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「姉さん、ちょっといいかな」

「どうしたの? クリス」


 ノックで来訪を告げて部屋に入って来たのは、私の双子の弟のクリスフォードだった。

 ベッドに寝転んで考え事をしていた私にちょっとぎょっとした顔をしつつも、はしたないだのなんだの言わない、出来た弟だ。

 あら、前世の記憶のせいで、感覚が向こうに引っ張られてたらしい。普段の私はさすがに日中ベッドでゴロゴロしたりしないわよ。

 でも私、前世の自分の事はよく覚えてないけど、確実に一人っ子だったと思う。弟や妹みたいに、こんなに可愛い存在がいたら、絶対覚えてるはずだもの。


「具合が悪いの?」

「あー……そうね、ちょっと立ち眩みがしたから部屋に戻って横になってたの」


 クリスはそのお人形さんみたいに整った顔で、心配そうに私を見た。

 整ってはいるけど地味な顔立ちの私とは違って、ほんと綺麗で可愛い顔をしているわよね。髪の毛だって、黒髪の私と違って高い魔力を示す色素の薄い金髪だし。私とクリスフォードは双子だけど、同じなのは目の色くらいかしら。

 多分これって、前世で言う二卵性双生児ってやつよね。

 それにしてもクリス、ほんと顔が良いわね。前世の記憶を取り戻した上でそう思う。加工一切なしでこれか……。まつ毛に綿棒乗せられそう。私は無意識に、「どう化粧したら一番映えるかな」なんてクリスにメイクを施すプランを考えながら顔を眺めていた。


「そっか……じゃあクラウディオには帰ってもらう?」

「……また来てるの?」


 なるほど、それでクリスが部屋に呼びに来たのね。

 貧乏貴族の我が家には、通いの使用人が一人いるだけだ。家だって「屋敷」とは呼べない。前世視点で言うと「田舎にある大きな二階建ての一軒家」ってくらいかな。使用人のマーサは今の時間は洗濯物を取り込みに裏口の方にいるだろう。普段なら私もそれを手伝ってるんだけど……という事はお母様の部屋で記憶を取り戻してから、大分時間が経っていたのね。


「体調が悪いんなら仕方ないし、大丈夫だよ。姉さんは休んでなよ」


 私がクラウディオを苦手に思ってるのを分かってるクリスは、気づかわし気にそう聞いてくれた。


「いいえ、大丈夫よ。もう元気だから。サロンにいるのかしら?」

「う、うん……そうだけど」


 クラウディオと会うっていうのに、いつもと違うやる気に満ちた表情をしている私をクリスが不思議そうに見つめる。……そうね、子供の時ならともかく、私がクラウディオと進んで顔を合わせに行くなんてなかったものね。


「クラウディオ様、お待たせいたしました」

「ようやく来たか、クリスティナ」


 サロンに入ると、我が家の安いティーセットの前で、燃えるような赤髪にツリ目の男がイライラしてる様子を隠そうともせずにそう言い放ってきた。

 以前の私ならここでオドオドしながら「申し訳ありません」って謝っていたと思う。この男は幼馴染と言うか……領地が隣同士という事もあって小さい頃からお互いを知っている関係なのだけど。子供の頃は仲良く遊んだ記憶もあるが、今は苦手意識の方が強い存在なのよね。


 だって、クラウディオはいつも私の悪い所を丁寧にあげつらって、私がいかにダメな存在かを指摘してくるから。

 魔力がない貴族令嬢がどんなに惨めで、それを示す黒髪がみっともなくて、存在するだけで家族に重荷になっているか。だからろくな嫁ぎ先がない私は絶対幸せになれないだろうって事を。

 そんな事を言われるたびいつも私はつらくて悲しくて、「でも、事実だから」と反論も出来ずにただ俯いて聞いているしか出来なかった。

 前世の記憶得た今は、「何であんたにそんな事言われなきゃいけないの?!」と怒りしか感じないけど。

 私が、自分が魔力がない事についてさらにネガティブになったのは絶対コイツのせいよね。


「どのような用件でいらしたのですか?」

「……な……」


 私がいつもみたいに謝らなかったのが相当衝撃だったのだろう、びっくりした顔をしたままクラウディオは固まってしまった。


「どうかなさいましたか?」

「い、いや。何でもない。お前に用があると言うものではなくて……ちょっとした用事で近くを通ったからな、人嫌いのクリスティーナも出なければならないヘクソン伯爵のお茶会を心配しにきてやっただけだ」

 

 心配、ねぇ……。

 私は床に視線を落とす。他にも原因はあるけど、私が人前に出るのが怖くなってお茶会もほとんど出なくなったのってほとんどクラウディオのせいなの、分かってるのかしらコイツ。

 しかし……茶会などの社交の場に出るのは私の年代の貴族令嬢の役目なのに。そこから逃げて最低限の事しかしてなかったのだから、家族にはずいぶん迷惑をかけてしまったわね。


「茶会は大分先の話だが、その歳でパートナーなしで出るわけにいかないのは分かってるよな?」

「ええ、クリスと参加する事になっております」


 この国の貴族としては、女性が社交の場にパートナー同伴しないのは「みっともない」「恥ずかしい」って思うのでしょうね。婚約者は当然として、兄弟、親戚、はたまた「従妹の友達の兄」なんて所まで動員する事もあるという。そんな世界観なのだ、仕方がない。

 でも今の私は例えクリスがいなかったとしても全然平気。そんな事で人に陰口言う方が恥ずかしいって思ってるから、傷付く余地はない。腹は立つけどね。

 まぁこれが人を不愉快にさせないための礼儀とかマナーの問題なら、前世の常識と違うものも「そういうものだ」って思うけど……それとは話が違うし。


「クリスは可哀そうだと思わないのか? お前の都合で毎回付き合わされて。あいつは令嬢からの人気も高いだろうに」

「それについては、家族で話し合っている事ですので」


 クリスはあの美貌と魔力量なので、そりゃあ人気だ。お母様とお父様もそれについては考えている。けどそれこそクラウディオに口を挟まれる筋合いはない。優しいクリスが、人前に出るのが怖い私を思って決めてくれた事なのに勝手に可哀そうだって言われるのムカつくわね。


「弟をたまには解放してやろうと思わないのか? ……コホン、今ならまだ予定が空いてるから、俺のパートナーとして連れてってやっても構わないが」

「……」


 なるほどそれが言いたかったのね、と腑に落ちた。顔がスン、てしちゃう。

 しかしこうして改めて見ると分かる。

 こいつ……私の事、大好きよね。

 ひねくれた方法だけど、分かりやすすぎる。逆に分かりやすすぎて、ある意味面白みまで……感じ……いや、ないわね。普通にムカつくわ。

 以前の私は「なぜ私をここまで貶すくらい嫌いなのに、構ってくるのか」とひたすら不思議だったし、私を否定してくるクラウディオの事がすごく苦手だった。当たり前よね。

 しかし前世の記憶を思い出して、色んな人間関係のあり方についての知識を持った今は分かる。

 ……これ、私から「パートナーにしてください」って言うの待ってるのよね。うわぁ……。


 クラウディオはちょっと頬を染めて、そっぽを向いている。私がこんな事を考えながら呆れた顔で自分を見てるなんて思ってないだろう。


「大丈夫ですわ。クリスと参加しますので」


 今までの私なら、「そうよね、魔力なしの私のお守りなんかじゃなくて、クリスは他の人と交流した方が良いわよね」なんて思ってたかもしれないわね。それで、苦手に感じてるクラウディオ以外にあてもなく、頭を下げてパートナーにしてもらってたかも。

 クラウディオがなぜ私を傷付けるのか、その行動の真意が分かった今、苦手意識はもうない。

 今の私にあるのは……そう、怒りだった。

 あれも、これも、全部……こいつ私への好意の裏返しで今まであんな事してた訳よね……?

 ふつふつと熱湯のような怒りが湧いて来る。理由が判明したからだ。あまりにも身勝手な理由が。

 嫌われてるならしょうがないと思ってたのよ。嫌いなら絡んでくるのはやめて欲しいって腹立たしく思ってたけど。

 好きだからこんな事してたなんて、嫌われて攻撃されてたのより百倍ムカつく。

 私、こうやって相手を貶して自尊心を下げて自分の思い通りにコントロールしようとする人、大嫌いなのよね。

 しかもこいつさ、イケメンで魔力もそこそこあるから他のお嬢さんからの人気があるのよ。まぁうちのクリス程ではないけど……その人気のあるクラウディオ様が、私に構うたび「幼馴染だから魔力なしの相手をさせられてお可哀そう」、ってすごい嫌味言われてきたの。そりゃあもうあちこちで……頻繁に。ふーん……それもクラウディオのせいだったって訳かぁ。


「は……?」

「お気遣いありがとうございます。けど、大丈夫です」

「し、しかし、クリスには他の友人関係も必要だろう。パートナーなら俺がなってやってもいいと……」

「いえ。クラウディオ様に偶然まだパートナーがいないからってそんな事言えませんわ。嫌がるクラウディオ様に魔力なしの私が、ご迷惑をおかけするような事」

「……迷惑などでは、」

「まさか、クラウディオ様が私をパートナーに誘いたいわけではないでしょうし、幼馴染だからと図々しい事は言えませんわ」

「……っ!」


 私は、わざと、普段クラウディオが私を貶す時に使う言葉を用いて向こうが否定できないように反撃した。「気が進まないが仕方ない、幼馴染を見捨てるわけにはいかないからな」「魔力なしのクリスティーナには、肉親以外でパートナーになってくれる男はいないだろうな。俺の優しさに感謝してくれよ」と、もう色んなバリエーションを暗唱できるくらい言われてる。

 ええ、ええ、お望み通りにして差し上げますとも。


「……クリスティーナ、意地になってるのか?」

「え? 何の事ですか? 私は以前クリスの都合がつかなかくてお願いした時にクラウディオ様が言っていた事を思い出して反省してるだけですけど……ご安心ください、もう二度とパートナーをお願いしたりなんてしませんから」

「ぐ……」


 私はクラウディオの行動の真意に気付いてないふりをして話を続ける。こう言えば否定できないでしょ。後から「しょうがなく気を使って」とか言って誘ってくるのもこれで封じたわね。

 実際私に言われたとおりなので、何も言えなくなったクラウディオは、その後も数度何かを言いかけてやめるを繰り返した後「後悔に気付いても遅いぞ」と言い残して帰っていた。

 私は「何の事かしら?」って演技をしてそれを見送る。

 ふぅ。やっと終わったわね。


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