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緊張と笑顔

 私の好きな桜の花もすっかりと散って、青々した新緑の葉が枝につける頃。4月の終わりから5月の初めにかけてあった大きな連休もあっという間に終わってしまい、再びいつもの生活が始まっていた。


「行ってきます」


 いつもの平日通り、美夢は学校に向かうため美夢は制服に着替え、そして私は玄関先で美夢を見送る事にした。

 最近の美夢は、笑っていることが多くなった気がする。一緒に暮らし始めて約一ヶ月。徐々にお互いの性格を知り始め、一緒に遊んだり、食事をしたり、バラエティー番組を観て笑い合ったりと。もう無いと思っていた、家族の団欒の時間を過ごせた気がした。


「うん。また後で――じゃなくて、いってらっしゃい」

「……は、はい」


 笑顔で見送ろうとすると、白川さんは顔を赤くしてしまった。

 美夢が初めて私の名前を呼んで数週間経つ。けど、まだ完璧に打ち解けていないようだ。普通に話す分には顔を赤くする事は無くなったが、今みたいに私が微笑んだりすると、美夢は顔を赤くしてしまうのは相変わらずだ。そして美夢が家を出てから、私はリビングに戻ると。


「それじゃあ~。私たちも準備しましょうか~」


 準備。


 それは、私も遂に念願の学校に通えると言う事だ。

 美夢と同じ須和高校。美夢が学校で勉強している時に、私はこっそりと真希さんに連れられて、学校にやって来ていた。色々な説明を受けている間、真希さんは私を編入させるための手続きをしてくれ、そしてゴールデンウィークが明けた日から、私は学校に通えることになった。

 美夢には内緒、そして真希さんにも高校に通いたいとお願いし続けた結果、こうやって真新しい制服に身に纏って、初めての憧れの高校生活を送れることになった。


「初日から遅刻はダメですよ~。早く早く~」

「……真希さんもですよ」


 と言っている真希さんだが、未だに朝食の食パンを食べてのんびりとしている。私が制服に着替え終えているし、鞄に必要な物を詰めて、行く準備が出来ても、真希さんはのんびりとコーヒーを飲んでいた。


「……あの。……準備出来ました」

「あらあら。凄く似合っているわ~」


 真希さんに制服姿を似合っていると言われると、すごく嬉しかった。


「……あっ。お化粧もしないと。ちょっと待っていてね~」


 コーヒーを飲み終えた途端、真希さんはのんびりと化粧をしに行ってしまった。本当に遅刻しないよね……?



 真希さんの車で行くこと20分ほどで、私が今日から通う事になる高校、須和高校に着いた。


「……き、緊張する」


 こうやって改めて生徒して学校に来ると、緊張してしまう。美夢、青空さん以外、知っている人がいないので、手先が冷たくなるほど、緊張していた。


「確かこっちのはずなんだけど……」


 真希さんはふらりと来客用の玄関に入っていき、私は今日から通う学校の緊張と、のんびりとした真希さんの行動が不安に思いながら、真希さんの後について行くと。


「着きました~」


 見知らぬ校舎の中を不安に思いながら歩いていると、真希さんはある教室の前に急に立ち止まった。


「……職員室ですか?」

「そうですよ~」


 職員室と言えば、学校中の先生が集まる場所だった気がする。


「入る前に一つ。華原さんに言っておきたいことがあるの」


 職員室の前で立ち止まっているせいか、通りすがりの生徒が凄く注目している中、真希さんは改まった顔で、私に話を始めていた。


「初めての校舎、初対面に会う人ばかりだから、緊張すると思う。けど、そんな引きつった顔をしていたら、皆に良い印象を持たれない。華原さんは可愛いんだから、まずはとびっきりの笑顔。自己紹介するときは、元気いっぱいの姿で紹介を出来れば、みんな華原さんに近寄って来ると思う」


 真希さん。その言葉がどれだけ私に更なる緊張を与えているのか分かっているのだろうか。

 つまり、自己紹介の時に失敗したら、私の高校生デビューは失敗で終わり、誰も近寄って来る事無く、独りぼっちの学校生活を送ると言う事になるって事だよね。

 美夢と青空さんと一緒に過ごせるとも限らないし、教室の隅で、寂しく過ごす姿が想像できてしまう。


「……華原さん。鼻から息を吸ってみて」


 真希さんに言われたとおりに、私は鼻から息を吸った。


「それを口にゆっくり吐き出して……」


 吸った息を、口からゆっくり吐き出した。


「少しは落ち着いたかしら~?」

「……微妙です」


 今のは深呼吸だ。緊張した時には、深呼吸するといいと言うけど、今は深呼吸をしても落ち着いた気分にはなれなかった。それほど緊張しているって事だ。

 冷え性でもないのに、手先、つま先が冷たく感じる。大して暑くもないのに、薄っすらと汗がにじみ出ていた。


「それなら、お守りを授けてあげましょう~」


 真希さんは、持ってきた鞄から色んなものを取り出して、それを着せ替え人形のように、私にたくさん身に着けさせていた。


「これで、もう大丈夫ですよ~」

「……独りぼっち確定です」


『本日の主役』と書かれたたすき。猫耳カチューシャ、鼻眼鏡。パーティで行くような格好で行ったら、私は開始早々反省文確定だろう。それと一生埋めれないような、この学校の生徒との深い溝も出来てしまいそうだ。


「似合うから、大丈夫ですよ~」


 けどこれも、真希さんなりの励まし方なのだろう。カチコチに固まった私を笑わせるために、ボケとしてこれらを私に身に着けさせたと思っておこう。

 真希さんが言うお守りを全部外してから、私は真希さんに職員室の中に連れられて、そして今日からお世話になる担任の先生、銅谷どうや先生と挨拶をした。


「それじゃあ、頑張ってくださいね~」

「はい……」


 先生と挨拶すると、ここで真希さんとはお別れ。けど、やっぱり顔見知りがいないと、凄く心細くなってしまう。


「大丈夫か?」

「は、はい。平気です……」


 銅谷先生は男の先生で、凄く強面だから、尚更緊張してしまう……。本人は優しく語りかけていると思うのだけど、強面の顔なので、単語一つでもビクッとなってしまう。

 ヒューマンキラーは顔が見慣れているせいか、特に怖いとは思わなくなっている。主にヒューマンキラーの顔は鬼や、悪魔のような顔だ。

 けど銅谷先生は、目の所には手術の痕、数針縫った後がある。どうしてこんな怖い人が先生をやっているのだろうか。私の知らない、裏の世界で活躍していないよね?


「華原。今日から、お前もこの学校の生徒だ。俺はケツの青いガキ、女でも容赦はしない。皆平等に処分を下す。変な行動を少しでもしたら、覚悟しておけや」


 もし真希さんがイタズラ半分でつけた、パーティーのような格好で銅谷先生と謁見していたら、私は即制裁を受けていただろう。

 初めての高校、そして怖い銅谷先生のせいで、尚更私の高校生活が不安になっていた。



 ホームルームが始まるチャイムが鳴る数分前。私はびくびくしながら、銅谷先生の後ろを付いて行った。少しでも逆らったら、殴られそうなので、私は大人しくついて行くと。


「覚悟は出来ているな?」


 2年2組。そう書かれた教室の前で、銅谷先生は立ち止まった。どうやらここが私が暮らしていくことになるクラスなのだろう。


 銅谷先生が、強面の顔で聞いてきたので、少しビクッとしてしまったが、私もいつまでもビクビクしていられない。今まで、ずっと一人でヒューマンキラーと戦ってきたんだ。これぐらいの事で怯えていたら、ヒューマンキラーに笑われてしまう。共闘していた仲間にも笑われてしまう。


 何よりも、こんなになよなよしていたら、美夢にあきられてしまう。美夢を守ると決めた以上、美夢の前では強い姿を見せないといけない。

 これぐらいで怯えていたら、美夢を到底守れるはずないと、青空さんにも失望されてしまう。


「出来ています」


 それらを想うと、私は緊張から吹っ切れたような気がした。まともに見る事が出来なかった先生の目をまっすぐ見て、私は返事をした。


「……いい返事だ。ついてこい」


 そして先生は教室の中に入って、私も続けて入った。


 当然、編入生が来たなら、誰もが私に注目をするだろう。

 クラス中から感じる視線。再び臆しそうになったけど、ふと後ろの席の女子生徒と目が合った。


 ……良かった。私、このクラスで独りぼっち、教室の隅で窓の景色を見ているだけの、浮いた生徒になる事は無かった。


 ……何も言っていなかったんだもん。美夢は、目を丸くして驚いている。私からのサプライズは成功だ。


「自己紹介っ!!」


 銅谷先生が、教室に響き渡るような声で話した。


 深く息を吸ってから、そして真希さんに言われた事を思い出して、みんなの方に顔を向けた。


「初めまして。私は華原美花って言います。みんなと仲良くなれたらなと思います。何も分からないので、みんなに迷惑をかけるかもしれませんが、どうかこれからよろしくお願いします!」


 そして言い終えてから、私はとびっきりの笑顔を見せると、クラス中から拍手が送られた。


 この拍手喝采を聞けば分かる。私はこのクラスに受け入れられたって事だ。



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