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白粉の話

 


「……他にはどんなものを作ろうと思ってるの?」

「そうですねぇ、ティーカップにつかない口紅とか、その口紅の色ももっといろんな色が欲しいし。宝石を砕いた粉を瞼に塗るお化粧があるんですけど、その代わりになる安価な色粉を作りたいですね」

「ああ、確かにあるね。そうか、面白いアイディアの商品を作ろうとしているんだね」


 ジークさんはふむふむと頷く。……アイシャドウの事知ってるなんて、この世界の男性にしては珍しいわねぇ。


「あと、今ある白粉って体に悪い成分が使われてると思うので、安全な白粉も作りたいですね。そうそう、色の着いた白粉も……」

「毒だって?!」

「きゃっ?!」


 突然大きな声を出したジークさんに、私はびっくりして数歩後ずさった。


「……すまない、突然大きな声を出して」

「いえ、それは別に良いですけど……どうしたんですか?」


 ちょっと迷ったような表情をした後、ジークさんは話し出した。


「……私には年が離れた妹がいるんだけど」


 妹さん! ジークさんの妹なら絶対美人なんだろうな。

 シリアスな場面だというのに、私は不謹慎にもその言葉だけでワクワクしてしまっていた。ダメよ、ちゃんと聞きましょう。


「彼女は……シアって言ってね。八歳の女の子だ。一緒に保養地に来ているんだけど……ここに来るきっかけが、火傷で」

「火傷?」

「ああ。火傷を顔に負ってしまって。人に見られたくないと酷くシアが気にするものだから、知り合いのいない外国のここに来て、静養しているんだ」

「そんな事があったんですね……」


 顔に怪我とはとてもショックだったろう。特にこの世界の価値観だと更に……女の子の顔の怪我は一大事だ。


「幸い、傷自体は魔法薬を使って傷はすぐ治っただけど……痕が残ってしまって」


 あー、そうよね。魔法薬って、「魔法の力で傷を塞いでる」だけだから普通の怪我と同じように痕は残っちゃうから。それは治癒魔法も同じらしいが、ともかく「なかった事」にする訳じゃなく治るだけだもんね……。


「それを気にして、保養地に来てもずっと部屋に閉じこもっていて。家族である私の前にも、厚く白粉を塗った姿じゃないと顔を見せようとしないんだ」

「それで、白粉の毒を心配したんですね」


 私は話を聞いて涙ぐんでいた。

 八歳の女の子が傷痕を気にしてそんな思いをしているなんて。

 ちょうど、少し前までの私が重なってしまう。黒髪、魔力なし、そう言われる……思われるのが怖くて人前に出られなくなっていた、自分が。


「昨日は少しでもシアの気が晴れるものがないかと、兎かリスでも手に入らないか、そう思って森に入ったんだ」


 なるほど、それで怪我をしたわけね。


「白粉に毒があったなんて初めて聞いたよ」

「私が思ってる通りのものだったとしても、すぐに影響が出るものじゃないんです。でもずっと使ってると良くないと思います」


 少なくとも、お母様の持っていた白粉は私が知っている、前の世界の大昔の白粉と同じ物のように思う。あの口紅を塗ってもらって前世の記憶を取り戻した日。頬に白粉もはたいてもらっていたから、それを紙に写し取っておいて実験してみたのよね、

 わずかな量だから確信とまではいかなかったけど、水に溶けず、お酢に溶ける。ゆで卵の黄身の外側の、温泉の匂いがする所と混ぜておくと黒くなる事とか総合的に考えて、私は同じ物だと思ってる。

 この世界の物質にどこまで前世の知識が使えるかはわからないけど、「魔力・魔法がある」以外はほとんど同じにしか思えないのよね。もちろん前世に存在しなかったようなファンタジー物質もたくさんあるけど。


「それに、口から摂ってしまうのが一番悪いので、肌に塗るだけならそこまで慌てなくても……うーん、でも使い続けるのは心配ですよね」


 前世で読んだ文献を思い出す。大昔に白粉によって起きた中毒は、その白粉を女性が顔から首や胸にも塗っていたのが大きな原因だった。だから重い症状が出たのは乳房を介して白粉を口にしてしまう乳幼児が多かったそうだ。

 塗ってる本人のシアちゃんがすぐ具合が悪くなるような事はないだろう。ないと思いたい。でも私が知ってる成分と同じだったら、肌に塗るのも体に良くないのは変わらない。


「博識なんだね。さすが薬師だ」

「え、あ、はい……ありがとうございます。……では私、家族に昼食を渡してきますね」


 塩漬け肉を炒めたものと山菜を挟んだパンの包みが人数分籠に入っている、それを腕からかけて振り返った。


「じゃあ私、お母様達に昼食を届けに……」


 行ってきます、そう言いかけた私の手をジークさんががしっと掴む。


「なん……」

「ティナさん。お金や必要な道具は私が用意する。考えがあるなら、妹のために体に悪くない白粉を作ってくれないか」

「へ?」


 何ですか。そう言おうとして突然男の人に手を掴まれて動揺している私に、ジークさんはそんなお願いを言い出したのだった。

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