最初のお客様
20時間を超える、小地震と大気の鳴動あり。
新ダンジョン誕生の兆候。
直ちに調査されたし。
セパンス王国の東、オハダノ地方にある冒険者の宿。
”曲がり角亭”に貼り出された依頼書にはそう書かれていた。
このセパンス王国にあるダンジョンと言えば、140年近くの間8階層からなる、飯困らずダンジョンしかなかった。
あんまりいい金品は出ないが、時々モンスターが食料を落とすので、長期間滞在できるダンジョンとして結構評判が良かったのだ。
正直、実入りで考えるとあまりいいダンジョンではなかったが。
それでも8階層に長期間滞在すれば相当な稼ぎにはなるし、いい修行にもなる。
このダンジョンの8階層に、一週間滞在するという冒険者ランク昇格試験が、セパンス王国にはあるくらいだ。
だがやはり中級者レベルのダンジョンということで、上級者からはあまり歓迎はされておらず。
ダンジョンの成長も、ここ40年くらいは一切確認されていないという話である。
今回発生したばかりのダンジョンは発生したてということもあり、実入りの期待はまずできない。
それでも将来国に、利益をもたらすダンジョンなのか。
将来国に、厄災をもたらすダンジョンなのかは見極めておかねばならない。
そして、依頼書が張り出された当日には二人のベテラン冒険者が、軽くダンジョンを調査して帰ってきた。
その調査結果では、なんということもない産まれたてのダンジョン、変わった点として奥に温泉のようなお湯が湧いている場所がある。
といった報告がなされた。
それから数日後。
二人の女騎士が馬にまたがり、ダンジョンにゆっくりと向かっていた。
新ダンジョンが報告書通りの内容なのか、裏取り再調査に来たのだ。
「報告書通りになんてこともないダンジョンがいいですね~、私は」
一人のゆるそうな雰囲気の女騎士がそう呟く。
それに対し、先輩らしき女騎士が返す。
「わが国に利益をもたらすダンジョンじゃなくてもいいというのか?」
「だってですよ~先輩、あんまり利益があるダンジョンができると~、ならず者の山師冒険者が、わらわら国にきて、治安が悪くなっちゃうじゃないですか~。
冒険者さんは歓喜でしょうけど、私達公務員なんですから~、利益あるダンジョンなんて出来ても、あんまりいいことないですよ~」
「……はあ、……あいかわらず適当だなお前は、まあ一理あるがな。
20年前に、遠方のケンマ王国に出来た新ダンジョンは、良質な宝石ばかりが出るダンジョンだったが、殺到したガラの悪い冒険者たちのせいで、治安が悪化の一途を辿っているという話だからな。
……ついたぞ」
ついた先のダンジョンの入口には、文字が彫り込まれていた。
「温泉ダンジョン」と。
「ん? ……これは、誰が彫り込んだんだ?」
「さあ……? 報告書では、奥に温泉があった…とだけ聞いていますが、最初の調査の冒険者さんが書き込んだんですかね?」
「ベテランの冒険者が勝手にダンジョンに看板を掘ったりするとは思えんが、まあいい…調査するぞ」
奥に進むと、1階層ではおなじみのコウモリやネズミや虫のモンスターといった、とても弱いモンスターがちらほらと出てきた。
何の問題もなくそれらを片付け、先に進む。
「何も落とさないんですね~、このダンジョンのモンスター」
「ドロップアイテムはないタイプ…か、だとすると、宝箱とか、宝物庫を探すタイプか?」
「それか、温泉があるだけとか?」
「………それはないと思う、そんなダンジョン聞いたことがない」
そして、3時間ほどの探索で隅々まで確認できた。
ここは本当に温泉しかない。
温泉にたどり着くまでに、多少雑魚と戦う必要があるだけだ。
「………汗かきましたね」
「……ああ」
「温泉でも入っていきます?」
「……大丈夫なのか?」
「一応最初の調査の冒険者さんは、危険かもしれないと、お湯だけを持ち帰ったようです、その持ち帰った湯を検査した所、毒性はなかったという結果はちゃんとでています」
「……じゃあ……入るか」
「やった!入りましょ!」
ダンジョンに来るため数時間馬にまたがり、さらに数時間洞窟を歩き回って、もう汗まみれだ。
それに、温泉というかお風呂なんて入るのは久しぶりの事だ、実のところずっと入りたくてしょうがなかった。
任務中にお風呂でゆっくりするなんて騎士としてどうかと思わなくもないが、まあまあ、これも立派なダンジョンの実態調査だ。
お国のために、我が身を挺して温泉の安全性を人体実験することにしようではないか。
鎧を脱ぎ、裸になり、剣だけは手の届く位置に置いておく。
別の冒険者が突然入ってこないか少々不安ではあるが、実入りが全く期待できない生まれたてのダンジョンに、調査の依頼でもなくフリーでやって来るやつなど、普通はいないはずだ。
そして、二人は温泉を堪能した。
結論として非常に気持ちがよかった。
湯の温度も、浴槽となるくぼみの深さも、丁度いいのが最高だった。
大体の天然温泉は熱すぎたりぬるすぎたりで、人間が調整してやらないことには、まず使い物にならない、湯船も人間が入るのに適してない深さや足場だったりする。
ここは最高だ。
まるで商人が、しっかり管理している天然温泉浴場のようだ。
それになんだ……。
肌が、めちゃくちゃキレイになった気がする……。
………気がする?
これは……気のせいなのか?
あきらかに、身体の汚らしく荒れていた部分が潤っている。
剣の握りすぎで、硬質化してゴツくなっていた手のひらが、歩きすぎてカチカチに固まりバリバリにヒビ割れた足の裏が、乙女の柔肌らしさというものを若干取り戻しかけてる気がする……。
「先輩…顔のニキビ減ってませんか?」
「お前も…鎧の下に出てた、大量のあせもが消えてるぞ」
「………。」
「………。」
「すごくないですか?この湯」
「ああ……すごいかもしれん……このことは、早急に女王陛下に報告せねば…」
「あ……でももう少し入っていきましょうよ……もう少し」
「あ……ああ……人気になりすぎて、入れなくなる未来が今から見える」
そういうと彼女らは、頭や顔にも狂ったようにお湯をかけまくりながら長時間入り続け、結果すっかりのぼせてしまい、しまいには裸で洞窟の床にぐったりとのびてしまった。
彼女たちが王宮に帰り着いたのは、日もとうに沈んだ深夜になってからであった。