バス移動
あの屋上の出来事以降、私の前にヒューマンキラーは現れる事が無く、平穏な時間を過ごす事が出来た。そして、私も学校生活にも慣れてきた頃に、初めての学校行事が行われる事になった。
「2人は、今日から合宿ですか。お母さん、寂しくなっちゃいます」
学校に向けて玄関で靴を履いていると、美夢のお母さん、真希さんが見送りに来てくれた。
私たちの学年は、2泊3日の強化合宿に参加することになった。
美夢が言うには、日中は、建物内で勉強、もしくは暑い中で課外活動をして、夕方にはみんなではんごーすいさん? をするらしい。と言うか、はんごーすいさん、って、何だろう?
「美夢。ちゃんと楽しんでくるんですよ~」
「はい。分かりました」
やはり2日間いないとなると寂しいのか、美夢にそう言葉をかけた。
「華原さんは、宿泊先でこれ以上問題を起こさないでくださいね~」
「……心得ておきます」
編入初日のイメージが根付いてしまったのか、担任の銅谷先生に問題児扱いされ、例え些細な事でも、先生は私に注意してくる。そして花菜と一緒にいると、何故か問題が起きて、そして青空さんと一緒に怒られる事が日常茶飯事になっていた。
「それでは、いってらっしゃい~」
真希さんに送り出されて、私と美夢は集合先の学校に目指して、歩き出した。
そして学校に集合し、全員準備出来た所で、各クラスごとにバスに乗り込み、合宿する六越高原に向かうバスの中。
「……すぅ」
私は通路側の席に座り、そして窓際の席には美夢がウトウトして寝かけていた。
「……」
そして私の隣には、担任の銅谷先生がピリピリした威圧感を放ち、竹刀を自分の前に持ってきて、席が空いているのに補助席で座っていた。
どうして先生が私の横に座っているの……? どれだけ先生は、私を問題児だと思い込んでいるのか……?
「……美花……さん」
私の横で、先生が威圧感を放っていると言うのに、美夢は寝言を言って、私の肩に寄りかかって眠っていた。どうして、こんな状況でも美夢はすやすやと眠っていられるのだろう。
「青空。持ち物にお菓子と書いてあったか?」
私の前の座席に座る花菜は、どうやらお菓子を持ってきて、不自然の大きい鞄を見て、そう聞いたようだ。
「持ってきている物、すべて出せ」
「怒ってばかりだと、血管切れるよ?」
竹刀を後頭部に突き付けられた花菜は、持ってきたお菓子を、大人しく先生に手渡した。別に、お菓子ぐらい持ってきていいと思うんだけどな……。
「華原も持ってきているなら、さっさと出せ」
「私は、持ってきていません」
先生と顔を合わせず、私は目の前にある座席の生地をじっと見つめたまま、先生に返答した。
私は、美夢の言った物しか持ってきていないので、花菜みたいに発想を飛ばして、お菓子なんて持ってこようとは思わなかった。
「青空。暇だからと言って、寝るな」
「それじゃあ、話し相手になってくれる?」
先生の目は、私の方と花菜にしか付いていないのだろうか。花菜は移動中が暇で、寝ようとしたら先生に怒鳴られた。
「先生。それじゃあ、世界一長い国名を言ってみてよ」
「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」
花菜の質問に、即座に答えた銅谷先生。竹刀を構えたまま言うので、今からその国を襲いに行くしか見えない。
「……意外と頭良いんだ――すみませんでした」
「教師をからかうな」
花菜の後頭部に竹刀が突き付けられると、花菜はすぐに謝っていた。こんな強面でも、凄く頭が良い。頭のいい先生なら、ちゃんと道徳の授業は受けなかったのだろうか?
「……先生。……質問良いですか?」
「どうした?」
「……今回の合宿って、何をするんですか?」
そう聞いただけなのに、私は先生に拳骨された。
「何も聞いていないようだな? 昨日のホームルーム、バスに乗る前にも、今日の日程は話したはずだが?」
「……え、えっと。……今日は、はんごーすいさんをするんでしたっけ?」
そして2度目の拳骨。
ちなみにバスに乗る前、私の周りに小さなハエが飛んでいて、凄く鬱陶しくて、手で払っていた記憶しかない。全く話を聞いていなかったようだ。
「まずは勉強、課外活動、そして勉強」
「自由時間無いんですか!?」
そして3度目の拳骨。この人、絶対に教師ではなく、偉い人のボディガードをやっていた方がいいと思う。
「これは強化合宿だ。勉強を強化、他のクラスとの交流を深める事を目的とした、れっきとした高校生の学校行事だ。小学生の遠足ではない」
「……流石に寝る時間はありますよね?」
そして4度目の拳骨。もう頭がたんこぶだらけなので、私は合宿先に着くまで、黙る事にした。
「……すぅ」
例え隣りがうるさくても、美夢は私の肩に寄りかかって眠っていた。大人しい性格だけど、肝はしっかりと据わっているようだ。
バスに揺られる事、約1時間。そして強化合宿先の、六越高原青少年自然の家に到着。それぞれのバスが着くと、一旦クラスに分かれて建物に入り、さっきまで私に拳骨をしていた銅谷先生が、フロントの場所で、これから行動をする班のメンバーを発表した。
私は誰と一緒になるのだろうか。なるべくなら、美夢と一緒。最低でも花菜か風香と一緒がいい。
「6班。男子は赤山、緑岡。女子は、青空、華原、黄森、白川。リーダーは黄森。以上だ」
どうやら、美夢たちと一緒な班になれたようだ。美夢たち以外の生徒とは話したことがほとんどないので、今回は気まずい思いをしなくても良いようだ。第一関門は突破して、安心して胸を撫で下ろした。
そして先生は最後に、15分後に食堂に集合と言って、暫しの間だけの先生から解放される時間となった。ほんの少しだけでも、先生の顔を見なくて済むのは、すごく嬉しいと思えるようになっていた。
「……もうすでに疲れた」
そして指定された部屋に移動すると、中は結構広く、床一面は畳。窓側には小さな机、椅子がある旅館のような部屋だ。少し憧れていた、みんなで枕投げ、もしかすると出来るかもしれない。
そう思うと少しテンションが上がり、自分の荷物を部屋の隅に置いて、一休みと思い、畳の上に座ると、私の隣に花菜が座ってきた。
「頭、大丈夫?」
「……まだ痛いよ」
銅谷先生の拳骨の痛みは、まだ残っている。歩く振動でも痛く感じる。
「夜は枕投げだね。フウちゃん、しても良いよね?」
花菜も同じく、寝る前に枕投げをしたいようだ。仲間がいてすごく嬉しい。
「構いませんよ~。けど、先生が見回りに来るので、見つからないようにやりましょうね~」
クラス委員長も公認なら、盛大に枕投げが出来るかもしれない。美夢は畳の上にちょこんと座って、苦笑しているので、あまり乗り気ではないようだ。
「それでは、今後の日程を確認しておきましょうか~」
この部屋のリーダーは風香。機嫌を損ねたら、枕投げが出来なくなるかもしれないので、素直に聞くことにしよう。
「この後は、勉強会です。勉強会の後に昼食をはさんで、また勉強会。そして夕方まで勉強をして、夕食を食べて、お風呂に入ってから枕投げ。そして夜の10時に就寝です。よろしいでしょうか~?」
ちゃんと日程に、私たちの枕投げを盛り込んでくれた。やっぱり先生とは違って、風香はすごく良い人だ。
「フウちゃん。勉強会の時間に、この部屋でゲームしていていい?」
「2日連続徹夜出来ると言うのなら、私は文句を言いませんよ~」
やっぱり、花菜は勉強をやりたくないようだ。けど、バレたら、ずっと銅谷先生に監視されて、朝まで自習をさせられそうだ。相当の覚悟が無いと、勉強会をサボる事は出来ないようだ。
「風香。さっき、私たち以外の名前が呼ばれていた気がするんだけど? どんな人なの?」
確か赤山さんと、緑岡さんだっただろうか? 美夢、花菜、風香以外、私は未だにクラスメイトの名前と顔が一致していない。
「男性の方ですよ~。けど、飯盒炊爨の時のみ入りますので、あまりお気になさらずに~」
男子生徒だったんだ。同じクラスだと思うけど、全く顔が分からない。
「そろそろ時間ですよ~。それでは、勉強会が行われる部屋に移動しましょうか~」
「いってらっしゃーい」
風香に警告されても、花菜はこの部屋から一歩も出ようとせず、寝転がっていて、私たちを見送っていたが、美夢が強引に連れて行かれていた。