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枕投げ

 

「さてさて~。枕投げでもしましょうか~」


 お風呂から上がって、パジャマに着替えた私たちは、待ち望んだ枕投げの時間になった。絶対に反対すると思っていた風香が、一番ノリノリだった。


「私と華原様、白川様と青空様に分かれて、チームで戦いたいと思います~」


 もしかすると、さっきのじゃんけんは、風香の指示だったのかもしれない。花菜にやってもらった方が、腹を割って話せると思い、そう指示を出したのかもしれない。


「世間の枕投げは、ドッジボールのように枕を当てて、戦うと存じています。ですが、それだけじゃ面白くないので、山手線ゲーム、古今東西ゲームのルールを採用して、枕を投げる時は答えを言ってから投げてください。5秒以内に答えられない、キャッチに失敗した場合は負けと見なして、罰ゲームを受けてもらいます~」


 普通にすればいいと思うのに、どうしてそんな余計なルールを付け足してしまうのだろうか。


「わ、私は――」

「面白そうじゃん。それでやろうよ」

「……上手く出来るでしょうか」


 反対しようかと思ったら、美夢と花菜は賛成していた。


「華原様。何かおっしゃいましたか?」

「な、何も言っていないよ……」


 私だけ反対して、気まずい空気なるのは避けたいので、あまり気が乗らないけど、風香が考えたルールで枕投げをする事になった。


「古今東西するなら、どうしてチーム分けするの?」

「同じチームの人に、一度だけパスする事が出来ます。思いつかない時、仲間の代わりにお題を答えてもらうことが出来ます。そのための仲間ですよ~」


 私の仲間は風香だ。クラス委員長を務めるなら、相当頭が良いはず。この枕投げ勝負、私の勝ちだ。

 風香と美夢が先行後攻を決めるじゃんけんをし、そして風香が勝ったので、私から投げる事になった。


「華原様、青空様、わたくし、白川様の順番で投げて行きましょう」

「えっと……」

「華原様が、お題を決めてから青空さんに投げるって事ですよ~」

「そうじゃなくて……」


 今回の枕投げのルールは分かっている。


「古今東西ゲームって、何?」


 そんなゲーム、私は知らない。4歳までしか日本が無かったので、そのような今時の高校生でやる様なゲームなんて、私が物心ついた時には無くなっていただろう。


「えっと、古今東西ゲームと言うのは、例えば果物と言えばと言うお題にしたとします。そしてリンゴ、バナナみたいに、果物に沿って答えていくゲームなんです。間違えたり、思い付かなかったり、全ての答えが出たら終了と言うゲームなんです」


 そう言うゲームなんだ。なら、私にでも出来そうだ。なら私が負けないような、簡単なお題にした方が良さそうだ。


「じゃ、じゃあ、動物の名前――」

「もっと具体的にお願いします~」


 風香は気に入らないようだ。


「哺乳類とか、両生類など。そんな感じで、具体的にお願いします~」

「……じゃあ、魚類で」


 あまり強く投げないように、肩に力を入れずに、花菜に向けて投げた。


「い、イワシ」


 風香は何も言わないようなので、今回の回答は大丈夫のようだ。


「メダカ」


 そう言って花菜は風香に向けて枕を投げると、風香もあっさり枕をキャッチした。


「セニョリータ」


 そんな名前の変な魚が本当にいるのだろうか。


「マグロ……です」


 そして美夢から枕が投げられてきて、再び私の番になった。先日、美夢と真希さんで回転寿司を食べに行ったんだ。私が食べたネタを思い出せば、負けることはないだろう。


「えんがわ」

「華原様。アウトですよ~」


 そう言って投げた瞬間、風香にそう言われた。


「えんがわは、ヒラメやカレイなどのヒレを動かすためにある筋肉の部位の名前ですよ~」


 お寿司のネタって、全部が全部魚の名前じゃないんだ……。


「と言うことで華原様には、明日の朝には一番早く起きてもらって、私たちを起こしてもらいましょうか~」


 そして風香は、私の苦手な早起きを罰ゲームにしてしまった。


「……うん」


 ここは素直に従っておこう。これを否定したら、更に酷い罰ゲームをされそうだ。


「それじゃあ、また華原様からお願いします~」


 私が答えられるようなお題。そうなると……


「じゃあ、哺乳類の名前――」

「徳川15代将軍にしましょうか~」


 そんなの、私は全く知らないんだけど。もう風香が仕切って欲しい。


「……風香、パス」

「もう使っちゃって良いんでしょうか~? それなら、15代将軍の慶喜ですよ~」


 私の代わりに答えたので、風香は花菜に枕を投げていた。


「家康ぐらいしか知らない」


 花菜はそう言って、再び風香に枕が帰ってきた。


「2代将軍の秀忠ですよ~」 


 余裕で答える風香は、すぐに美夢に枕を投げ渡した。


「よ、吉宗です……」


 そして枕は私に戻ってきた。このお題に関しては、私は全く分からない。


「5……4……3……」


 風香はしっかりカウントダウンをしている。もう、更なる罰ゲームを受ける覚悟で、適当に言った方がいいだろう。もしかすると当たるかもしれない。


「い、いえよし!」

「何をした人でしょうか~?」


 やっぱり、風香が反応するって事は、そんな将軍はいなかったのだろう。罰ゲームを覚悟しておこう。


「……色々やった人?」

「水野忠邦が、天保の改革をやった頃に在任していた12代将軍家慶ですよ~。政治はあまり興味はなく、何でも家臣の意見には、そうせいと言っていたので、そうせい様ともあだ名で呼ばれていた将軍です~」


 さっき美夢と花菜が言っていた人の名前が合体してそんな名前を言ってしまったけど、本当に実在する人物のようだ。今は罰ゲームを免れる事が出来たようだ。


「美夢。分かんないから、パス」


 花菜が美夢に枕を渡して、そして美夢が代わりに答えていた。


「い、家茂です……」

「6代将軍の家宣ですよ~」

「えっと……。家光です……」


 美夢、風香、そしてもう一度美夢が答えると、再び枕が私の所に戻ってきた。

 パスも出来ない、どんな名前がありそうなのか、ずっと考えているとタイムオーバーになって、今回も罰ゲームを受ける事になった。


「申し訳ないのですが、食堂にハンカチを忘れてしまいましたので、一人で取りに行ってもらえないでしょうか~?」


 まだ軽めの罰ゲームだと思う。これ以上重くならないように、素直に食堂に向かった。



 消灯時間が近いのか、廊下の電気は消されていて、真っ暗の中で食道に向かった。暗闇に離れているので、指輪に念を込めて、目の前だけを照らしながら歩いて食堂に着いたが、残念なことに鍵がかかっていた。壁を壊して取る訳にもいかないので、明日の朝まで風香に待ってもらうことにして、再び真っ暗な廊下を歩いていると。


「元気そうだな。40番」


 嫌な名前で呼ばれた。この呼び方をするのは、あいつらぐらいしかいない、ヒューマンキラーだ。どんな奴が私の楽しい時間を壊しに来たのか、確認するために前の方を照らすと、私は一気に震えあがった。


「……え、エンケ」


 エンケ。それはヒューマンキラーの中で最強クラス。幹部を取りまとめる、幹部の中でも一番偉くて、ハレーの次ぐらい権力を持っている。


「そう怖がるな。今は相手をしない」

「……じゃあ、何の用なの」


 葉巻を咥えながら話すエンケは、私の方を睨み付けながら、こう話した。


「明日の夜10時。この建物の前にある広場の前で、貴様を待つ。逃げるのも自由、俺たちに立ち向かうのも自由。以前のように命乞いをするのもいいだろう。悔いの無い選択をするんだな」


 そう言ってエンケは姿を消して、私は暗闇の廊下に座り込んだ。


 私はどうしたら良いのだろうか。

 前の私なら、すぐに戦いに挑んでいただろう。けど、この楽しくて大切な時間を壊したくない。みんなを巻き込みたくない。この事は、しばらくみんなに黙っておいて、明日の指定された時間までずっと考える事にしよう。


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