負けた代償
あの日の悲劇から数十年。
私が16歳の誕生日を迎える年の4月。私が小さい頃、約1年間、多くの日本人を殺していたあの時以来、ヒューマンキラーは地球上の人を殺そうと、殺戮活動を再開した。
人々は戦車を使おうが、武器を使おうが、手も足も出ず、ただヒューマンキラーに殺されて行き、人たちは多くの血を流して死んでいった。
私は、あいつらを倒すため、世界中を旅し、人々を助けている。しかし状況は変わらない。どこを歩いても、地上は死体だらけで、川や湖の水は赤く染まっているところが多かった。
普通はそんな無謀な事、正義のヒーローのような事を誰もしないだろう。
けど、私はヒューマンキラーが許せなかった。小さい時、私のお父さんを殺し、そして今回は、私の友達、お母さんを殺された。憎しみもあるが、何より私は、私みたいな思いをする人を増やしたくなかった。そしてあいつらの勝手な都合で人々が殺される。そんなバカげた理由だけで殺す奴らを、私は絶対に許せなかったので、ヒューマンキラーに立ち向かう事を決意した。
お母さんが殺される寸前、私に託したルビーの指輪。
それは私の家、華原家の代々伝わる家宝。持ち主の強い想いに反応し、様々な姿に変えてくれる、私の最大の武器だった。
私は指輪の力を借りて、多くのヒューマンキラー、そして数体のヒューマンキラーの幹部を倒した。
「……っ」
けど、どんだけ強い武器を持っていても、重ねてきた疲労、まともに食事をしていないので、カラカラの喉に空腹。危険人物として、あいつらにも目を付けられ、強いヒューマンキラーが連日襲い掛かって来ていた。
「ハレー様。目的の人間を倒し、捕獲しました」
そして今までの中で、一番強いと思うヒューマンキラーと戦う羽目になり、当の限界を超えていた私には、手も足も出ず、無残にも敗北し、ヒューマンキラーに捕まった。
「……了解しました。……人間をじっ……け……う……連れて……」
瀕死で遠のく意識の中、最後に誰かと会話するヒューマンキラーの声が聞こえた所で、私は気を失った。
「……ここは」
意識を取り戻すと、私は多くのヒューマンキラーの前に立たされて、拘束されていた。手首は鎖で拘束されていて、まともに抵抗することも出来なかった。
「今日から新しい人間が入ってきました。人間の女で、しかもこの人間は、我らの偉大なる幹部、ダレスト様と、テンペル様を倒された、我らの憎むべき人間です」
多くのヒューマンキラーの前で司会をするヒューマンキラーが、そう言いながら私の前に立つと、右手を強く握って。
「がっ……!!」
いきなり私の腹部を殴ってきた。不意にやって来たので、構えることも出来ず、咳き込むと同時に唾液や胃液も一緒に出て来た。
「ですが、この人間はもう我らの実験人間っ! これからこの人間は、我らのために大いに役に立ち、一刻も早く人間を殲滅する手段を教えてくれるでしょう! 皆の者、この人間に感謝の意を込めて、出迎えてあげましょう!」
盛り上げ上手の、この司会するヒューマンキラーは、皆に攻撃の命令を出していた。無抵抗な私を、ヒューマンキラーは蹴ったり殴ったり、引っ掻き、噛みついてくるなど。暴行と言う名のヒューマンキラーの手厚い洗礼を受けている中、再び意識を失った。
また再び目を覚ますと、今度は手術室のような場所に寝かされ、そして衣服を脱がされ、体のあちこちをヒューマンキラーに調べられた。
他人に見られたくないような場所までも、ヒューマンキラーに見られてしまい、恐怖と悲しみで涙を流すと、今度は涙がどこから出ているかと、もう開かないと言うぐらいまで瞼を開けられ、調べられた。
そんな悪夢のような時間が延々と続き、衣服を着せられ、ようやく終わったと思いきや、今度は牢屋のような場所に連れて行かれて、そして私は投げつけられた。
「40番。40番は、命令があるまで、そこにいろ」
40番。どうやら私の事らしい。私には、両親が付けてくれた、華原美花って名前があるのに、そんな囚人のような呼ばれ方をして欲しくない。
私が投げ込まれた場所。そこは周りは広いが石の壁。抜け出せないようにと、鉄格子の目も凄く細かい。どう足掻いても、私はヒューマンキラーの実験体を止めることは出来ないようだ。
「良かった……。指輪は無事……だ……」
ヒューマンキラーは、私の武器であるルビーの指輪は取り上げていなかった。これだけは不幸中の幸いだ。
けど指輪の力を使うには、相当の体力が必要。とりあえず辺りの状況を知りたかったので、微かな体力を使って、弱々しい明かりで、辺りを見ると。
「ひっ……!」
そんな中で見えた光景は、周りは壁に寄りかかり、肉が腐った人の亡き骸。そしてうつぶせの状態で白骨化した遺体があった。そのような亡き骸が何十体もあった。
「……い、嫌だ。……私、こんな風になりたくない」
きっと私以外の人も捕獲され、酷い拷問や、実験として利用され、そして生きる望みを失い、この牢屋の中で命が尽きたのだろう。
実験する人が使えなくなったら、新たに人を捕獲し、そして実験や拷問をする。その実験をする人が、今回私に選ばれたのだろう。
私、まだ死にたくない……! 何としても、逃げ出す手段を探さないといけないようだ。
「40番。出番だ」
休める事も無く、私はヒューマンキラーに連行され、次は幹部のテンペルをやっつけた復讐として、酷い拷問を受けさせられた。
死にたい。逃げる事も不可能だと悟った私は、いつの間にか私の口癖になっていた。
どれだけの月日がたったのだろうか。やっと終わったかと思うと、再び実験や拷問の時間がやって来る。
私は重要な実験人間らしい。怪我をしたり、実験として体の一部を千切られても、死にかけても、人よりも高度な技術を持ったヒューマンキラーの力で、私は何百回もヒューマンキラーの手によって蘇生された。
そして最低限の食事も出してくれる。出してくれる食べ物は、私が知っているパンやビスケット。しかしそれらは、泥やカビで汚れている、とっくの昔に賞味期限が切れ、腐った食べ物でも、汚く、虫が集っている濁った水でも、私は口に入る事だけでも幸せだと思い、お腹を壊しても、提供される食べ物を食べ続けた。
「40番。時間だ」
「……はい」
無理やり連行され、連れてこられた場所は、私の体の隅々を見る、あの手術室だった。
今でも定期的に衣服を脱がされ、体中を調べられる。そのせいか、もう恥ずかしく無くなっていた。
「今回の実験は、我らが発明したガンマ線をを40番の体に2つ同時に当て、40番にどのような体の変化が起きるかを調べる。全員40番に向けて、発射準備を」
今度はどんな苦しみを体感するのだろうか。
一体、私はどこまで利用されるのだろうか。もう十分調べたと思う。もう調べ終えたなら、早く私を殺すか、放っておいて欲しい。私も牢屋の人みたいになりたい……。
……もう、こんな生活を送りたくない。
「おいっ! 40番をこちらに寄越せっ!」
手術室にいきなり入って来たのは、他の分野で実験をしているヒューマンキラー。そして寝かされている私を、いきなり連行しようとしていた。
「実験は一時中止だ。人間を殺す武器を作っていたら、新しい物が出来た」
「新しい物とは?」
「こういう時こそ、実験人間の出番だ」
そういう訳で、私は新たな物が出来たと言う、実験室に連れて行かれた。
「……空間に空いた穴か?」
「ああ」
そこには、空中にぽっかりと開いた穴だった。台風の雲のように渦を巻いていて、中は真っ黒だった。
「アルファ線、ガンマ線、ベータ線を同時に合わせると、このような物が出来た。もしかすると、別次元につながる穴かもしれない――って、40番勝手に動くなっ!」
自然と私の体が動いていた。この穴に飛び込めば、外に出られるかもしれない。それとも死ぬことも出来るかもしれない。
「……もう、あんたたちのおもちゃにされたくないっ!」
ルビーの指輪に力を籠め、そして辺りを強い光で目を眩ませたが。
「逃がすかっ!」
「きゃっ!」
目を眩まなかったヒューマンキラーにタックルされると、私は近くの機械にぶつかって、何が書かれているか分からないモニターにぶつかると。
「ぐわっ……!」
穴に向かって3つのビームが放たれると、穴は指輪よりも強い光を放った。今の光で、ここにいる全員の目がくらんだようだ。
「……今のうちに」
私も目がくらんでしまったが、確か目の前にあったはずの穴に向かって、不思議な穴に飛び込んだ。
この穴に入れば、外に出ることが出来るのか。それとも身を滅ぼす行為だったのか。この私の咄嗟の判断に賭け、この状況から解放される事だけを祈り続けた。