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エンケとの戦い2

 

「美花さんを離してくれませんか?」


 エンケに敗北し、私はエンケに元の世界に連れ戻されそうになった時、目の前に美夢が現れた。

 いつもやんわりとした表情の美夢が、今は凍てつくような怖い表情になっていた。もしかすると、以前に花菜が言っていた、白い悪魔モードになっているのだろうか。


「貴様は、いつも40番といる人間、白川美夢か」


 どうやら、私の周りにいる人物の情報は調べられているようだ。一発でエンケが美夢の名前を言ったので、美夢は驚いた顔をしていた。


「それでは、わたくしの名前は知っていますか?」


 そして美夢の横に立って、ヒューマンキラーの前でも微笑みを浮かべていたのは、委員長の風香だった。


「知らん」

「黄森風香と申します~。どうぞ、お見知りおきを~」


 にこやかな表情でも、風香は指の関節をバキバキと鳴らしていた。どうやら美夢と同じ感情のようで、目を細めてエンケを睨んでいた。


「さて。華原様と戯れていたお礼として、それ相応のお返しをしませんといけませんね」


 風香が最初に仕掛け、エンケの頬に拳をめり込ませていた。風香のパンチはあのヒューマンキラーも腰を抜かす威力。エンケだって少しは驚くはず――


「威勢は良いようだが、俺にとってはただの人間に過ぎない」


 やはりエンケには何のダメージを与えられていない。頬を殴られても余裕そうにしているエンケに、風香は直ぐに危険を察知したのか、すぐに身を引いていた。


「前回みたいに、上手くいかないようですね……」

「……美花さんが、コテンパンにされるんです。……私たちが勝てるとは思わないです」


 美夢の推測は正しいだろう。基本、普通の人がヒューマンキラーには勝てない。プロのボクサーだって、プロのレスリング選手だって、みんなヒューマンキラーに殺されたんだ。


「それなら、今回はあの方を捕獲するではなくて、華原様を取り戻すだけにしましょうか~」


 風香、もしかしてエンケを捕まえようとしていたの……? それだけは絶対にやめておいた方がいいと思う。


「ハレー族もなめられたものだ。人間如きに捕獲され、実験されるなら自らスライムをっかぶって自滅する」

「それはあなた様たちの決まり文句なのでしょうかね~」


 ゆっくりとエンケに接近する風香。まだ本当のヒューマンキラーの恐怖を知らないせいか、風香は全然余裕そうだった。


「命を絶ってもらった方が、華原様を救えますから」


 そして風香はエンケの右腕に拳を振り落とすと、何故かジワリとエンケの腕から血が出ていた。


「武器を隠していたか」

「護身用のペンを持っていて正解でした」


 護身用のペンでエンケの腕を負傷させると、風香はすぐに距離を置いて、いつも私に向けるような表情でエンケに話しかけていた。


「警告ですよ~。早く高さんして、華原様をお返しに――」

「それは俺の台詞だ」


 私を宙に放り投げた後、エンケは本気の力で風香に急接近し、そして風香の首を片手で絞めていた。


「ハレー族をなめているようなら、貴様は真の恐怖を味合わせた方がいいかもしれないな」

「きゃっ!」


 エンケは躊躇わずに、風香の頬、腹部を何度も殴った後、遠くまで投げ飛ばしてしまった。


「その程度なら、40番を救出するのは不可能だ」


 地面に真っ逆さまで落ちていた私をちゃんと回収した後、エンケは遠くに飛んで行った風香にそう言っていた。

 風香でも何も手が出ないなんて、やはりエンケは強すぎる……。


「貴様はどうする」

「わ、私は、貴方を倒します……!」


 今の風香を見て、美夢は怯えてしまったのか、へっぴり腰になっていたけど、美夢はそれでも私を助けようと、エンケに近寄っていた。


「……目の前には敵がいる。……目の前には敵がいる」


 美夢は自己暗示をかけると、美夢の雰囲気が変わった。そして美夢はゆっくりとエンケに近寄っていた。


「死にたいようだな」


 エンケが美夢に向けて攻撃をしているが、美夢は歩きながら攻撃をかわし、そしてエンケの頭部に渾身のかかと落としを食らわせていた。


「……っ」


 やっぱり、本気の美夢は強かった。あのエンケにダメージを与えるほど強力な威力。

 エンケがダメージを受けると、私の手首を掴んでいる力を緩めた。体中が痛く、フラフラになった私でも抜け出せるかと思い、私は逃げ出そうとしたが。


「逃がさん」


 すぐに気を取り直して手の力を強めて拘束すると、美夢に攻撃を仕掛けようとすると、先程投げ飛ばされた風香が、エンケの足をしがみついて、美夢を守った。


「……特殊な鎖かたびらを着ているのに、どうしてパンチだけで、穴が開いてしまうのでしょうか。……尚更、あなた方様に興味を持ちました」


 風香も普通の女の子なんだ。辛そうな顔をして口から血を流しながら、エンケの足にしがみついて、何度も護身用のペンで突き刺していたが。


「人間が開発した武器、防具など俺たちには通じない」


 足に風香がしがみついている状態でも、エンケは容赦する事無く、風香の頭を蹴りつけていた。


「させません」


 エンケの拳を、美夢の得意な足蹴りで攻撃を妨害して、風香のピンチは救えたが。


「こいつはいらん。お前に返してやる」


 風香がしがみついた足で、美夢と風香をぶつけさせて、互いにダメージを受けて、風香はエンケの足を離してしまい、美夢の上に覆いかぶさるように地面に倒れた。


「40番。貴様の仲間なんだろ。これ以上傷つくのを見たくないなら、潔く俺について来い」


 エンケは他のヒューマンキラーと違い、桁違いの強さがある。このまま美夢と風香が戦い続けても、傷つき、そして本当に殺されてしまう。


「……わか――」


「……それ以上……言ったら……怒りますよ」


 エンケの言う通りに、美夢と風香を見逃してもらう為に、大人しく従おうとしたら、美夢の体中ががくがくと震えている中でも、エンケの前に立った。


「……約束……したじゃないですか。……例え変な生き物、変な男の人でも、私たちが美花さんを守るって」


 美夢と最初に出会った時。確かに美夢はそう言ってくれた。最初出会った時は、内向的で恥ずかしがり屋、どこかビクビクしていて頼りないかなと思っていたけど、本当はここら一辺で名の知れた悪魔の異名を持つ、とても強い女の子だった。ボロボロになるとすぐに弱気なってしまう私なんかより、美夢の方がとっても強い。


「……わた……くし……だって……まだ……か、華原様と……お話ししたいんです。……一緒に……お茶を……飲みたいんです」


 風香も膝に手を置いてエンケに立ち向かおうとしていた。風香はもうグロッキー状態だ。あと一発でも攻撃を受けたら、戦闘不能になってしまうだろう。


「そんなに死にたいなら、順番に殺してやろう。俺の邪魔をした事を、あの世で後悔するといい――」


 そうエンケが話している最中に、エンケの眉間に光る玉が命中し、流石のエンケも地面に背中を突かせ、私の手首をようやく離した。


「遅くなってごめん。みんな、大丈夫?」

「……花菜」


 エンケにダメージを与えたのは、花菜だった。手にはパチンコを持っていたので、花菜がエンケの眉間にパチンコ玉を命中させたようだ。

 私と同じく勉強は出来ない花菜だけど、運動神経は抜群。スリングショットを使ってパチンコ玉を命中させることも出来るようだ。


「……ようやく……届きましたか」

「フウちゃん。次はお急ぎ便でよろしく」


 花菜が持っているパチンコは、風香が取り寄せたらしい。それで花菜が来るのが遅かったようだ。


「……遅くなってごめんなさい」

「……こっちこそ。……何も言わずに戦いに行ってごめんなさい」


 美夢の体もフラフラだ。そんな状態でも、美夢は動けない私を介抱しようと、エンケが気を失っている隙に近づこうとしていた。


「敵の目が覚める前に、さっさと退散したほうがいいか――危なっ」


 一安心したか、穏やかな表情になっていた花菜が話している最中に、花菜はいきなり横に避けた。さっきまで花菜がいた場所は、小さなクレーターが出来ていた。このパターンは、私にとって嫌な予感しかしなかった。


「そんなに死にたいなら、俺も本気を出すしかない。だが負傷している中、40番を拘束しながら戦うのは、俺も至難の業。試作の兵器を試してみるか」


 眉間から血を流しながらも、エンケは葉巻を咥えて一服していた。今の奇襲はエンケ。どうやったら小石をピストルの速さに投げられるのだろうか。


「42番。40番を捕らえろ」


 私のように番号で呼ぶと言う事は、私と同じく人間。一体、どんな人が私と同じ運命にあってしまったのだろうか。


「……えっ?」


 エンケの後ろから現れたのは、私の横で殺されたはずの、今は42番と呼ばれている友達、ヘイナだった。


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