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エンケとの戦い4

 美夢は、指輪をはめ直した後の美花の姿を異様に感じていた。

 美花は、いつも身に着けている指輪を右の中指から、左の中指に身に着けたと思うと、急に痛み出して倒れたと思ったら、急に立ち上がった。

 まだ体中は傷だらけ。さっきまで立つのが困難だったはずなのに、すんなりと立ち上がり、指輪から長刀に変えて、エンケに接近していた。


「……」


 無言のままエンケに立ち向かうと思うと、急に美夢たちの方に向いた。


「ふ、伏せてください!」


 美夢は、美花の異様な雰囲気を察して、花菜と風香に地面に伏せるように促すと、美花は長刀を美夢たちに横に一閃した。


「……か、華原様?」


 いつも無邪気で、純粋無垢な美花に親しみを持っていた風香は、今の美花の行動に驚きを隠せなかった。

 美花は、守るべきはずの美夢たちに攻撃をした。美夢の咄嗟の判断により、みんなは地面に伏せていたので、誰も傷つく事は無かったが、美夢たちの背後にあった大木は、土埃と重い音を立てて倒れた。


「おー。これを食らったら、私たちは真っ二つだね」


 大木は、小さな切り株になった、きれいな切れ目を見た花菜は、おかしくもないのに笑うことしか出来なかった。


「同士討ちか。いいだろう、気が済むまで、俺は待って――」


 だが美花は、美夢たちに攻撃したすぐに目標を変えて、エンケの腕を槍で貫いていた。


「……」


 マシンガンのような速さで、美花は槍でエンケの体中を突き刺し、ハチの巣みたいに穴だらけにした。


「……」


 エンケの血で体中が真っ赤になっても、美花の攻撃は止めない。ハチの巣になったエンケを追撃しようと、更にスティック状にして、エンケの脳天を叩きつけて、地面に倒れて動かなくなった後でも、美花は再び槍の状態にして、エンケの首を一突き。そして首に槍を突き刺したまま、エンケを持ち上げた。


「……」


 ピクリとも動かないエンケの姿をじっと見た後、美花は近くの木にエンケごと突き刺した。


「うっ……」


 風香は武術に秀でているとしても、実戦の経験はない。このような血生臭い勝負に抵抗が無く、エンケの肉片や、血まみれのエンケの姿を見て、風香はたまらず吐いてしまった。


「大丈夫ですか……?」

「……白川様こそ、大丈夫なんですか?」


『白い悪魔』と恐れられていた美夢にとっては、血まみれの光景は見慣れていて、平然と美花の様子を見ていた。


「平気ですが……」


 そして喧嘩慣れしている美夢は、美花の只ならぬ気配を感じて、動けない風香を抱えて、近くの茂み隠れ込んだ。そしてさっきまで美夢たちがいた場所には、美花が突き刺した槍が刺さっていた。


「……私が、美花さんを止めます」


 美花が暴走する前に、美花は美夢にお願いしていた。


『……もし私が、みんなに危険な目に会わせようとしていたら、美夢は私を止めてくれる?』


 その事が、今の事を暗示していた物だと分かった美夢は、暴走する美花から逃げ回るのではなく、美花の暴走を止めないといけないと思い、風香を花菜に託して、槍を持って近寄って来る美花の前に、美夢が立ち向かった。


「……私の事、分かりますか?」

「……」


 無表情で、美花は美夢に攻撃を仕掛け、美夢の腹部に槍を突き刺そうとしてきた。


「……私は、もう逃げません」


 言葉の通り、美花は逃げる事無く、腹部に槍が貫通する覚悟で、美花に接近しようとした時だった。


「……クソがっ!」


 体中が穴らだけでも、エンケは普通に動き、美花を渾身の蹴りで蹴飛ばし、近くの大木に激突していたが、すぐに復帰し、エンケに斬りかかった。


「貴様の攻撃は、もう見切った」


 さっきまで避けられなかったはずのエンケだが、今度は全ての攻撃を避けて、ほんの一瞬に出来た隙を狙い、エンケは美花の弱点である、腹部を思いっきり殴りつけた。


「……かはっ」


 そこから美花の動きは急に遅くなり、先程の狂戦士のような姿は消えつつあった。エンケは、先程の攻撃された事が悔しく思い、怒りを力の糧にし、手加減もなく美花の身体中に、鉛玉のような拳が美花の体を襲った。


「どうしてこんな奴が、ダレストとテンペルに勝てたのか疑問だったが、ようやく理解した」


 美花への攻撃をやめ、そしてエンケは右の拳に力を込めて。


「だが、その実力では、俺には到底勝てない」


 美花の弱点である腹部を思いっきり殴った。そして殴り飛ばされた美花は、しばらく低空飛行し、そしてドサリと土埃を立てて、地面に倒れた。


「み、美花さん――」

「近づくと、殺すぞ」


 ただ見ることしかできなかった美夢は、血に染まって動かなかくなった美花を介抱しようとしたが、エンケは美夢を鋭く睨み、美夢の硬直させた。


「40番がつけたこの傷は、暫くすれば自然と回復する。つまり、こいつがやった事は無駄だ」


 エンケの言葉は、ハッタリではない。美夢は目を疑っていた。エンケの言葉通り、美花が身体中に開けた穴は、みるみると小さくなり、そして無傷に近い状態に戻っていた。


「死にたくないのなら、そこから動くな。黙って、40番が帰るのを見届けろ」


 美花を助けたい。だが、ここで動いたら本当にエンケは美夢たちを殺す。今まで体験した事ないような、恐怖心が勝ってしまい、美夢たちは動くことは出来なかった。


「手こずらせやがって」


 すでに勝利を確信しているエンケは、懐から葉巻を取り出し、一服しようとした瞬間だった。


「……っ!」


 さっきまで全く動けなかった美花が、とっさにエンケの前に立ちはだかり、そして葉巻を持っていた右腕を剣で切り落とした。


「……ははっ」


 口角を緩め、満更でもない表情をしたまま、美花は膝から倒れ、エンケの前で力尽きた。


「……どうして人間という生物は、俺をこうイラつかせるのか」


 流石のハレー族でも、右腕を切り落とされてしまったら、もちろん致命傷になり、自然回復する事は無理になる。再び腕をくっつけるには、元の世界に戻り、回復液に浸からないと回復は不可能。そして切り離された腕も回復するのに必須となる。


 動かなくなった美花は後回しにしてから、早くエンケ自身の腕を回収しようと、拾い上げようとすると。


「42番。ご苦労」


 エンケより先に拾ったのは、今では42番と言われている、美花の親友のヘイナだった。


「早く渡せ」

「……」

「どうした? 聞こえなかったのか――」


 42番は、主人であるエンケの命令を無視して、エンケの腕を地面に落として、それを思いっきり踏み潰した。


「……ずっと役を演じるのは、大変だったよ」


 42番、ヘイナは洗脳されていなかった。ずっと自我を保ち、反撃する機会を伺っていたのだった。


「いつかバレるだろう思っていたけど、まさかこの時まで気付かないなんて。小さい時の演劇でも、棒読みって定評で、大根役者の私の演技に騙されるなんて、力はあっても、演技を見抜く力は無い――」

「き、貴様らーーっ‼︎」

「どこ狙ってるの?」


 完全にキレたエンケは、ヘイナに攻撃を仕掛けたが、ヘイナは攻撃される事を読んでいたので、すぐに倒れている美花を回収して、避けた。


「べーっ」


 怖いもの知らずのヘイナは、キレているエンケに舌を出し、そしてあっかんベーをしてから、立ち尽くしている美夢のそばに行った。


「そんなところに立っていると、エンケに殺されるよ? 今は一旦身を引こうよ。私について来て」

「は、はい……。あ、花菜さんたちも……」

「分かってる。みんなでエンケと鬼ごっこだから、捕まらないように、死ぬ気で走ってね」


 さっきまで敵だったはずの人が、美花を助け、そして美夢たちも助けようとしてくれている。そんな展開があるのかと、目まぐるしく変わる状況に、美夢の頭はついていけず、ただ単にヘイナの意見に従うことにした。


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