エンケとの戦い5
ヘイナは、美花たちが泊まっている宿泊所に向かいながら、美夢たちを避難させようとしていた。
「一旦、休憩しよっか」
エンケの足音が聞こえなくなると、ヘイナは特に身を潜めるような場所がない、高い木に覆われた場所で立ち止まった。
「美花と仲良くしてくれて、ありがとう」
ヘイナは美夢たちにお礼の言葉を言って、頭を下げた。
「あ、ああっ! 私の紹介がまだだったね……。私は――」
「ヘイナ・クリスティーンさんですよね?」
美夢が自分の名前を知っていたのが意外だったのか、ヘイナは目を丸くしていた。
「前に話してくれたんです。美花さんの大切なお友達だって、嬉しそうに語ってくれました」
「そ、そうなんだ~。美花の事だから悲しくなるって言って、話していないと思っていたよ~」
ヘイナは小さい頃の美花を知っている。弱虫で泣き虫。そんな繊細な心を持つ美花が、亡くなったと思い込んでいる自身の事を話しているとは思っていなかった。
「けど、この指輪の事は聞いていない感じ?」
「は、はい。指輪が色んな武器になるのは知っています……」
「それだけじゃないんだよね~」
ヘイナは、美花が身に着けている指輪について知っていた。何せ、美花が指輪の練習に付き合っていたので、どんな武器になるのか、そしてこのルビーの指輪についての注意点の事も。
「このルビーの指輪は、絶対に左の中指に嵌めちゃダメ。嵌めると大変な事になるって、おばさんから注意されていたはずなのに……」
そう美夢たちに説明して、ヘイナはおんぶして気を失っている美花の指輪を、元の位置、右手の中指に嵌め直した。
「それで、誰が一番美花と親交あるの?」
「わ、私です……」
自分とは真逆の性格、真逆の見た目。そんな美夢とどうして仲良くなれたのか、ヘイナは興味津々だった。
「あなたと美花の馴れ初めを教えてほしいな」
「はっきりと覚えています。痩せこけて、服は破れて、そして汚れていて、そんな姿で私の家の玄関前に座り込んでいました。そして私が起こすと、ほっとした表情をしていた事が印象的です……」
「やっぱり相変わらずだね……」
そんな話を聞いて、どこかほっとしているヘイナがいた。ずっと会えない間、美花は変わってしまったのかと思ったが、何も変わっていない美花に、ヘイナは安心した。
「お名前は?」
「し、白川美夢です……」
頬を少し赤らめて、ヘイナに頭を下げる美夢。
「そして美花ちゃんの友達A、青空花菜。ノックアウト寸前のこの子は、美花ちゃんの友達Bで、フウちゃん」
そして花菜たちもヘイナに自己紹介をしていた。
「……黄森風香です」
「ああっ! 無理しないで~」
風香は花菜の手を借りずに、フラフラでお辞儀しようとしたが、もう力が入らず、すぐに座り込んでしまい、かえってヘイナを心配させていた。
「白川さん。私からのお願いがあるの」
花菜が再び風香の肩を貸して、起き上がらせる事を見届けた後、ヘイナは美夢と面向かって話しかけた。
「は、はい……。何でしょうか……?」
もしかすると、このまま未来に戻って、ヘイナと美花で共にヒューマンキラーに立ち向かうと言い出すのかと思い、美夢は固唾を飲んだ。
「このまま、美花の事をお願いできる?」
にこっと美夢に微笑みかけた後、ヘイナはおぶっている美花の頭を優しく撫で始めた。
「美花はとっても臆病で泣き虫。誰かが傍にいた方が、美花も安心して暮らせると思うの。美花にはこれ以上辛い想いはさせてくない。このまま平和な生活を送らせてほしいんだ」
ヘイナは自分の気持ちを美夢たちに伝えると、おんぶしていた美花を地面に優しく寝かせた後、ヘイナは美夢たちがいる背後の方を歩き始めた。
「美花の事、お願いするね」
そう言って、ヘイナは突如暗闇から現れたエンケの攻撃を受け止めた。
「42番か。そこをどけ」
「私は42番じゃない。ちゃんと、親から貰った名前があるの」
「どかないなら、貴様共々を殺すまでだ」
ヘイナは、幼き美花を守るために自分で護身術を身に着け、そして護身術を利用した技で、各地のヒューマンキラーを倒して美花を探していた。ヒューマンキラーに対抗できる、スキルを身に着けていた。
「どけ」
「うっ……」
だが、ハレー族の中で最強クラスの強さを持つエンケの前では、力の差が出始めていた。
腕で攻撃を受け止める度に、骨からパキッと音が鳴り、そして血管も悲鳴を上げて、血が噴き出していた。
「……美花は、このままこの世界で暮らす。……けど私とエンケは、元の世界に戻るのっ!」
咄嗟にエンケの懐に手伸ばし、エンケの服の中から小さな球体を取り出すと、エンケの渾身のパンチを腹部に受けて、ヘイナは殴り飛ばされて、大木にぶつかった。
「……けほっ」
体の底からこみ上げてくる血を抑えられず、ヘイナは血を地面に吐き出した。
「だ、大丈夫ですか?」
「……あと何発受けたら、流石に危ないかも」
心配して駆け寄った美夢に、ヘイナは心配させないと、苦し紛れの作り笑いをした。
「……白川さんに、もう一つお願いがあるの」
ヘイナは美夢にもう一つのお願いをしようとした。それはエンケから奪い取った小さな球体を使った作戦だった。
「……これ、試作品のタイムマシンなの」
エンケたちは、この小さな球体でこの世界にやって来て、そして美花を捕獲したら、この小さな球体のタイムマシンで、戻る予定だった。
「……エンケの背後に向かって、私はこの小さなタイムマシンを投げる。……それで、私はエンケを抑え込んで、元の世界に戻る」
「……ヘイナさんは、残らないって事ですか?」
「……だから、白川さんには私の代わりをお願いできるかな? ……落ち込んだら励ましてあげて、美花が遊びたがっていたら遊んで、美花が笑っていたら、一緒に笑い合ってあげて」
ヘイナは、美花の事が心配で仕方なかった。けど、この場を切り抜けるには、唯一戦闘が出来るヘイナの犠牲が無いと出来ないと思い、ヘイナはそう美夢にお願いした。
「ヘイナさんも、私と約束してください。また、この世界に戻って、美花さんと接してあげてください」
「……うん」
美夢とヘイナは互いに約束して、そしてヘイナは立ち上がって、美花の方に近づこうとしているエンケの前に立ちはだかった。
「エンケ。私と一緒に戻ろうよ」
「それは40番を連れてからだ。42番、そこをどけ」
「我儘な上司は、部下に嫌われちゃうよ……!」
そしてヘイナはエンケの顎を蹴り上げ、エンケの体は宙に浮くと、ヘイナはすぐにタイムマシンを地面に投げつけた。
「たまには、部下のお願いも聞いてね?」
「42番ーーーっ!!」
ヘイナとエンケの足下には、大きな穴が開き、そして徐々にヘイナとエンケは地面に出来たタイムホールに吸い込まれて行った。
「……ヘイナ?」
もう心残りは無い。そう思って、改めて美花の方を見ると、美花は気を取り戻して起き上がり、タイムホールに吸い込まれるヘイナを見ていた。
ヘイナは、ここで美花と会話をするか悩んだ。
またね。
すぐに戻って来るよ。
そんな言葉が頭の中に浮かんだが、ヘイナが取った行動は、美花を見るのを止めて、一言も交わす事無く、エンケと共にタイムホールに吸い込まれていき、ヘイナたちは元の世界に戻っていった。
負傷者は出てしまったもの、犠牲者が出る事は無かった。美花がエンケの手によって、元の世界に戻される事は無かった。
だが、それはヘイナの功績があったからこそであり、残された美花たちは、どこかスッキリしない感じで、今回の戦いは幕を閉じた。