白い悪魔
「……ここはどこ?」
廊下を早歩き。そして辺りをくまなく見ながら探していると、いつの間にか私は外に出ていて、学校の敷地内にある、テニスコートの上に立っていた。流石、方向音痴の私だ。
「さ、流石に、こんなところに美夢がいるわけないよね……」
取りあえずテニスコートを出て、校舎に戻って美夢を探さないといけない。結構時間は経っているようだし、もしかすると美夢は教室に戻って、昼食を摂っているかもしれない。そうなったら、早く私も教室に戻って昼食を食べよう。私もお腹ペコペコだ。
「なあ。俺とタイマンしろよ? 昔みたいによっ!」
戻っている途中にあった、外にある弓道部の部室の裏の方から、そのように話す男子の声がした。
タイマンと言う言葉から推測すると、もしかすると私は、この学校の不良同士の喧嘩の場面に遭遇してしまったのだろうか。
「……いい加減にしてください」
よく聞くと、か弱い女子の声も聞こえた。
もしかして、男子がか弱い女子をいじめている……? 場合によっては、私が助けに入らないといけないかも。美夢を探すのは後回しにして、美夢がもう教室に戻っていることを祈って、そっと弓道部の部室の壁から顔を覗かせると。
「……っ!」
私はすぐに顔を引っ込めて、そして今見た光景の状況を整理することにした。
今、私が見た光景。それは3人の男子が、怯えている美夢を囲んでいる光景だった。
どうして、美夢がここにいるの?
どうして、美夢が男子生徒にいじめられているの?
あんな怖そうな男子生徒に、どうして美夢が襲われているのか、私には理解が出来なかった。
もしかして物静かな美夢が、怖い男子生徒のいじめのターゲットとして、ずっといじめられているとか。
……やっぱり、どの時代にもいじめはなくならないんだ。
「……ん? 何だよ、それ?」
「弓道部の矢じゃね? 近くに落ちてた」
少し感傷的になってしまう中、一人の男子が弓道部で使う弓を拾った。そんなものを拾って、どうするか。私は嫌な予感しかしなかった。
「思いっきり突き刺せば、この悪魔も黙っていられないな」
悪魔……? この悪魔という事は、美夢の事を差す言葉なのだろうか。どうして美夢をそんなひどい言い方をするのだろうか。
「冷徹な悪魔は、血を見ると興奮するんだろ? 自分の血で興奮しろよっ!」
美夢の右肩に向けて、弓を振り下ろす前に、私は自然に体が動き、美夢の元に駆け寄った――
「うっ……」
美夢の右肩に当たる寸前の所で、私は男子生徒が力強く刺そうとした弓矢を、右手で掴んで受け止めた。
「……っ」
けど上手く受け止められなかったようで、私の右手は血だらけ。どうやら手の平の皮がずる剥けて、重症レベルの怪我を負ってしまったようだ。
包丁で、何度も手のひらを切っているような痛みが走り、次第に脂汗が垂れ始めていたが、私は男子生徒の方を見つめた。
「な、何だよ……」
「美夢を悪魔呼ばわりするのはどういう事?」
地面に滴り落ちる私の血に臆したのか、男子生徒は顔色を真っ青にして、血の気が引いていたが、美夢から私がターゲットになった。
「き、聞いた事無いかよ? 白い悪魔の伝説」
「生憎だけど、私はここで育った地元の人じゃない。転校生だからそういう噂は分からない」
「今じゃこんな弱っちくなったけどな、昔はこの一帯を暴れていた奴の成れの果ての姿がこいつ」
今では人見知り。そしてボロボロだった私を助けてくれた美夢が、この辺で暴れていた人……?
「その様子だと聞いていなかったようだな」
「……」
そんな話は一度も聞いていない。美夢が黙っていたことに怒っているわけではない。ただそんなイメージが全くないので、その事実を受け入れたくないだけだった。
「こいつと仲良くなるのはやめておけって事だな。関わったら、俺たちみたいな人に目を付けられるって事だ。部外者は、さっさと消えろよ」
「……部外者じゃない」
ここで私が退くことは簡単だ。この人たちにごめんなさいと言って逃げれば、私は助かる。けど、私はそんな薄情な女じゃない。
「美夢は私の大切な、とっても大切な友達だから、私は美夢とこれからも関わり続ける」
男子たちに私の血で汚れた弓を突き返すと、受け取った男子は再び私に向けて弓を上にかざした。
「退けよ! 今度は手だけでは済まなくなるぞっ!」
「やってみてよ」
男子たちにそんな勇気はなく、私を弓で刺すことを躊躇っていた。
「他人を痛めつける覚悟もないなら、今の美夢も痛めつける事も出来ないから」
そう言うと、男子は弓を下ろして攻撃をやめた
今回はこれで解決したようだ。このまま男子たちが諦めて、私と美夢の前から立ち去ってくれることを願うけど。
「せっかく可愛いのに、性格はウザいな」
「こいつを黙らせてから悪魔を倒そうぞ」
そして男子は、私の頬を思いっきり殴って来た。
「残念だったな。他人を痛めつけるのは大好きなんだよ。女だから少し気が引けたが、口うるさい女なら遠慮なくボコれる」
3対1。けど私は変に抵抗はせず、男子たちの攻撃を受け続けた。
「も、もうやめて――」
「……参加しちゃダメ」
美夢が今すぐ私を助け出そうとしていたが、男子にリンチにされている私は美夢の方を振り向いた。
「……腹に立つからって、暴力だけはしちゃダメ」
そう言った途端、私の腹部に誰かの蹴りが入った。
「……ううっ」
思いっきり腹部に入ったので、それがかなりのダメージとなった。そして膝を着かせて蹲ると、今度は蹲っている私の体を踏みつけてきた。
日本の人は、おもてなしの精神。財布が道に落ちていたら、交番に届ける優しい民族だって聞いていたのに、実際は陰湿で残忍な民族だった。
「おい。今すぐ俺たちに歯向かってごめんなさいと言えば、攻撃をやめてやるよ。おい、早く謝れよっ!」
謝っても攻撃をやめようとしない勢いで、私への攻撃は続く。初日からこんな目に合うなんて、本当に私はツイていない。
「謝るのは、あなたたちだよ」
待ち望んだ声。ようやくここに来てくれたんだ……。
「おいっ! お前ら何をやっているっ!」
ようやく私たちを見つけた青空さんは、私のクラスの担任、銅谷先生も連れてきたようだ。
「マジかよっ! 厄介な銅谷じゃないかよっ!」
「ちょっと派手にやりすぎたかな……」
そして3人の男子は、銅谷先生に連行されていった。銅谷先生なら、あの人たちに厳しい処分を出してくれるだろう。
「大丈夫?」
「……あいつらの攻撃と比べたら、すごくマシかな」
手に怪我したぐらいで、それ以外の場所で流血することはなかった。今回は軽傷だ。青空さんに手を借りて起こしてもらうと、美夢が私の正面から抱き着いてきた。
「……ごめんなさい」
「大丈夫……。美夢が手を出さなかった事が嬉しいから……」
大丈夫と言っても、やっぱり殴られたり蹴られたりするのは、それなりに体力が奪われる。午後の授業、今で消費した体力を回復するために熟睡してしまうかもしれない。
「……美夢。1つ聞いても良い?」
美夢に話しかけると、美夢は体をビクッとさせていた。私に何を聞かれるのか、もう想像できているのだろう。
「……元、白い悪魔って、本当?」
「細くて綺麗な足で繰り出す足技は、まさに歩く鈍器。数年前まで、他校の生徒と喧嘩で明け暮れる生活を送っていたのが、華原様と仲良くしている白川美夢様ですよ」
美夢ではなく、代わりに答えたのは、くすっと微笑んだ表情を私たちに見せる、私のクラスの学級委員長、黄森さんだった。