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エンケとの戦い後……

 

「……」


 目を覚ますと、そこは私たちが宿泊している部屋の天井が広がっていた。どうやら、私はあのエンケの戦いを切り抜けることが出来たようだ。


「……今は、何時――痛っ!」


 窓からは日差しが入り込んでいた。昼なのは間違いないけど、正確な時間を確認しよう時計を探そうとしたら、体中に激しい痛みが走った。体を動かすことする困難な、重傷を負っているようだ。


「現在は、14時半でしょうか」


 そう教えてくれたのは、私と同じく布団に入って寝込んでいる風香だった。ものすごく退屈そうに、自分のスマホの画面を眺めていた。


「……おはよう」

「はい。おはようございます」


 風香は、私に背中を向けていた。そしてどこか突き放すような言い方、いつものやんわりとした雰囲気が、今は冷たく感じた。


「お加減はどうですか?」

「……体中が痛い」

「それは、私も一緒です」


 風香は、一向に私と顔を合わせようとしない。もしやと思い、私は風香に聞いてみた。


「……怒ってる?」

「はい。怒っています」


 あんなに温厚な風香が怒っている。そう聞いて、私は布団の中に潜り込んだ。いつもニコニコしている人の方が、怒るとすごく怖いのはよくある事だ。


「黙って出て行って、一人で戦いに挑んだこと。白川様が戻ってきたら、後でお説教タイムですからね~」


 美夢と風香のお説教か……。とっても長くなりそうだ。


「……美夢は?」

「軽傷の白川様、青空様は、校外活動に参加しています。重傷の華原様、そして私はこうやって安静に寝ているわけです」


 風香も私と同じく重傷のようだ。早く指輪の力を使って、治した方がいいかもしれない。


「風香。指輪の力を使って治すよ」

「私には結構です。お腹に痣が出来ていて、歩く、それとこうやって話すとすごく痛いだけですから。華原様の治癒にすべてお使いください。人ってこんなに血が入っているのかと思うぐらいの血が出ていましたから」


 そんな死んでもおかしくない状態だったのに、どうして私は生きているのだろうか。そんな疑問をいつも思いながら、私は指輪の力を使って、傷口を治していった。


「一つ、お尋ねしてもいいですか?」

「いいよ」

「あれだけ傷だらけになっても、あれだけ怖い思いをしても、どうして華原様は、再び立ち向かおうと思えるのですか?」


 毎回、ヒューマンキラーと戦うのはとっても怖いし、怪我をするのも嫌だと思っている。そんな思いをしながらも、私はずっとヒューマンキラーに抗い続けている。


「守る人がいるからかな?」


 以前は、私と同じ境遇の人を増やしたくないと思いながら、世界中の人を一人でも多く守ろうと思い戦っていた。特定の人はいなく、漠然とした目標を掲げて戦っていた。


「今は美夢、花菜、そして風香という大切な仲間がいる。風香たち、友達を私の手で守りたい。狙われているのは私だけど、守られてばかりじゃだめだと思って、今はちゃんとした目標があるから、何度でも立ち上がれるんだ」


 そう言うと、風香はようやく私の方を向いた。


「貴方様がそう言ってくれるから、私は、華原様を守りたいと改めて決心できるのですよ」


 風香は自分の身内に接するような、美夢とは違った柔らかな微笑みを浮かべていた。




 夕方になると、美夢と花菜が部屋に戻って来た。

 美夢は私が目を覚ましたことを嬉しく思ったのか、私が起き上がっている姿を見ると、すぐに飛びついてきて、私の胸の中で泣いていた。その後、私は美夢と風香にお説教された。

 お説教された後は、昨日出来なかった事をした。みんなで囲んでトランプ。そしてこう言ったお泊りに定番の恋バナ。ちょっとだけ夜更かしをして、花菜がこっそり持ってきたお菓子を少しだけ食べて、夜が明けた。


「華原様。以前、私の家で研究として捕獲したヒューマンキラー様を覚えていますか?」


 三日目の日程は学校に帰るだけ。朝から荷物を整理していると、壁に寄りかかって安静にしている風香にそう聞かれた。


「あの屋上の時に風香が捕まえたヒューマンキラーだよね?」

「もちろん~。あのヒューマンキラー様が、どうしても華原様にお伝えしたいことがあると言うので、解散した後、ちょっとだけお付き合い出来ますでしょうか?」


 ヒューマンキラーが、私に言いたいことある? 今更になって、エンケが私を襲撃しようとしているとか言わないだろうか。


「もちろん」


 どんなことを言われるのかは分からない。例え、風香の家で捕獲していて大人しくなっているとしても、決して油断せず、警戒して会うしかないようだ。




 校外学習の日程はすべて終了。今回の校外学習をレポートに書いて提出と言う宿題を話してから、私たち生徒は解散になった。


「お~! 久しぶりだな、40番~」


 私は目を疑った。

 解散後、風香の家の車に乗せられて、美夢と共に福居市の市街地から離れた風香の家に向かった。家で監禁して大丈夫なのかと不安を抱きながら、ヒューマンキラーがいると言う部屋に入ると、普通の来客のような扱いを受けているあのヒューマンキラーの姿があった。自堕落にお菓子を食べて、大きなベッドの上で寝転がっている姿だった。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ~。もうこの方は、私たち人に敵意を持っていません。どうやら、私たちの文化に興味を持ったようですよ~」


 本当なのだろうか。人を絶滅させる事しか考えていないイメージしかないヒューマンキラー。わざとそういう演技をして、後で私たちを襲うとかしないだろうか。


「それで、私に言いたいことって?」


 一時も警戒心を緩めることなく、お菓子を食べているヒューマンキラーに尋ねてみると。


「話は聞いたぜ。エンケ様にズタボロにされたってな」

「何? それはめでたいとか言いたいの?」

「そういう訳じゃないぞ。僕もエンケ様にはあまり好意的ではない。そんで、40番は腕を切り落としたなんて、スゲー事だぞ? もう少し喜べよ、僕は嬉しくてたまんないぞ」


 そんな話、私は初耳だ。私は、美夢に何とか逃げ切って、助かったとしか聞いていない。もしかして、あの指輪の最終手段の時に無意識にやったのだろうか。


「けど、浮かれている暇はないぞ。ポンスが動き始めている」


 ポンス。それは、ハレー1世が統括する八幹部の一人だったはず。直接関わった事、戦ったこともない。


「テンペル殺したのは、紛れもない40番の仕業だよな? 妹を殺された恨みで、コツコツと作戦を立てて、そしてそろそろ実行するって噂だぞ。エンケの腕を落とした奴が、エンケよりも弱いポンスに討ち取られないように、これから気を付けるんだぞ」

「何で、私に味方するの?」


 こんなヒューマンキラーにとって得にもならない事を、どうしてこのヒューマンキラーは教えてくれるのだろうか。


「お前が捕まったら、僕たちはこの世界に来る意味はなくなる。いやさ、僕みたいな下層のハレー族だと、超絶ブラックな仕事を押し付けられるんだよな。このまま人間の食べ物食って、適当に答えている生活を、僕は選ぶぞ」


 こんな話をするという事は、本当にもうヒューマンキラーとしての活動をやめたのだろうか。活動していたら、わざわざポンスの計画を教えるだろうか……?


「安心してください。もし変な行動を見せたら、私が容赦しませんので……」


 風香がヒューマンキラーに握りこぶしを見せつけると、このヒューマンキラーは一気に青ざめた顔をした。この様子なら、急に私たちを襲うという事はなさそうだ。


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