エンケとの戦い3
42番と呼ばれた彼女の名は、ヘイナ・クリスティーン。長くてシルクのような、さらさらとしたきれいな金髪、そして碧眼の彼女は、私の前の世界では友達だった。
ヒューマンキラーが日本を占領し、生き残った日本人が日本国外に追放されると、日本人を受け入れる事になった町は、日本人は疫病神として嫌った。
『日本人が来たら、この町が狙われるんじゃないのか?』
『日本人に関わると、ヒューマンキラーが夜な夜な殺しにやって来る』
最初は日本のピンチだと世界中の国が武力行使でヒューマンキラーに立ち向かったが、歯が立たないと分かると、世界中の人は日本人を見捨てた。一度どころか、二度も私たちを見捨てる事を選んでいた。地獄のような生活から、ようやく平穏な生活が戻るかと思った矢先に、心身ともに疲れさせるような空気が出来てしまい、私たち日本人に更なる大きな傷を作った。
世界中、世間がそのような態度を取る中でも、小さな少女、ヘイナだけは違った。ヘイナが日本人だと知っても、私と仲良くなろうと一緒に遊んだり、一緒にご飯を食べたりと、どこでもいるような友達の関係になっていた。
しかし、あの悲劇の日にヘイナは殺された。
ヒューマンキラーに襲われそうになっていた私を逃がすために、ヘイナはヒューマンキラーに立ち向かっていた。私がこうやって生きているのは、あの時のヘイナの行動があったからだ。
「……どうして、ヘイナがいるの」
暗闇で、意識は朦朧としている中でも、蝋人形のように立ったまま動かないヘイナの姿は確認できた。私はそう尋ねると、エンケはニヤリと口元を緩めていた。
「知り合いだったなら、俺もこいつを実験人間にして正解だ。貴様が逃げだす数日前に、別の実験のために42番を捕獲した」
「……何の実験」
「貴様も分かり切っているだろう。俺たちハレー族の負担を軽減するために、一種の兵器として開発した。戦闘力も、普通の人間の何倍も強化されている。興味があるなら、42番と戦ってみるか?」
こんな状態でヘイナを救う事は出来ないだろう。本当に何倍も力が強化されているなら、瀕死に近い私が勝てるはずがない。みんなも傷つき、ここはヘイナを戦う事を諦めて、一旦退いた方がいいかもしれない。
「ほう。人間の同士討ちとは、面白くなってきたな」
「……はぁ。……はぁ」
指輪からスティック状に変えて、杖が代わりにして立ち上がった。この光景を見て、エンケはヘイナと戦うと思ったのか、興味深そうに私の行動を見ていた。
「……」
「……ヘイナ」
エンケが命令をしたら、すぐにでもヘイナは私に攻撃してくるだろう。あの頃の優しいヘイナは、もういないのだろうか。
「……残念だけど、私は人殺しじゃないから」
スティック状からすぐに指輪に戻し、再び指輪に強く念を込める。そして雷でも近くに落ちたような、強烈な光を指輪から放ち、エンケたちの目を眩ませた。
「くっ……」
エンケ、ヘイナの目を眩ませる事に成功し、私たちは逃げる隙が出来た。早く美夢たちと非難することにした。
「……美夢……花菜……風香」
すぐに指輪を腹部に当てて、腹部の怪我を治しながら、まずは近くにいた美夢の手を掴んだ。
「……美夢。……逃げるよ」
「……み、美花さんですか?」
「……うん」
手加減無しで、強力な光を放ったので、敵味方関係なく、目を眩ませてしまった。当然、美夢の目を眩ませてしまったので、私の事が見えていないはずだ。
「今のは、美花ちゃんの仕業?」
「……花菜。……平気?」
「まあね。ちょうど欠伸していて、目を閉じていたかねー」
花菜が無事なら、風香を担いで逃げることは出来るだろう。
「風香をお願いできる?」
「あいよー」
状況を理解した花菜は、私と同じぐらいボロボロの風香に肩を貸していて、私と合流した。
「……逃げるよ」
私は、まだ視界が回復していない美夢に私の肩を貸しながら、花菜と風香と共に一旦森林の方に向かった。宿泊所に戻ったら、更なる犠牲者を増やしてしまうかもしれないと思い、真逆の方に身を隠す事にした。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
指輪の力を使うのもかなりの体力がいる。強烈な光を放ってから、美夢に肩を貸しながら走っていたので、私は更に体力を消耗し、何かに寄りかからないと、体がしんどかったので、近くの木に寄りかかった。もうしばらく、ここから一歩も動けそうにない。
「……これから……どうしましょうか」
少し押しただけで倒れてしまいそうな風香の問いかけに、私はどう返答しようか悩んだ。
私、美夢、花菜は辛うじて立ち向かえるかもしれない。けど、もう風香は戦う体力は残っていない。エンケが相手となると、私たちでは全く歯が立たない相手だ。
「……美夢。……もし私が、みんなに危険な目に会わせようとしたら、美夢は私を止めてくれる?」
「……どう言う事ですか?」
このまま戦っていれば、私は血まみれになって、元の世界に戻される未来しか見えない。けど、この修羅場に切り抜ける方法が、たった一つだけある。
「最後の賭けで、私はエンケに立ち向かう」
そう話した時、私たちが身を潜めている場所に近づく足音が聞こえ、私はすぐに身構えた。もう少し、休んでいればい良かったのに……!
「40番。貴様は、本当に小賢しい真似をしてくれる」
視力が回復したのか、私たちの前には再びエンケがヘイナを引き連れて現れた。エンケは顔をしかめて、今にも襲いかかって来そうだった。
「このまま生け捕りにするのは、俺の気が済まない。貴様が、あの檻の中にいた頃のような姿になるまで、遊んでやろうか」
私は木に寄りかかりながら立ち上がり、キッとエンケの方を睨んだ。
「これで40番と遊ぶのは、最後だ」
「……そうね」
私がずっと身に着けているルビーの指輪。
持ち主の想いに反応し、色んな武器に変化することが出来るし、光を放つことも出来て、怪我も治すことも出来る。
万能な武器だけど、一歩使い方を間違えば、それは便利な道具から、恐ろしい凶器にもなる。
「これで、あんたを倒す」
私は、右の中指に着けている指輪を外し、それを反対の左の中指にはめた。
「あがっ……!」
左の中指から、強い電気が流されたような強い痛みを感じ、地面に膝を着かせてしまった。
「自滅したか」
「……わ、笑っていられるのは……今のうち」
この佳境が嫌になり、自分から命を絶つわけではない。これもエンケを倒すためだ。
「雰囲気が変わったか」
痛みを感じなくなると、頭がぼーっとし始めて、徐々に気が遠くなっていった。
『前の敵を憎め』
その言葉が、頭の中から聞こえた後、何かのスイッチが入ったように、周りの音、周辺の景色は見えなくなった。
「……2匹」
ただ見えるのは、前に人型の生き物がいると言う事。それも2匹。
「……3匹」
背後から気配がすると思ったら、背後にも3匹の人型の生き物がいる。恐らく、私の敵のヒューマンキラー。隙を狙って、襲いに来るだろう。
まず、目の前に移る2匹の生き物、背後にいる3匹の生き物を、ズタズタにすればいいんだ。
周りにいる生き物を、全部真っ赤に染め上げればいいんだ。
声が枯れるまで、悲鳴を上げさせればいいんだ。
声を出すのが辛くなるほど、敵を弱らせればいいんだ。
目の前に立っている2匹の生き物に強い殺意が湧いてくるなら、肉も骨を砕いて、ミンチにした状態にしたらいいんだ……。