コンビニだから、何でも売ってるでしょ」
3人の女子たちが、コンビニの中に入って行くと、花菜がようやく手を離した。どうやら、今の女子たちに絡まれないように、じっとしていたみたいだ。
「せっかく晴れていますから、須和川の河川敷で食べましょう」
美夢は微笑んでいるが、手足が震えている。何か、まだ私に話していない出来事があるみたいだけど、深く聞かないことにして、河川敷に移動する事にした。
「やっぱり、あれは田上だよね?」
花菜は美夢にそう尋ねると、外は温かいはずなのに、寒そうに体を震わせていた。
「……そうです。……あのつり目。……間違いなく田上です」
私は学校の授業と同じぐらいに話について行けない。なので、アイスを口に含みながら首を傾げていると、花菜が説明してくれた。
「簡単に言えば、美夢の元主みたいな? あの頃の美夢を従えて、この一帯を治めていた福居のヤバイ女子かな」
花菜の説明を聞くと、私も少し怖くなった。あの頃の美夢を従え、そして暴力でこの一帯を治めていた女子。さっき見た感じだと、どこにでもいるギャルみたいな感じの人だった。そんな人が、この辺りを治めているなんて、想像できない。
「それは数年前の話だからね~。今は平和だし、美夢が引退したら、一気に田上の力が弱くなったから、そんな急に争いに巻き込まれることは無いと思うけど……」
「……私の顔を見たら、また私を利用すると思います」
美夢はがくがくと震えている。私が慰めるべきなのか。けど、下手に大丈夫と言っても、美夢は安心しない。けど、こうやって立っているだけでは、美夢の恐怖心は和らぐことは無い。何か実行しないといけないと思っていた時だった。
「怖い?」
私たちに声をかけてきたのは、さっきコンビニですれ違ったあの少女たち、田上さんたちだった。もしかして、美夢の事をちゃんと気づいていて、私たちを追いかけてきたのだろうか。
「あまり面影が無かったから、気が付かなったけど、この女が名前を言ったから、白川と再会出来た。お礼を言うわ」
私が空気を読まずに、美夢の名前を言ってしまったから、美夢の存在が田上さんに知られてしまった。軽率な行動をとった、さっきの私を思いっきりビンタしたい。
「田上。この茶髪の女……」
田上さんの横にいた女子が、ポケットから取り出した紙切れを田上さんに見つけていた。その紙切れを見た後、田上さんは私をじっと見ていた。
「行方不明になっていた白川と再会できてラッキーだと思っていたら、まさか一緒に行動していたなんて。今日、私ツイてる。中川」
「拉致ればいいんだろ?」
田上さんが大人しくなったとしても、まだ裏では何か良くない事をしているらしい。急に不穏な空気になったので、私はいつでも指輪の力を使えるように、指先に念を込めようとしたが。
「抵抗すんなよ」
人間ではないような俊敏な動きを見せた女子は、いつの間にか私の首を掴んで、思いっきり絞めてきた。
「何……するの……!」
このままでは喉が潰される。殺される前に、私は指輪からスティック状に変えて、女子の横腹を思いっきり叩きつけた。
「力無さすぎ」
女子は、全く私の攻撃を食らっていない。防具とか付けている様子は無いので、本当に私の力が無いのか、それともこの女子が硬すぎるのか。
「がっ!」
女子は、私の首を持ったまま、地面に叩きつけた。
「死にたくないだろ? 大人しくしていれば、泣かせるだけで許してやるよ」
少女からは、本当に私を殺そうとしている殺意を感じる。スティックの威力が弱いなら、少し痛い思いをさせないといけないらしい。
「手を……離して……」
スティックから指輪に戻して、そして刀から短剣に変化させて、首元に短剣を突きつけると。
「その剣で刺してみろよ。そのちんちくりんな剣で首を掻き切ってみろよ」
この女子からは、短剣で刺される恐怖心が感じられない。死を恐れていない、人間ではない、違う生物だと思ってしまった。
「それは……脅しのつもり……?」
首は斬らなかったが、私は腕を斬りつけると、皮膚までは切れなかったが、女子が着ていた服は、ぱっかりと切れた。
「マジでやるのかよ……!」
本当にやるとは思わなかったようで、私を解放して、そして田上さんの所に戻った。
「ナイフぐらいで何ビビってんの?」
「あいつはヘタレだって聞いていたから、マジで攻撃してくる――」
田上さんは、例え仲間の女子でも、首がそのまま回転しそうなぐらいの本気のビンタをしていた。
「あんたらがヘタレだから、白川が失踪したのよ。白川、この女を差し出せば、今までの事は無かったことにして、すぐにあんたを私の傍に置いてあげる。どうする?」
「……あなたがやっている事が愚かだと、いつ気付くんですか?」
美夢は、がくがくと震えながらも、田上に立ち向かった。
「私に歯向かう?」
「もう私は、貴方の主人でも、道具でもありません。私は普通の女子高生として過ごしています。貴方のバカらしい遊びには、付き合っている暇はありません」
美夢の言葉を聞いた田上さんは、美夢が従わない事をつまらなく思ったのか、唾を美夢の顔に吐き捨ててから、仲間の女子たちとどこかに行ってしまった。
「弱気になってごめんなさい……。美花さん、大丈夫ですか?」
「私は平気」
首は少し痛むけど、大した外傷は無い。今回は大事な争いにならなくてよかったと思っている。
「あれで諦める人ではありません。私を狙う事は分かりますが、どうして美花さんも狙うのでしょう?」
「……あいつらの仕業かもしれない」
私は嫌な予感しかしない。それはヒューマンキラーが絡んでいる事だ。ヒューマンキラーが田上さんたちを雇って、私を未来に連れ帰る作戦でも実行しているのかもしれない。
そうなると、あの風香の家で飼われているヒューマンキラーが言っていた、ポンスの作戦なのだろう。ヒューマンキラーが人を信頼して、人間を兵士として使う事はありえない。けど、私を捕獲しようとしているのなら、その可能性も否定できない。
「美夢。お願いがあるんだけど……」
「何ですか?」
「私と真剣勝負して」
私のお願いに、美夢だけではなく、花菜も驚いた顔をしていた。