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おあずけ

「へえー。傷が消える湯ですか、……傷ついて敗走した娘たちを、またダンジョンの奥底まで誘い込むって事ですね。さすがマスター考えることが違います」


ペタちゃんがそんな物騒なことを言う。


何言っているんだ、ひどい言われようだな、俺は顔に傷がついて嘆いている娘のために、傷が消える湯を用意してやったというのに……。


まあ……。結果的には。

またこいよ。

今度はもっと深い階層までな……グヘヘ。

って状況になってるのは事実だからしょうがないけど。


命あってのものだねとして、ほうっておいてあげたほうが彼女たちにとってはよかったのだろうか……?

このあたりの答えは、この世界に生きる彼女たちにしかわからない。

命の価値と、見栄と面子の価値は、生きる時代と文明によってあまりにも違うからな。


「……なあペタちゃん。ダンジョンのモンスターって消せないのか?」


そもそも俺は、冒険者を殺すためのモンスターなど配置した覚えはない。

あいつらは、なんか知らんけど勝手に湧いてくるのだ。


「無理よ、あれってダンジョン瘴気の淀みと歪みの塊が具現化して蠢いてるわけだから。

そしてその淀みは、瘴気で欲を叶える奇跡を生み出すことで無理が生じて発生するのね。

ダンジョンを、温泉もなければ宝石も出ない、ただの洞窟にでもしない限りモンスターはどこかに必ず発生し続けるわね」


「うーん……。 無害で安全な温泉ダンジョンに観光気分で、大勢のお客が長期滞在してくれるだけでもいいと思うんだけどなぁ? ……無理か?」


「だいたいさ、マスターが映像とか出して冒険者の様子を探ったりしてるのも、あれも欲の具現化だからね?

まあ私達、コアやマスターが使った奇跡は、階層のボスみたいな形に歪んで具現化したりする事が多いんだけど」


なんですって?

……いやまあたしかに5階層に、配置した覚えのねえボスモンスターが湧いて暴れてたな。

そういう構造になってたのかよ、どうしようもねえな。


「でもさぁ……。戦いで流れる血や、死体やその持ち物から得られるダンジョンポイントは、桁違いだからね?

危険をなくせる方法が仮にあったとしても、さすがにそれはなくさないほうがいいと思うわよ?」


うーん……。ペタちゃんにとって人間というものは、ポイントをダンジョンに運んで来る生き物であってそれ以上でも以下でもなさそうだ。

6~7階層あたりからは普通に死者が出始めたから、結構その……。精神的にキツイんだよね。


しかし貴人の護衛という形で、過剰な人員が入り込んでくるという構造こそ、このダンジョンの最大の肝なのだ。

ペタちゃんの言う通り、安全極まりないダンジョンにしてしまっては、護衛の数は大幅に減ってしまい収益が大幅に減ってしまうだろう。

悩ましい話だ。


最も今の俺の身体は、人間ではなくダンジョンマスターという生物になっているのか。

人間だった時とは、比べ物にならないくらいに人の死や不幸に対して心が動かない。

感情的につらいのではなく、これまでの経験というか記憶を元に、なんかヤだなと思う感じである。


今の俺は人間ではなく、ダンジョンの一部として思考している謎の魔法生物である。

そういえばマスターになってからはナニも致していないな……。

どんどん綺麗になっていく女騎士の裸を、毎日バリバリに拝ませていただいている環境にも関わらずだ。


美人な騎士の美しい裸体を見て、ありがとうございます!

って気持ちになる程度には、まだ人の心は残っているはずなんだけどなぁ……?

まあ、いつでもペタちゃんが隣で見てるから致せるハズもないわけだが。


あとマスターになってからは食事は一切していない。

睡眠は別にしなくていいが、時々する。

ダンジョンの眠りは、寝るというより、意識をシャットダウンさせて時間を飛ばす感じなのだ。

最初ダンジョンの構築に22時間かかる時間、待ってるの暇だなって言ってたら。

「その間は、意識消していればいいじゃない」と、ペタちゃんに言われたのだ。


実際にやってみると22時間は一瞬で飛んだ。

寝ていたと言うより、その間の時間が吹っ飛んだような感覚である。


ポイントをつかってダンジョン構築を済ませ、しばらくやることがなくなったら、意識をすっ飛ばして数日後の結果を見る、というのがダンジョンとしての生活スタイルだそうだ。


8階層の構築にいたっては、建築にかかる時間が79時間とか出てきたので、その時間は、当然のように俺は意識をすっ飛ばした。

意識をすっ飛ばしてる間にも人はちゃんと、とめどなく来てくれていたようで、何十万ポイントものダンジョンポイントが入ってきている、いつでも9階層が作れそうな勢いだ。


まあ……。 まだ作らないけど。

あんまりドカドカとダンジョン広げても、探索する側がかわいそうだからね。

代わりに、1階層や2階層の人気の湯の湯船を、増やしたり広げたりしておいてあげようか。


「破竹の勢いでダンジョン増設していったけどぉ……。 ねえ~……。 マスタ~、もう9階層の建設……。 いっちゃう? ポイントも十分だしぃ……。 いっちゃう? ねっ? マスター?」


なぜかすごく期待した顔で俺のそばに寄り添い、甘えるような上目遣いで腕にしがみついて、ペタちゃんが、ちっちゃい尻尾を振りながらダンジョンの増設を求めてくる。


「いや……。 まだいいでしょ、8階層ができたばかりだよ?」


というと物凄くショックを受けたような顔になった。

なんなの……。


彼女にとっては、長年停滞していた8階層ダンジョンからの脱却が、とうとうなされる時なのだ。

つまり9階層への増築は彼女の悲願でもある。

それを。 まあ……まだいいでしょ……。 と。

適当におあずけされてしまうのは、ダンジョンコアとしてはかなり心に来る。


「もういい! 知らない! 私しばらく意識消すね! バイバイ!」


そういうと、むくれ面になった彼女は突然人形のように感情のない顔になり、動きを止めてしまった。


「なんなの……。」


いきなりわけのわからない癇癪おこして止まってしまった彼女を見て、いたずらでもしてやろうかコイツ、とか思ったが。

マスターが触れることで、コアの眠りは解除されると聞いている。

(逆にマスターの眠りも、コアが解除することもできる)


常に興味深そうに、後ろでちょろちょろと俺の作業を眺めてた小動物みたいな娘が、完全に意識を絶ったことで久しぶりの孤独感を感じる。


「はー……。 そういやここに来て初めての一人ぼっちだな? しばらくの間は特にやることもなさそうだしなぁ……。俺も数日意識消そうかな」


ぼんやりと、大勢の女騎士が入浴している様子を眺めながらそんなことを考える。


そしてふと思い立つ。

……そういや。 致してなかったのはいいんだけど……。

使えなくなってるわけじゃないよな?


元々現世では重病の身であり。

そんなこととは長らく無縁の生活が続いていたので、あまり深く考えていなかったが。

マスターになった影響でムラムラしなくなったというわけではなく。

実は、俺のモノは、すでに完全に機能しなくなっているだけなのではないのだろうか?


そう考えた時、俺は無性に恐ろしくなり半ば半狂乱でズボンをおろし、モニターの裸体を食い入るように見つめながら致した。



はい……ふつうに致せましたね。



致したあと、ペタちゃんが起きてこっちを見ていないか不安になり、そっと後ろを振り向いたが。

幸運なことに、彼女は今も意識のない人形のままであった。


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