エンケとの戦い1
「……どうしましたか?」
翌日。今日は少し宿舎を飛び出して、設置されたチェックポイントを辿るオリエンテーリングをやっていると、横を歩いている美夢が私の様子を気にして、心配そうな表情を浮かべていた。
本来なら楽しい時間を送っていたはず。けど、今日の夜にはエンケに勝負をしないといけない。
負ける覚悟でエンケと戦う事を選ぶか、それとも美夢たちと過ごす時間を選んで、楽しい時間を過ごす事を選ぶか。一晩中悩み続けた結果、私の答えは出ていた。
私はエンケと戦う。そう決めた。
「……場所が違うと眠れませんでしたか?」
「そんな所かな」
眠いのは確かだ。けど、今回については美夢たちを巻き込むわけにはいかない。エンケは今までのヒューマンキラーとは全く違う。話も通じないし、手加減なんかしてくれない。
美夢に相談したら、必ず協力すると言ってくるだろう。けど今回は、ずっと黙っておくことにして、夜の決戦に臨むことにした。
そして夜の10時。
「貴様の答えは何だ?」
「あんたを倒す」
昨晩言った通り、エンケは葉巻を吸って、宿舎の前にある広場に立っていた。
エンケのように、葉巻やタバコを吸っているヒューマンキラーもいる。私たち人類が吸っている光景を見て、奪い取って吸ってみたら、ヒューマンキラーに受けたらしい。風香の言う通り、私たちとヒューマンキラーは近いのかもしれない。
「以前もそう強がっていた。しかし、すぐに死にかけていたな」
「こ、今度はそうならない……」
私とエンケとは、一度戦った事がある。私が実験人間として連れ去らわれる少し前に、小手調べと言って、エンケは接近してきて戦った。
けど、すぐに敗北した。
覚えているのは、辺りは私の血で染まっていた事。それから弱気になってしまった私は、手を緩めないエンケの姿に怖気ついてしまい、泣きながら命乞いをした。あの時の私はどうかしていたとしか思えない。
「ハレーには、殺さないで連れ戻すように言われている。多少は手加減をしてやろうと思っている」
「それはありがたいわね……!」
私から仕掛けて、指輪から刀の形に変えて、エンケの腹部を輪切りにするように、横に刀を払った。
「何も変わっていない」
エンケは、素手で刀を受け止めていたので、すぐに指輪の状態に戻した。
前みたいに空腹で寝不足ではなく、疲労は回復してコンディションは最高なはず。その最高な行動が出来て、本気の力を搾りだしても、私の攻撃はエンケに届かないようだ。
「俺を倒すんじゃないのか?」
「すぐに倒すんだから……!」
再び刀の形にして、エンケに斬りかかったが、すべての攻撃をエンケに塞がれてしまい、体力を奪うどころか、私の体力が徐々に減っていった。威力が大きくなるように、精一杯の力で刀を振り回し続けているからだろう。
「疲れただろう。楽にしてやる」
呼吸を整えて、少し気を緩めていた隙に、エンケは私の顔面を思いっきり蹴飛ばし、私は地面に倒れこんだ。
「死にそうか?」
鼻筋にはツーっと鼻血が流れ始め、口の中も血の味がした。顔中が痛く、目を開ける事が出来なかったが。
「……ほう」
自分の顔の一部に指輪のルビーの部分を触れさせて、傷を治した。指輪の力で傷を治すと、少しは痛みがあるけど、再びエンケの前に立った。こんな所で負けるわけにはいかないんだ。
「……まだ、倒れないから」
「全く変わっていないわけではないようだな」
再び刀の形にして、エンケに斬り続ける事にした。完璧に避けることは出来ないようで、エンケが身に着けている服に切り込みを入れることは出来た。もう少し力を入れて、もっと手を前に伸ばせば、エンケにダメージを与える事が出来るはずだ。
「少しは気が晴れたか?」
けど、エンケは相変わらず余裕そうだった。
「俺にも他にやらない事がある。これで大人しくさせてやる」
私が刀を大きく振り上げた隙に、エンケは私の腹部に思いっきり拳をめり込ませた。
「貴様が、実験人間だった時に弱点は調べてある。股間、首、手首、脇、鳩尾。どの場所よりも、腹部が一番致命傷だと、実験の結果で出ている」
私は、お腹がすごく弱い。なので一撃でもお腹に攻撃が入ってしまうと、私はかなりのダメージを受けて、しばらく動けなくなってしまう。私の最大の弱点だ。
「……かはっ」
「早く命乞いをした方が、身の為だと思うがな」
蹲っている私の顔を思いっきり蹴り上げて、再び地面に倒れこんだ。
早く傷を治して、エンケに立ち向かわないと――
「きゃぁああああああ!!」
「回復はさせん」
エンケに右手を思いっきり踏まれ、指輪の力で治癒することを妨げられた。
「獲物は弱らせてから捕まえる。人間の中でも、それが常識じゃない――」
「誰が弱っているのよ……!」
勝ち誇っている顔のエンケに、私は刀を左手の方に呼び出して、エンケの腹部に斬りつけると、エンケの腹部から血が流れ出していた。
「もう昔の私じゃない。もう簡単には諦めないから」
怯んだエンケに更に追撃。腹部以外に、左腕にも斬りつけることが出来て、エンケにダメージを負わせる事が出来た。
「これは、手加減して戦っているのは失礼かもしれないな」
腹部と腕から血が出ていても、懐から葉巻を出して一服しているエンケ。私が想像していたより、ダメージをあまり受けていないようだ――
「80%の力で相手してやる」
「がっ!」
瞬間移動したかと思うぐらい、一瞬で私の前に現れたエンケは、私の後ろ首を掴んで、そのまま地面に私の顔面を叩きつけたあと、私の腹部を上に蹴り上げると、宙に浮いて身動きが取れない私の頬を思いっきり殴った後、続けて私の全身を殴りつけてきた。
「もう体は限界のようだが?」
エンケが攻撃を止めると、私はそのまま地面に倒れそうになったが、グッと堪えて、指輪から棒状、スティック状に変えて、スティックを杖代わりにして立ち、エンケを睨んだ。
「……まだ。……余裕。……だから」
「そうか。なら、まだ遊べるわけか」
エンケは、再び手を緩める事も無く、体全体を殴ったり蹴ったりしてきた。最初はスティックで防御していたが、段々とタイミングが合わなくなっていき、エンケの攻撃をまともに受ける事になってしまった。
「もう抵抗する力もないか」
体力も限界に近いのか、エンケの言葉があまり聞こえなくなっていき、意識朦朧としていた。そして少し意識を取り戻した時には、エンケに思いっきり殴り飛ばされて、地面を滑空している最中だった。気付かなかったけど、今夜は雲一つもなく、目の前はたくさんの星が見える綺麗な夜空だった。
「……ほう」
何度も言うけど、私は昔の私とは違う。ヒューマンキラーを倒すために、私は何度でも立ち上がる。美夢たちを守るために、この命に代えても私は戦い続ける。
私がスティックで地面を突き刺してブレーキをかけて、その場で踏み止まり、まだ戦う気があると知ったエンケは、少し面白そうな顔をしていた。
「貴様の目がまだ死んでいないのは何故だ?」
「……この戦いに、ちゃんとした目的があるから」
スティック状から槍に変えて、槍の柄をぎゅっと握り締めてから、エンケの首に向けて突き刺そうと駆け出した。
「貴様らの目的など高が知れる。人間を守りたい、仲間を助けたい。そんな愚かな目標を持って戦っているのだろう」
そう話しながら、エンケは指先からビームを放ち、私の横腹に命中させた。横腹は血が出ているが、私は止まらなかった。
「己の身は己で守る。それが俺たちハレー族の考えだ」
再びビームを放ち、私の右肩に命中させていた。それでも私は止まらない。
「仲間想い。貴様らの言葉ではボランティア、奉仕活動とか言うのだろう。そのような活動に、俺は観るだけで虫酸が走る」
今度は右太もも、左の腰にビームを命中させていたけど、私は止まらない。
「……く、食らいなさい――」
槍で突き刺したと思ったが、気が付くと槍は指輪の状態に戻っていて、エアで槍で突き刺す仕草をしているだけだった。
「今回も、貴様の負けだ」
ニヤッとし顔でエンケが私の前髪を掴んだ後、思いっきり弱点の腹部を殴った。
「……かはっ」
内臓が損傷したのか、無意識に口からは大量の血が出始めていた。この調子では、本当に私は死んでしまうだろう。
「少しやり過ぎたか。だが、下手に暴れらるよりかはマシだ」
このままでは、私は元の世界に戻り、再びあの地獄の生活に戻されてしまう。立ち向かいたいけど、指輪の力で治癒しない限り、私は再び起き上がる事は不可能だろう。強い光を放って目を眩ませた後、限られた時間で治癒して、再び立ち向かうしかないようだ。
「戻るぞ。40番――」
「そんな事はさせませんから」
私の腕を掴んで、元の世界に連れて行かれそうになった時、いつも穏やかに聞こえる声が、今は冷たく感じた。
「……美夢」
暗闇の中に現れたのは美夢だった。美夢には、一切この事を話していない。部屋を出る時は、トイレに行くと言って出て行ったので、ずっと戻らない事を心配して、私を捜し出したのだろう。